ジャン=ドミニック・ボービーは、名だたるファッション雑誌ELLEの編集長。
離婚した奥さんのことを「妻ではない、子どもたちの母親だ」と言い放ち、スポーツ・カーを乗り回し、愛人にうつつを抜かすという、お洒落なチョイ悪オヤジ。その彼が働き盛りの43歳の時、突然脳卒中で倒れ、左目以外は全身麻痺という身体になります。
病床で、唯一動かせる左目の20万回の瞬きで書き上げたという同名の手記を、これは映画化したものです。
ジャン・ドーが何週間もの昏睡状態の後、病室で目を覚ますというところから場面は始まります。
うすぼんやりとした水の中のような画面。
視界は狭く、中々焦点が合いません。
カメラは彼の目線なのです。
映画はそのままの画面で進行し、彼の姿を外から捉えたシーンというのは中々出てきません。
かなり後になってから、ぼやけた鏡に映った自分の姿を見た彼は(そして観客も)驚愕するのです。
「これはなんだ?まるで標本じゃないか…」
左目の眼球が飛び出し、口元が歪んで涎を垂らした姿がそこにあったのです…
アルファベットを読み上げてもらい、左目の瞬きによって文字を指定するという方法で、彼は意思の伝達ができるようになります。
最初に彼が発した言葉は「死にたい」。
しかし、彼は絶望を乗り越える。
「私には左目以外に自由になるものが2つある。想像力と記憶力だ。」
身体は重い潜水服を纏ったように動かなくても、想像力を羽ばたかせることはできるという、題名はそういう意味です。
そして彼は、気の遠くなるような作業の末に、一冊の本を書き上げるのです。
そんなにも残酷な題材ですが、しかし、話は淡々と進んでいくのです。
低音の彼の独白で。
シニカルに、ウィットを交え、時にエロチックに。
この辺りがフランス映画だなあ、と思わざるを得ません。
お涙頂戴の難病物とはまるで違うのです。
なので、そんなに感動するという感じではありませんでした。
しかし、何よりもその事実に圧倒させられるという、そういう類の映画です。
彼は、1995年12月に脳卒中で倒れ、1997年3月合併症で死去。
手記がフランスで出版されたわずか2日後のことだったそうです。
「潜水服は蝶の夢を見る」
離婚した奥さんのことを「妻ではない、子どもたちの母親だ」と言い放ち、スポーツ・カーを乗り回し、愛人にうつつを抜かすという、お洒落なチョイ悪オヤジ。その彼が働き盛りの43歳の時、突然脳卒中で倒れ、左目以外は全身麻痺という身体になります。
病床で、唯一動かせる左目の20万回の瞬きで書き上げたという同名の手記を、これは映画化したものです。
ジャン・ドーが何週間もの昏睡状態の後、病室で目を覚ますというところから場面は始まります。
うすぼんやりとした水の中のような画面。
視界は狭く、中々焦点が合いません。
カメラは彼の目線なのです。
映画はそのままの画面で進行し、彼の姿を外から捉えたシーンというのは中々出てきません。
かなり後になってから、ぼやけた鏡に映った自分の姿を見た彼は(そして観客も)驚愕するのです。
「これはなんだ?まるで標本じゃないか…」
左目の眼球が飛び出し、口元が歪んで涎を垂らした姿がそこにあったのです…
アルファベットを読み上げてもらい、左目の瞬きによって文字を指定するという方法で、彼は意思の伝達ができるようになります。
最初に彼が発した言葉は「死にたい」。
しかし、彼は絶望を乗り越える。
「私には左目以外に自由になるものが2つある。想像力と記憶力だ。」
身体は重い潜水服を纏ったように動かなくても、想像力を羽ばたかせることはできるという、題名はそういう意味です。
そして彼は、気の遠くなるような作業の末に、一冊の本を書き上げるのです。
そんなにも残酷な題材ですが、しかし、話は淡々と進んでいくのです。
低音の彼の独白で。
シニカルに、ウィットを交え、時にエロチックに。
この辺りがフランス映画だなあ、と思わざるを得ません。
お涙頂戴の難病物とはまるで違うのです。
なので、そんなに感動するという感じではありませんでした。
しかし、何よりもその事実に圧倒させられるという、そういう類の映画です。
彼は、1995年12月に脳卒中で倒れ、1997年3月合併症で死去。
手記がフランスで出版されたわずか2日後のことだったそうです。
「潜水服は蝶の夢を見る」