「インドラネット」桐野夏生著
「一番怖いのは人間の悪意だ」「現代の黙示録」という、この本のキャッチコピーに惹かれて読んでみました。
勉強も運動も得意ではなく何の取り柄もない晃は、低賃金の派遣社員として無為な日々を過ごしていた。
唯一の誇りは、高校時代にカリスマ的存在だった空知と、その美貌の姉妹と仲良くしていたこと。
空知がカンボジアで行方不明となり、彼を探して旅立つことになる。
アンコールワットに近いシェムリアップの小さな歓楽街の猥雑さ、百万人ものボートピープルが生活するというトンレサップ湖の賑わい、数年前に訪れたカンボジアの様子が活写してあって懐かしくなりました。
日本で何もかも上手くいかなかった冴えない晃が、果たして異国で活躍することができるのか?
カンボジアで現れる胡散臭い人間たちに次から次へと騙され、その果てに辿り着いた先にあったものは…
「インドラネット」とは、帝釈天の宮殿にかけられたネット、ひいては世界を覆う網を意味するらしい。
衝撃のラストで、晃はインドラネットに救われたのか、或いは掬い取られてしまったのか…?
「8月の銀の雪」伊予原新著
就活連敗中の不器用な大学生、経済的にも精神的にも不安定なシングルマザー、原発の下請け会社を辞めて一人旅をしていた中年男など、人生に傷ついた5人が出てくる短編集です。
その中で私が好きなのは、シングルマザーが出てくる「海へ還る日」。
「わたし」は夫に逃げられてパートを掛け持ちしながら3歳の娘を育てていますが、その自己肯定感の低さには、読んでいてイライラするほどです。
”わたしに父がいなかったように、この子のそばにも父親はいない。
わたしの母がわたしに何もしてくれなかったように、わたしもこの子に何も与えてやれない。
結局この子は、ただわたしの人並以下の遺伝子だけを受け継ぐのだ。
物心つく頃には、自分がはずればかりを引いたということを知り、空虚な生を再生産するのだ。”という具合。
その「わたし」が博物館勤務の女性と知り合いになり、娘を連れて行ったクジラ展でどんな奇跡に出会ったか!?
5章それぞれに科学のトリビアがあり、その神秘性に驚きます。
科学の真実は決して科学者だけのものではない、人間の心の襞に沁み込むものだと著者は訴えたいのでしょうか。