Zooey's Diary

何処に行っても何をしても人生は楽しんだもの勝ち。Zooeyの部屋にようこそ!

もっと楽に、もっと幸せに

2014年04月30日 | 社会


アメリカ西海岸に住んでいる友人が
最近セラピストから「~すべき」や「しなくちゃ」ではなくて
「~すると、もっとラクになるかもよ、もっと楽しめることが増えるかもよ」と
言いかえる習慣をつけましょうと提案されて驚いた、というようなことを
言っていました。
「あなたの人生をもっとラクに、幸せにしましょうね。」 と。
そんな言葉を言われたことがないのでびっくり、と言うと
一度も言われたことがないんですか?と、セラピストが困惑していたと。

確かに日本では、そんなことあんまり言われないかも。
私も日々たいしたことしてないくせに、なんとなく~しなくっちゃという
強迫観念に縛られているような気がします。
部屋を綺麗にしなくては、明日の朝ご飯の用意しとかなくては、
あの映画観とかなくては、この本も読まなくては、
ジムのレッスンに遅れないようにしなくては、あの花も植え替えなくては…
遊びの予定ですら、そんな調子。

もう人生、とっくに折り返し地点を過ぎたのだから
もっと気を楽に持たなくちゃね。
ああまた、~しなくちゃって思ってる…(笑)

写真は新しい住まいのリビングの窓に張り付いた桜の花びら。
また来年だね~!


コメント (8)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ユーミンのコンサート「POP CLASSICO」

2014年04月27日 | 劇、オペラ、コンサート

(ユーミンの公式サイトから)

昨晩、東京国際フォーラムで行われたユーミンのコンサートに行って来ました。
最新アルバム「POP CLASSICO」発売に連動したコンサート・ツアー。

ユーミンのファーストアルバム「ひこうき雲」が発売されたのは
私が中学生の頃。
「ひこうき雲 」「翳りゆく部屋 」「ベルベット・イースター」「やさしさに包まれたなら」など
夢中で聴きました。
当時、勉強机の上のラジカセで、カセットテープが伸びるほどに繰り返して。
切ない思いに涙ぐんだり、なんてキラキラした透明なサウンドなのだろうと
都会的な空気を感じ取って憧れていたのでした。
青山とか麻布とか六本木とかいう言葉がピッタリの。
だからその後、彼女が八王子の呉服屋の娘で、そこから飯倉片町のキャンティまで
中央線で通っていたと知った時には驚いたものです。

ともあれ、54年生まれの彼女が
斬新なコスチュームに身を包み、贅肉のない四肢を躍動させて跳び回るステージはすばらしい。
今回は最新アルバムの曲がメインでしたが
アンコール曲は「ひこうき雲」、最後に「卒業写真」。
これにはもう、胸がいっぱい…

http://www.youtube.com/watch?v=D6EiDukmy9s&list=RDD6EiDukmy9s#t=0(You Tubeから)

またYouTubeの「共有」から「gooブログ」がなくなっていて直接貼ることができません。
これどうしたらいいの?
コメント (10)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「チョコレートドーナツ」

2014年04月24日 | 社会


1970年代、育児放棄されたダウン症の少年を引き取ろうとして
司法や周囲の偏見と闘ったゲイのカップルの話。
これはブルックリンで実際にあった話で、
モデルとなった男性と同じアパートに住んでいたジョージ・ブルームによってシナリオ化されたのだそうです。
監督はトラヴィス・ファイン。

一風変わった映画です。
美男美女が出てこない。
ゲイ・バーで歌うルディ役のアラン・カミングのけばけばしい女装にはちょっとギョッとするし、
弁護士のポール(ギャレット・ディラハント)もなんだかむさ苦しい。
画面もなんだか薄暗かったり、ブレがあったり。
途中で3人が海で楽しそうに遊ぶシーンが、ブレブレの8ミリフィルムの映像として出てくるのですが
この作品全体がちょっとそんな印象です。
ゲイ二人の純愛も、始まりはゲイバーでのひっかけだし、
少年マルコを引き取った経緯も、正義感に溢れてというよりは
行きがかり上仕方ないからというようなものです。



それなのに、気がつくと涙がこぼれている。
結局それは「無償の愛」という言葉に尽きるのではないかと。
ゲイ二人のマルコに対する愛は無償のものだし、
マルコの愛も言うまでもない。
世界の片隅で出会った3人が損得を考えず、見返りを期待せず、
ただ寄り添って生きていく姿は本当に美しい。
しかし、世間は偏見に満ちていた…

色々な食事を与えても喜ばないマルコに
一体何が好きなのかとルディが聞くと、チョコレートドーナツと答える。
それを与えられたマルコの嬉しそうな表情。
薬物依存でまともな育児もしなかったマルコの母親が日々与えた食べ物が
チョコレートドーナツだったのでしょう。
寝る時にルディにお話をせがむマルコが、ハッピーエンドでね、と言う姿も悲しい。
”薬物依存の母親を持ったことも、他の子と違うこともあの子が望んだ訳じゃない”という
ルディの言葉が、悲しく響きます。



ラストはあまりにも悲しい。
ぼろぼろの人形(ゲイ・カップルに出会う前のマルコの、多分唯一の友達)を抱えて
町を彷徨うマルコの姿が忘れられない。
心に残る佳作です。
原題の「any day now」は、今にでも、というような意味か。
この広い東京で今現在、シネスィッチ銀座でしかやっていないということがなんとも…

「チョコレートドーナツ」 http://bitters.co.jp/choco/
コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

イースター雑感「マグノリアの花たち」

2014年04月21日 | 映画

ニコラシャール銀座の「うさぎパフェ」

イースターというのは、キリストが死後3日目に復活したことを記念する祝祭で
キリスト教ではとても大事なお祭りのようです。
なんで年によって日にちが変わるのだろうと思ったら
「春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」ということなのですね(Wikipediaより)。
日本では例によって宗教とは関係なく、
商業ベースで普及してきたようです。
お菓子屋さんの店先ではカラフルな卵や、こんな可愛いパフェなども。
イースターが終わってもこのパフェ、まだあるのかしら。

イースターと聞いて私が思い出すのは
映画「マグノリアの花たち」。
これは20年以上も前のアメリカ映画ですが、あまりにも感動してその後ビデオも観たりしたので
いまだによく覚えているのです。



アメリカ南部の小さな田舎町。
美しい娘シェルビー(ジュリア・ロバーツ)の自宅での結婚式のシーンから
話は始まります。
白いコロニアル様式の大きな家、そこに集まる家族や近所の人たち。
この町では、そこで生まれ育って結婚し、生涯を送るのが当たり前のことのようです。
なので近所の誰それの動向をみんなが把握している。
小さな美容院に女たちがしょっちゅう集まって髪の手入れをしながら
井戸端会議に花を咲かせているのです。
この日は結婚式のために、みなが目一杯のお洒落をするのですが
そんな中で主役のシェルビーが発作を起こして倒れてしまう。



美しい娘シェルビーは、誰もが羨むような幸せな結婚をするのですが
実は重い糖尿病を抱えていた。
医者や周囲の反対を押し切って子供を産むのですが、その後力尽きてしまう。
娘を失った悲しみで茫然自失となる母親(サリー・フィールド)が
近所の友人たちと泣いたり喧嘩したりしながら、どうやって立ち直っていくか…
近所の鼻つまみものの意地悪ばあさんをシャーリー・マクレーン、
上品な町長夫人をオリンピア・デュカキスが好演していました。

この映画の最後のシーンが、イースターでにぎわう緑の公園なのです。
子どもたちは夢中で卵を探し、美容院の若い娘が産気付き、
慌てて救急車を呼ぶ男たち、それを暖かく見守るベテランの女たち。
命が巡り、受け継がれてゆく様が力強く描かれていました。

そういえばこの映画の中で、灰色の巨大なアルマジロ型のケーキが出て来るのです。
灰色のアルマジロの身体にナイフを入れると
中から血のような赤いジャムがべっとりと。
あれは映画の世界の話だろうと思っていたら
その後アメリカのスーパーで同じようなケーキを見つけて仰天したのでした。



「マグノリアの花たち」 http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=22020
コメント (10)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「女のいない男たち」

2014年04月18日 | 


本日発売の村上春樹の新作「女のいない男たち」。
前作「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」に私はおおいに失望したので
今回の短編集を楽しみにしていたのでした。
夕食後読み出して、読み終わったばかりでまだ感想はまとまっていないのですが
感じたことをを少しばかり書いてみます。

印象としては「1Q84」以前の春樹ワールドが少し戻って来たような気がします。
前書きで著者が”ビートルズの「サージェントペパーズ」やビーチボーイズの「ペットサウンド」
のようなコンセプトアルバムを意識して書いた”と言っているだけあって
短編の題名も「ドライブ・マイ・カー」とか「イエスタディ」とか、昔懐かしいのが揃っている。

「イエスタディ」という短編には、その歌を関西弁に訳して歌う男が出てくるのですが
前書きによると”歌詞の改作に関して著作権代理人から示唆的要望を受けた”のだそうです。
なので大幅にカットされてしまって
”昨日は/あしたのおとといで
 おとといのあしたや”
だけしか出ていません。
関西弁の「イエスタディ」のフル・バージョンが見たかったな…

「ドライブ・マイ・カー」の北海道中頓別(なかとんべつ)町の問題は
新聞で読んで知っていました。
小説の中で、中頓別町出身の女性が火の付いたたばこを車の窓から捨てた際、
「たぶん中頓別町ではみんなが普通にやっていることなのだろう」と主人公が思うのです。
それに関して、「町民の防災意識は高い。『車からのたばこのポイ捨てが普通』というのは事実ではなく、
町をばかにしている。」と中頓部町の町議が異議を申し立てたというもの。
で、本作では町名は別の架空のものとなっていました。
北海道の小さな過疎の町が、春樹の小説によって世界的に有名になった方が面白いのじゃないかと
私は思ってしまうのですが。

「シェエラザード」には、私の前世はヤツメウナギだったという女性が出てくる。
ヤツメウナギ、以前、下町の有名な鰻屋に私が行った時にそのメニューがあったので
どんなものかと調べたことがあったのです。
画像を見て、そのグロさに驚きました。
口が巨大な吸盤のようになっている。
この女性は「私にははっきりとした記憶があるの。水底で石に吸い付いて、
水草にまぎれてゆらゆら揺れていたり、上を通り過ぎていく太った鱒を眺めたりしていた記憶が」
と事もなげに言うのです。


ヤツメウナギ Wikipediaより

表題作「女のいない男たち」には
”新しい消しゴムを迷いもなく半分に割って差し出す”14歳のエムという女の子と
”西風が吹くだけで勃起してしまう”14歳の僕が出てきます。
この短編集全体を無理にまとめたような作品で私には不満が残るのですが
春樹の初期の作品の匂いが少々楽しめるような気がします。
”僕のハックルベリー・フレンド。川の曲りの向こうに待っているもの…。
でもそんなものはみんなどこかに消えてしまった。
後に残されているのは古い消しゴムの片割れと、遠くに聞こえる水夫たちの哀歌だけだ。”
しかしこの作品、短かすぎ。
せっかく十四歳のみずみずしさ、そしてそれを懐かしむ切ない思いを
久しぶりに思い出したような気がしたのに。

「女のいない男たち」
http://www.amazon.co.jp/%E5%A5%B3%E3%81%AE%E3%81%84%E3%81%AA%E3%81%84%E7%94%B7%E3%81%9F%E3%81%A1-%E6%9D%91%E4%B8%8A-%E6%98%A5%E6%A8%B9/dp/4163900748
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

"I AM A BULLY! "

2014年04月15日 | 社会


FBで見かけた画像。
"I AM A BULLY! "と書かれたプラカードを、いい歳した男が憮然とした顔をして持っている。
「私はいじめっ子」?
どういうことだろうと思って記事を読んでみたら…

米国オハイオ州の男が、15年に渡って隣人に嫌がらせを繰り返したとして
「私はいじめ加害者」と書かれたプラカードを持って道路に立たされたのだそうです。
サウスユークリッドの裁判所によると、エドモンド・アビブという62歳の男は、
夜中の3時に強い照明をつけたり、とんでもなくうるさい音楽を鳴らしたり、
隣家の障害のある子供たちの車に犬の糞をまき散らすということを毎日繰り返したのですと。
裁判所はアビブに、禁錮15日と怒りをコントロールするクラスへの参加と100時間の社会奉仕活動、
そしてこのプラカードを持ってサウスユークリッドの交差点で5時間立っていることを命じたのだそうです。
プラカードには
「私はいじめ加害者。私は障害のある子どもたちをいじめ、不寛容な人間だった。」



ちょっと気持ちいいかも。
オハイオの裁判所、やってくれるなあ。
目には目をじゃないけど、悪質ないじめに対しては
こんな分かりやすい罰則があってもいいのじゃないかと思うのです。

Man who bullied disabled kids forced to wear sign
http://www.torontosun.com/2014/04/13/man-who-bullied-disabled-kids-forced-to-wear-sign
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

きよみ、はるみ、せとか

2014年04月11日 | 社会


最近、果物売り場に行くと
聞き慣れない名前の柑橘類がこれでもかと出回っています。
イヨカンやデコポンはもうおなじみですが
清見、はるみ、不知火、せとか、タンカン、マーコット、アンコール、セミノール…
とっても覚え切れません。



気になっていたものだけちょっと調べてみたら
”清見(きよみ)はミカン科ミカン属の常緑小高木で、柑橘類の一種である。温州ミカンと外国産のトロビタオレンジを
交配させたもので、日本で育成・公表された最初のタンゴールである。
品種名の「清見」は、育成地(静岡県静岡市)の近くにある清見潟・清見寺に由来する。”(Wikipediaより)
ああ、そうなんだ…
きよみは開発者の奥さんの名前から取ったものじゃなかったのね。

”はるみは、ミカン科の常緑樹で柑橘類の一種である。 「清見」に「ポンカンF-2432」を交配して育成した品種であり、
「シラヌヒ」と交配組合せは同じだが、ポンカンの系統は異なる。”

”シラヌヒ(不知火)は、ミカン科ミカン属の柑橘類のひとつ、「清見」と「ポンカン」の交配により作られた品種。
1991年から不知火の中で糖度13度以上のものを選択して「デコポン」の名称で商品化”

”せとかは「清見」と「アンコール」を掛け合せたものに「マーコット」を交配し、育成された品種”



ああ、やっぱり覚え切れません。
写真はカフェコムサのグレープフルーツのタルト(上)、イチゴとせとかのタルト(中)、
そして日向夏と金柑のタルト。
日向夏は、オレンジというよりは色も味もグレープフルーツに近く、
これは簡単に覚えられそうです。
甘みを控えたタルトもみずみずしくて初夏の味がして、美味しく頂きました。
コメント (14)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「ウォルト・ディズニーの約束」

2014年04月09日 | 映画


子供の頃、何度読み返したか分からない「メリー・ポピンズ」。
少し大きくなって、原作のイメージよりも綺麗なメリーや、あまり可愛くない顔立ちの子供たち、
そして妙に明るい仕上がりに多少の違和感を覚えながらも
それでも夢中になって観たミュージカル映画「メリー・ポピンズ」。
その映画の制作秘話とあっては、やはり観ない訳にはいきません。

イギリスの名女優エマ・トンプソンが、額に何本ものくっきりした皺を浮かべた頑固なオバさん、
トラバース婦人を演じているのにまず驚きました。
メリー・ポピンズの原作者、トラバース夫人。
この人が、似ても焼いても喰えない頑固者と来ている。
ウォルト・ディズニー(トム・ハンクス)から20年前より映画化の依頼を受けているのに
ずっと断り続けてきた。
しかしそれは、彼女の子供の頃の悲しい思い出に理由があったから…



1900年代初め、オーストラリアの田舎で育った少女ギンティ(トラバース夫人)の父親は
娘への愛情には誰にも負けなかったが、アル中でどうしようもない銀行員だった。
少女は父親に好かれたいばかりに、隠されていた酒瓶を渡してしまう。
アル中のダメ親父を持ったことは、子供の責任ではないのに。
そしてその飲んだくれが早くに亡くなってしまったのも、子どものせいではないのに。
しかし少女は、ずっと自分を責め続けてきたのでしょう。
その大好きな父親との思い出を投影して作り上げたのが小説「メリー・ポピンズ」だったのです。

ハリウッドの映画製作現場に乗り込んできて微に入り細に入り難癖をつけるのも
そうした背景が分かってくると、合点が行く部分があります。
自分の大事な「メリー・ポピンズ」を、金の亡者ディズニーの、甘ったるい大衆向けの商品にしてたまるか!
というところか。
しかしそれをもってしても、あまりに偏屈で頑固なオバサンではあるのですが。



紆余曲折の末、ようやく出来上がった映画。
その完成試写会で、エスコートしてくれる人もいないトラバース夫人に
そっと手を差し出すミッキーマウス。
私が一番好きなシーンです。
アニメが我慢できない!と憎まれ口を聞きながら、夫人が号泣するシーンも。

彼女が作り上げたメリー・ポピンズが救ったのは、子供たちではない。
救って欲しかったのは、父親バンクス氏。
原題”Saving Mr.Banks”がそれをよく表しています。
トラウマに苦しむ彼女を救ったのは、ウォルト・ディズニーでもあった。
聞き慣れた「2ペンスを鳩に」「チム・チム・チェリー」がこんなに優しくも
悲しい曲だとは思いませんでした。

ウォルト・ディズニーの約束 http://ugc.disney.co.jp/blog/movie/category/walt



コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「あなたを抱きしめる日まで」

2014年04月03日 | 映画


この映画ができた経緯というのが面白い。
2009年にジャーナリストのマーチン・シックススミスが実話を取材し、
"The Lost Child of Philomena Lee"(フィロミナ・リーの失われた子供)という本を出版。
それを読んで感銘を受けた俳優スティーヴ・クーガンが映画化を企画し、
ジュディ・デンチとスティーヴン・フリアーズ監督が賛同して
それが実現したというのです。
登場人物は全て実名、実在の人物なのだとか。

1952年のアイルランド、10代で妊娠した未婚のフィロミナは
ふしだらの烙印を押され、カトリックの修道院に入れられる。
刑務所のようなそこで重労働に従事させられ、生まれた子どもは
勝手に養子に出され、以来消息不明。
息子のことを片時も忘れたことがなかったフィロミナは、それから50年経ってから
ジャーナリストのマーチンに頼みこみ、二人で息子探しの旅に出かける。



その頃のアイルランドの修道院については
以前「マクダレンの祈り」を観て息を呑みました。
2002年のこの映画も、かつてそこに入れられていた女性の回想録を基にしており、
婚外交渉などをした少女たちが収容されたそこで、どんなに酷い重労働が強いられていたか
どんなに悲惨な虐待が行われていたか…
それが1996年まで続いていたというのですから。
そうした施設で生まれた子どもたちの行く末については
2011年の映画「オレンジと太陽」でも暴露されています。
こちらの舞台はイギリスですが、何万人もの養護施設の子どもたちが
政府と教会によってオーストラリアに移住させられ、労働に従事させられていたというのです。
イギリス首相が事実を認め、正式に謝罪をしたのが2010年というのにも驚きました。



話を戻して、フィロミナは50年の沈黙を破って息子を探し始める。
マーチンとまず、かつて自分が収容されていたロスクレアの修道院を訪ねるが
息子に関する書類はすべて焼失したと言われる。
無知でロマンス小説が大好きな労働階級の老女、フィロミナと
オックスフォード卒のシニカルなマーチンとの組み合わせが面白い。
最初のうちはユーモアもまったく噛み合わず、
人の気持ちを斟酌しようとしないフィロミナに困惑気味のマーチンでしたが
次第にフィロミナの優しさ、純真さがわかってくるのです。

息子を探しにアメリカまで飛んだ二人が最後に辿りついた真実とは。
修道院にまんまと騙されたと知った二人は
またロスクレアを訪ねるのです。
怒りに頬を紅潮させたマーチンと対照的に
フィロミナは始終、落ち着いていた。
そして最後に、シスターに向かってあなたを赦す、と言うのです。

無知無教養なおばさんはこの時、見事に逆転した。
小賢しい策略を弄したシスターたちよりもインテリのジャーナリストよりも
はるかに高みに立ったのです。
このシーンは圧巻でした。
秋から冬にかけてのアイルランドの田舎風景も美しい。
余韻が残る映画でした。

「あなたを抱きしめる日まで」 http://www.mother-son.jp/

コメント (10)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする