Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

無名塾の公演記録「プア―・マーダラー」

2018年11月21日 | 演劇
 無名塾の公演は、今まで気にはなっていたが、観たことはなかった。仲代達矢も高齢になってきたので、一度は観てみたいと思っていたが、そんな折、友人から過去の公演の記録映像の上映会「映像で観る 無名塾 劇世界2018」の誘いを受けた。よい機会なので行ってきた。

 演目は「プアー・マーダラー(哀しき殺人者)」。作者はチェコの作家パヴェル・コホウトPavel Kohout(1928‐)。コホウトは「存在の耐えられない軽さ」の作者ミラン・クンデラ(1929‐)と同世代で、日本でも小説の邦訳が数点出ているが、本作は出ていないようだ。

 まずプロットを紹介すると、所はロシアの精神病院。患者アントン・ケルジェンツェフ(仲代達矢が演じている)は、精神科医のドルジェムビツキー教授(同、松野健一)の治療を受けている。教授は患者の過去の体験をドラマとして演じさせることで、病気を治療しようとする。

 ケルジェンツェフは元俳優。ハムレットを演じているとき、ポローニアスを刺し殺す場面で、ポローニアスを演じる役者(その役者は実生活ではケルジェンツェフの恋人を奪った男)(同、益岡徹)を本当に殺したと思っている。そして、その場面になる――。

 精神病院という現実とそこで行われるドラマ(虚構)との二重性、患者の意識の中での現実と虚構の混乱、劇中で狂気を装うハムレットの現実と虚構の交錯など、本作では多層的な虚実が仕掛けられている。しかも舞台を観ているわたしたちは、舞台で起きている出来事が虚構であることを知っている。

 これはじつに現代的な作品だと思った。無名塾の公演は1986年に行なわれたものだが、今観ても少しも古くない。ちょうどCDで過去の名演奏を聴くときのように、その公演が今まさに演じられているように生き生きと体験できる。

 そして仲代達矢のなんと華のある演技だろう。稀代の名優というにふさわしい。2時間を超える上演時間のほとんど出ずっぱり。その名演技にため息が出た。

 インターネットで調べてみると、本作の初演は1976年、ブロードウェイで。たぶん英語での上演だったろう。無名塾の公演は倉橋健と甲斐萬里恵の翻訳で。原作はロシアの作家レオ二ド・アンドレーエフLeonid Andreyev(1871‐1919)の短編小説らしい。できれば読んでみたいが、邦訳が見つからない。
(2018.11.20.仲代劇堂)
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