Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

不正義の果て

2015年02月20日 | 映画
 先日「SHOAHショア」(1985年)を観たら「不正義の果て」(2013年)も観たくなった。どちらもクロード・ランズマン監督(1925‐)のドキュメンタリー映画だ。「SHOAHショア」の製作過程で作品に盛り込まれなかった素材があって、それを蘇らせた作品だ。

 内容はチェコのテレージエンシュタット(現テレジン)のユダヤ人ゲットーでユダヤ人評議会議長を務めたベンヤミン・ムルメルシュタイン(1905‐1989)へのインタビューだ。

 テレージエンシュタットのゲットーは、音楽好きにはよく知られている。パヴェル・ハース(1899‐1944)、ヴィクトル・ウルマン(1898‐1944)、ハンス・クラーサ(1899‐1944)などの作曲家が収容されていた。3人とも亡くなったのは1944年。同時期にアウシュヴィッツに送られたからだ。

 ハースはヤナーチェクの弟子だった。ヤナーチェクの影響が色濃い。今ではヤナーチェクを継いだ作曲家はいないように思われるが、ハースが生きていたら後継者になったかもしれない。ウルマンはゲットーで「アトランティスの皇帝」という室内オペラを書いた。上演寸前までいったが、ヒトラーを風刺していることが分かって、上演禁止になった。先年、ベルリンで上演されたとき、観ることができた。よくこんなオペラが書けたものだと仰天した。

 テレージエンシュタットとはどんなところだったのか。ムルメルシュタインの話を聞くと、嘘と暴力と恐怖が支配する収容所だった。過酷な極限状態にあった。そんな中でよく作曲ができたものだ。

 ナチスの傀儡でありながら、ゲットーを仕切る立場にあったムルメルシュタインには、なにができたか。自らをサンチョ・パンサになぞらえるムルメルシュタインは、ドン・キホーテ(=ナチス)の狂気のもとで、自分にできることを冷静に計算した。その行動の是非を問うことは、自分ならどうすると、自らを問うことだ。重い問題がのしかかる。

 ランズマン監督は1週間かけてインタビューした。その末にムルメルシュタインを理解した。その正直さと誠実さを理解した。上掲(↑)のスチール写真は、そんな二人が街を歩く姿だ。温かい人間的な感情が通っている。

 一方、ムルメルシュタインはアイヒマンを「悪魔だ」と言っている。アイヒマンを「悪の凡庸さ」と捉えたハンナ・アーレントには手厳しい。
(2015.2.19.イメージ・フォーラム)

↓「不正義の果て」など3作品の特設ページ
http://mermaidfilms.co.jp/70/
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