昨日は北杜夫氏の訃報に驚きました。
『どくとるマンボウ』シリーズ『船乗りクプクプの冒険』『怪盗ジバコ』など
子どもの頃好きでよく読んだのに…
その後、躁鬱病についての彼のエッセイや狐狸庵先生との掛け合いを楽しみ、
彼の娘である斎藤由香のサントリー社でのドタバタ狂騒劇「窓際OL」シリーズ、
そして近年、杜夫の母(つまり由香の祖母)斎藤輝子について由香さんが書いた
「猛女とよばれた淑女」(輝子さんという人は「64歳で海外旅行に目覚め、 79歳で南極80歳でエベレスト、
89歳で亡くなるまでに旅した国は108ヵ国」という凄い女性です)を読んで
勝手に親近感を持っていたのに。
その本は手元にないので確認できないのですが
大病院の令嬢として生まれて学習院を出た輝子の奔放ぶり、
山形の田舎から出てきた朴訥な書生だった茂吉との結婚生活のすれ違いぶり、
でも何しろ驚愕すべきパワーを持ったスーパーおばあちゃん、というイメージの輝子のことが
生き生きと書かれていて興味深いものでした。

ただそれは、孫娘として溺愛された由香さんの視点で書かれたものであって
これ傍から見たら相当迷惑なワガママ婆さんであったのではないかと思っていたのですが
今あらためて検索してみて、面白いブログを見つけました。
「かなり年を経た女性」という人の「私の周りのおかしな人たち」というブログで、
この人は「アフリカにゴリラとピグミーを訪問するツアー」で82歳の輝子さんと御一緒されたのだそうです。
で、その時のことを細かく書かれているのですが
輝子さんが「クロンボに負けていられるか!シャンパン!!」と叫んだり、
継の当たったスリップを着ていたり、着替えの服がトランクに何もなかったりと
やはり相当な変人であったことがよく分かるのです。
その中で私にとって一番印象的だったのは、次のエピソード。
”輝子さんが北杜夫のことをだらしない次男でというので、北杜夫が所属する大学病院精神科教室の医局の会計係を2年間したとき、今までの会計係の中で一番きちんとしていたという話を教えてあげました。輝子さんはすごく喜んで、翌日「ほら貴方、次男がなんだかすごく優秀だったとかという話もう一度教えて頂戴」とやって来ました。そこで同じことを話す羽目になりましたが、次の日は「私呆けちゃって何だったかしら、次男が?」と聞いてきます。”
「猛女とよばれた淑女」の中にも
生涯躁鬱病を病んで自己破産までした次男の杜夫のことを歯痒がる、輝子の姿がよく出てきたと思うのですが
そんなスーパーおばあちゃんでも、子どものことに関しては只の親ばかなのだなあと
思ったのでした。
杜夫氏の御冥福をお祈りいたします。
「私の周りのおかしな人たち」
http://conchan1.blog31.fc2.com/blog-entry-63.html
『どくとるマンボウ』シリーズ『船乗りクプクプの冒険』『怪盗ジバコ』など
子どもの頃好きでよく読んだのに…
その後、躁鬱病についての彼のエッセイや狐狸庵先生との掛け合いを楽しみ、
彼の娘である斎藤由香のサントリー社でのドタバタ狂騒劇「窓際OL」シリーズ、
そして近年、杜夫の母(つまり由香の祖母)斎藤輝子について由香さんが書いた
「猛女とよばれた淑女」(輝子さんという人は「64歳で海外旅行に目覚め、 79歳で南極80歳でエベレスト、
89歳で亡くなるまでに旅した国は108ヵ国」という凄い女性です)を読んで
勝手に親近感を持っていたのに。
その本は手元にないので確認できないのですが
大病院の令嬢として生まれて学習院を出た輝子の奔放ぶり、
山形の田舎から出てきた朴訥な書生だった茂吉との結婚生活のすれ違いぶり、
でも何しろ驚愕すべきパワーを持ったスーパーおばあちゃん、というイメージの輝子のことが
生き生きと書かれていて興味深いものでした。

ただそれは、孫娘として溺愛された由香さんの視点で書かれたものであって
これ傍から見たら相当迷惑なワガママ婆さんであったのではないかと思っていたのですが
今あらためて検索してみて、面白いブログを見つけました。
「かなり年を経た女性」という人の「私の周りのおかしな人たち」というブログで、
この人は「アフリカにゴリラとピグミーを訪問するツアー」で82歳の輝子さんと御一緒されたのだそうです。
で、その時のことを細かく書かれているのですが
輝子さんが「クロンボに負けていられるか!シャンパン!!」と叫んだり、
継の当たったスリップを着ていたり、着替えの服がトランクに何もなかったりと
やはり相当な変人であったことがよく分かるのです。
その中で私にとって一番印象的だったのは、次のエピソード。
”輝子さんが北杜夫のことをだらしない次男でというので、北杜夫が所属する大学病院精神科教室の医局の会計係を2年間したとき、今までの会計係の中で一番きちんとしていたという話を教えてあげました。輝子さんはすごく喜んで、翌日「ほら貴方、次男がなんだかすごく優秀だったとかという話もう一度教えて頂戴」とやって来ました。そこで同じことを話す羽目になりましたが、次の日は「私呆けちゃって何だったかしら、次男が?」と聞いてきます。”
「猛女とよばれた淑女」の中にも
生涯躁鬱病を病んで自己破産までした次男の杜夫のことを歯痒がる、輝子の姿がよく出てきたと思うのですが
そんなスーパーおばあちゃんでも、子どものことに関しては只の親ばかなのだなあと
思ったのでした。
杜夫氏の御冥福をお祈りいたします。
「私の周りのおかしな人たち」
http://conchan1.blog31.fc2.com/blog-entry-63.html