都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「若冲ワンダーランド」 MIHO MUSEUM
MIHO MUSEUM(滋賀県甲賀市信楽町桃谷300)
「若冲ワンダーランド」
9/1-12/13

新発見の「象と鯨図屏風」をはじめとした国内外の若冲の作品を展観します。MIHO MUSEUMで開催中の「若冲ワンダーランド」へ行ってきました。
まずは本展の概要を挙げてみます。
・新出の「象と鯨図屏風」の他、とりわけ個人蔵の作品を中心に、若冲の絵画を全6期の会期に分けて約130点ほど展示する。
・若冲作の出品は各会期毎に約40点。(「象と鯨図屏風」は全期間展示。必ずしも全ての作品が入れ替わるわけではない。)他、蕪村、応挙、大雅らの作品もあわせて数点ほど紹介。
・これまでに知られなかった若冲の新たな姿を提示する。関連資料の他、豪華図録の巻頭論文は極めて重要。若冲は「絵画オタク」ではなかった。
上述の通り詳細な全6期制とのことで、各会期毎の若冲作はそれほど多いわけではありませんが、「象と鯨」はもとより、あまり見慣れない個人蔵の作品、とりわけ露出の比較的少ない水墨画など、かなり新鮮味のある若冲展という印象を受けました。

続いて本展の流れです。随所に館長の辻氏のカラーが伺える、計七章立ての構成でした。
第一章「プロフィール」
第二章「版画」
第三章「動植綵絵への道 - 法度の中に新意を出す」
第四章「若冲ワンダーランド - リアリティーとユーモアのカクテル」
第五章「若冲をめぐる人々」
第六章「象と鯨図屏風」
第七章「ワンダーランドの共住者たち」
第八章「面白き物好き」
もう間もなく会期は、27日からの第4期(11月8日まで)に突入しますが、以下に私の観た3期中の作品の感想を並べてみることにしました。お付き合い下されば幸いです。
「双鶏図」(1795年・個人蔵・全期間展示)
お馴染みのヒモのような尾っぽを振り上げた鶏が描かれている。ふと見返る様子も若冲画ならではの躍動感に溢れていた。

「布袋唐子図」(個人蔵・展示終了)
失礼ながらもまるで饅頭のような身体と顔した布袋が登場。頭の上に乗る子どもがまた楽し気な様子だった。また一見、大まかなタッチで描かれているのかと思いきや、布袋の髭の部分など、意外にも細かい筆さばきを確認出来るのも興味深い。

「牡丹・百合図」(慈照寺・~11/1)
前もって図版で見ていてどうしても実物に接したくなった作品。双幅の大画面に、南宋の花鳥画を連想させるような中国風の艶やかな牡丹と百合が群れている。花は毒気を放つようにむせ返っていた。またそれを支える岩の『覗き穴』がいかにも若冲らしい。さらに茎に近い部分は緑を、また先端に向けて白く絵具を配した百合の色のグラデーションも絶品だった。若冲の描く花には何とも言えない妖しさが感じられる。逆さカタツムリも必見。

「鸚鵡図」(千葉市美術館・~11/8)
千葉市美ご自慢の一枚。いわゆる裏彩色の効果なのだろうか。羽の部分はうっすらと黄金色に輝いていた。また羽の部分の立体感と、飾りの部分の平面的な描写の対比も面白い。また嘴の箇所は如何なる技法を用いているのだろうか。墨を思わせる黒に白い絵具が滲むようにして広がっていた。

「隠元豆図」(個人蔵・~11/8)
隠元豆が上から垂れ下がっている。やや鋭角的にのびる蔓や葉に飛び乗った昆虫などはいつもの若冲風だが、興味深いのは蔓の線を境にして背景を塗り分けていること。その色面の差異によって絶妙な遠近感が出ているような気がした。

「乗興舟」(京都国立博物館・全期間展示)
京博版「乗興舟」の一部分(約2m)を展示。一本の河に沿って連なる茂みや家々は旅情を誘う。ただやはりこれはかつて大倉で観たときのように全巻を楽しみたい。

「花鳥版画」(1771年・平木浮世絵財団・~11/1)
現在6点しか確認されていないという花鳥版画の一枚を紹介。そそり立つ茎、そして穴のあいた葉など、一見大人しいようでも若冲画の要素がいくつも盛り込まれていた。色も美しい。
「松に鸚鵡図」(個人蔵・展示終了)
上に挙げた「鸚鵡図」よりもさらに絵具の塗りも厚い、非常に重厚感のある鸚鵡が木にとまっている。松の下の白い流れは滝の水流だろうか。細部、特に羽の描写に凝った鸚鵡の姿はまるで置物のようだが、その脚が非常にリアルなのには驚いた。鳥を観察し続けた若冲ならではの表現ではないだろうか。

「雪中遊禽図」(個人蔵・~11/8)
まるで水飴のように粘性を帯びた雪が木々に降り積もる。ともかく目に飛び込んでくるのは、上に同じく置物のような小禽の描写よりも、その眩しいほどに白い雪、揺れる花々の輝くような彩色の鮮やかさ。花のピンク色はそれこそ宝石の表面のようにキラキラと光っていた。また葉の靡く様も非常に生々しい。あたかも自ら意思を持って手を広げるように葉を伸ばしていた。
「葡萄図」(1759年・個人蔵・~11/15)
くるくるととぐろをまいたツタがリズミカルに跳ねる葡萄が描かれている。ただしここでの主役は実ではなくむしろ葉の方。まるで後ろから光を当てたように透き通っていた。
「寒山拾得・楼閣山水図」(個人蔵・~11/1)
大典の賛も書き入れられた三幅の水墨画。和やかに寄り添う二人の様子はどこか卑猥ですらある。また左右に切り立つ岩盤は何やら暗示的。この背景には一体何があるのだろうか。色々と詮索したくなる作品でもあった。

「鳥獣花木図屏風」(プライスコレクション・~11/8)
東博のプライス展でも話題となった升目描の大作がMIHOに出品中。果たしてこれが若冲の真筆なのかについては賛否両論あるところだが、一つのデザインとして見ると非常に華やかな作品であることは間違いない。線が全く若冲ではないが、その分、例えば子どもたちがどこからかモチーフを切り抜いて、ぺたぺたと折り紙でも貼付けたような味わいが感じられて可愛らしかった。久しぶりに接すると意外と良く見えたのが自分でも不思議。

「蟹・牡丹図衝立」(個人蔵・全期間展示)
衝立ての片側にカニが、またもう一方には牡丹の描かれた水墨の作品。脚には動植綵絵の「群魚図・蛸」ならぬ小カニを従えた親カニが大きく描かれている。それにしてもアッと驚かされるのは反対の牡丹ではないだろうか。金砂子の散る華やかな空間には、まるでそこへ消えてしまうかのようにもがき苦しむ牡丹が伸びている。その奇異な形態は曾我蕭白の「群仙図屏風」のよう。これほどシュールな牡丹を他で見たことはない。

「石燈籠図屏風」(京都国立博物館・展示終了)
対決展でも印象に深かった大作の屏風。靄に包まれた湖岸の景色を、点描によって示された燈籠ととも描く。一体、この景色が朝なのか夕なのかは良く分からないが、後述する「燈籠図」がそのヒントになるような気もした。湿り気を帯びた石のひんやりとした質感は、細かな点の集合によって見事に表現されている。その静かな景色と荒々しい木の対比的な描写がまた面白い。枝をぶんぶん振り回しているかのようだ。

「雨龍図」(個人蔵・~11/8)
S字型の龍が筋目描の技法で表現されている。それにしてもこのおどけた表情は何とも微笑ましい。白目を上に向け、口をあんぐり開け、それこそ「いないいないばあ」でもするような仕草をしていた。思わず笑ってしまう。
「蘇鉄図」(個人蔵・~11/1)
巨大な蘇鉄を描いている。幹を筋目にて、また葉を薄い墨にて示す筆さばきが巧い。石燈籠の石の点描ではないが、若冲は対象の質感にもかなり注意して絵を描いていたのではないだろうか。何気ない描写だが、クローズアップされた構図にもよるのか、非常に力強い作品でもあった。
「燈籠図」(個人蔵・~11/8)
上の石燈籠屏風の一場面でも切り取ってきたような一枚。点描の燈籠が朧げに立っている。興味深いのは上空にうっすうあとした月が見えていること。ひょっとするとあの屏風も夕景なのかもしれない。

「鷹図」(個人蔵・展示終了)
荒々しい波に洗われた岩盤の上に立つ一羽の鷹が堂々と描かれている。筋目による羽の流れる様は美しく、キリリと横を見やるその表情は凛々しい。また、ともすると即興的に描いたように見える波だが、良く目をこらすと、年輪を描くように一面一面、細い線が重なっていることが分かった。巧い。

「羅漢像」(個人蔵・展示終了)
モデルが大典である可能性が高いという羅漢像。そのリアルな表情を見ると、若冲が人物画も手中に収めていたことが良く分かる。目を細め、にやりと笑う姿は真に迫っていた。
(左)
(右)
「象と鯨図屏風」(1795年・MIHO MUSEUM・全期間展示)
本展の目玉。2008年夏に発見された六曲一双の新出屏風を一括して展示。落款からして若冲が80歳の時に描かれた。右隻には牙を剥き出しにしながら、鼻を高らかに伸ばした象、そして左隻には波間を進む鯨の姿が描かれている。まず一見して印象深いのは、中央の空間が広いせいか、意外と静かな印象を与える作品であるということ。象はあたかも正座でもするかのように大人しく座り、後ろの崖から伸びる牡丹に祝福もされてくつろいでいるように見えた。また鯨はその半分以上が海の下に沈んでいるからか、前へ進むというよりも、さらに潜り込んで消えていくようなイメージを感じた。細部の線は晩年の作ということもあるのだろうか。象の鼻の部分などは、後から塗り直したのかと思うほどに緩い描線で象られている。むしろ崖や波の線の方が冴えていた。ただ波は山の稜線のように起伏があって力強い。さらに鯨の周囲の波しぶきも荒々しかった。なお本展ではこの作にあわせ、関連する当時の鯨に関する資料、また絵画なども紹介されている。若冲が鯨のイメージをどう摂取していたのかについても知ることが出来た。

「五百羅漢図」(1789年・個人蔵・~11/8)
府中の江戸絵画展でも出ていた「石峰寺図」と同様の形態をとる一枚。昨年に発見された。石峰寺同様、山門の先には彼岸の奇想天外な世界が広がっている。絵の中に入り込むようにして楽しめた。
以上です。東博対決展にも出た「石燈籠図屏風」やプライス氏所蔵の「鳥獣花木図屏風」など、一度見た大作もいくつかありましたが、ともかく何度見ても飽きないような中毒性があるのも若冲画の大きな特徴です。時間の都合で常設を含めて2時間ほどの滞在でしたが、そのうち8割以上の時間は若冲の前にへばりついていました。

残りの会期の出品作については美術館HPの出品リストをご参照下さい。なお私感ながらハイライトは、モザイク画の最も優れた作である「白象群獣図」をはじめ、有名な「百犬図」、またMIHOの所蔵品で名高い蕪村の大作屏風計二点が出る、会期末の12月以降になるような気もします。

MIHOの展覧会はいつもそうかもしれませんが、全400頁近くの分厚い図録も非常に良く出来ています。なお本図録は一冊3000円にて東博のミュージアムショップでも発売中です。名宝展の際にでも是非手に取ってご覧下さい。

ちなみに若冲展と言えばもう一つ、来年に静岡県立美術館と千葉市美術館を巡回する「若冲アナザーワールド」展ですが、先日お問い合わせしたところ、必ずしもMIHO展の巡回ではないものの、ともに「象と鯨図屏風」は出品の方向で話が進んでいるそうです。またモザイク関連では静岡所蔵の「樹花鳥獣図屏風」も期間を区切って展示(予定)されるとのことでした。さらにちらし表紙にも掲載された「白象群獣図」の出品もほぼ確定として良いのではないでしょうか。ただし如何せん会期は来年の4月です。それまで「象と鯨」を待ちきれるかどうかは難しいところかもしれません。(実際、私は待ちきれませんでした。)
なお「若冲アナザーワールド」の情報はTakさんの記事が参考になります。
「伊藤若冲―アナザーワールド―」静岡、千葉で開催!!@弐代目・青い日記帳

最後に有名な美術館であるので今更に紹介するまでもないかもしれませんが、MIHOミュージアムへの鉄道、もしくはバスでのアクセスについて触れておきます。(大半の方はマイカーを利用されているようでした。)
・JR石山駅へは京都駅より琵琶湖線で15分程度。新快速の停車駅なので毎時6~7本とアクセスに問題なし。
・石山駅からは美術館へは帝産湖南交通の路線バス(前向きシートタイプ)を利用。ミホミュージアム行き。所要は約50分。運賃は片道800円。本数が少ないためバス時刻表の確認は必須。
・バスは半分が住農混在地域の生活道路、また半分が狭い山道(悪路)を走行する。よってバス酔いする方は酔い止め薬が必要な可能性も。
・18日の日曜日、行きは午前11:10発、帰りは15時ちょうどの便を利用したが、行きはほぼ満席、帰りは満席の上に立ち客数名といった状況だった。なるべく早めにバス停へ行っておいた方が良さそう。
・美術館バス停からは館内専用の電気自動車でエントランスまで移動する。歩くことも可能だが5分以上はかかった。

ちょうど琵琶湖と信楽の間に連なる山の、ほぼ頂上付近にそびえる壮大なスケールの美術館でした。館内の展示室自体はそれほどでもありませんが、広々としたレストランやカフェなども併設されており、半日はゆうに楽しめるのではないでしょうか。また辺りは若干、紅葉が始まっていました。これから一層、美しい季節となりそうです。

なお話題の展覧会ではありますが、この立地もあってか、鑑賞に支障が出るほどの混雑は皆無でした。ただ館内はかなり暗めです。しばらく目を慣らすまでに時間がかかりました。

山深き信楽の地で若冲がお待ちかねです。ロングランの展覧会です。12月13日まで開催されています。
「若冲ワンダーランド」
9/1-12/13

新発見の「象と鯨図屏風」をはじめとした国内外の若冲の作品を展観します。MIHO MUSEUMで開催中の「若冲ワンダーランド」へ行ってきました。
まずは本展の概要を挙げてみます。
・新出の「象と鯨図屏風」の他、とりわけ個人蔵の作品を中心に、若冲の絵画を全6期の会期に分けて約130点ほど展示する。
・若冲作の出品は各会期毎に約40点。(「象と鯨図屏風」は全期間展示。必ずしも全ての作品が入れ替わるわけではない。)他、蕪村、応挙、大雅らの作品もあわせて数点ほど紹介。
・これまでに知られなかった若冲の新たな姿を提示する。関連資料の他、豪華図録の巻頭論文は極めて重要。若冲は「絵画オタク」ではなかった。
上述の通り詳細な全6期制とのことで、各会期毎の若冲作はそれほど多いわけではありませんが、「象と鯨」はもとより、あまり見慣れない個人蔵の作品、とりわけ露出の比較的少ない水墨画など、かなり新鮮味のある若冲展という印象を受けました。

続いて本展の流れです。随所に館長の辻氏のカラーが伺える、計七章立ての構成でした。
第一章「プロフィール」
第二章「版画」
第三章「動植綵絵への道 - 法度の中に新意を出す」
第四章「若冲ワンダーランド - リアリティーとユーモアのカクテル」
第五章「若冲をめぐる人々」
第六章「象と鯨図屏風」
第七章「ワンダーランドの共住者たち」
第八章「面白き物好き」
もう間もなく会期は、27日からの第4期(11月8日まで)に突入しますが、以下に私の観た3期中の作品の感想を並べてみることにしました。お付き合い下されば幸いです。
「双鶏図」(1795年・個人蔵・全期間展示)
お馴染みのヒモのような尾っぽを振り上げた鶏が描かれている。ふと見返る様子も若冲画ならではの躍動感に溢れていた。

「布袋唐子図」(個人蔵・展示終了)
失礼ながらもまるで饅頭のような身体と顔した布袋が登場。頭の上に乗る子どもがまた楽し気な様子だった。また一見、大まかなタッチで描かれているのかと思いきや、布袋の髭の部分など、意外にも細かい筆さばきを確認出来るのも興味深い。

「牡丹・百合図」(慈照寺・~11/1)
前もって図版で見ていてどうしても実物に接したくなった作品。双幅の大画面に、南宋の花鳥画を連想させるような中国風の艶やかな牡丹と百合が群れている。花は毒気を放つようにむせ返っていた。またそれを支える岩の『覗き穴』がいかにも若冲らしい。さらに茎に近い部分は緑を、また先端に向けて白く絵具を配した百合の色のグラデーションも絶品だった。若冲の描く花には何とも言えない妖しさが感じられる。逆さカタツムリも必見。

「鸚鵡図」(千葉市美術館・~11/8)
千葉市美ご自慢の一枚。いわゆる裏彩色の効果なのだろうか。羽の部分はうっすらと黄金色に輝いていた。また羽の部分の立体感と、飾りの部分の平面的な描写の対比も面白い。また嘴の箇所は如何なる技法を用いているのだろうか。墨を思わせる黒に白い絵具が滲むようにして広がっていた。

「隠元豆図」(個人蔵・~11/8)
隠元豆が上から垂れ下がっている。やや鋭角的にのびる蔓や葉に飛び乗った昆虫などはいつもの若冲風だが、興味深いのは蔓の線を境にして背景を塗り分けていること。その色面の差異によって絶妙な遠近感が出ているような気がした。

「乗興舟」(京都国立博物館・全期間展示)
京博版「乗興舟」の一部分(約2m)を展示。一本の河に沿って連なる茂みや家々は旅情を誘う。ただやはりこれはかつて大倉で観たときのように全巻を楽しみたい。

「花鳥版画」(1771年・平木浮世絵財団・~11/1)
現在6点しか確認されていないという花鳥版画の一枚を紹介。そそり立つ茎、そして穴のあいた葉など、一見大人しいようでも若冲画の要素がいくつも盛り込まれていた。色も美しい。
「松に鸚鵡図」(個人蔵・展示終了)
上に挙げた「鸚鵡図」よりもさらに絵具の塗りも厚い、非常に重厚感のある鸚鵡が木にとまっている。松の下の白い流れは滝の水流だろうか。細部、特に羽の描写に凝った鸚鵡の姿はまるで置物のようだが、その脚が非常にリアルなのには驚いた。鳥を観察し続けた若冲ならではの表現ではないだろうか。

「雪中遊禽図」(個人蔵・~11/8)
まるで水飴のように粘性を帯びた雪が木々に降り積もる。ともかく目に飛び込んでくるのは、上に同じく置物のような小禽の描写よりも、その眩しいほどに白い雪、揺れる花々の輝くような彩色の鮮やかさ。花のピンク色はそれこそ宝石の表面のようにキラキラと光っていた。また葉の靡く様も非常に生々しい。あたかも自ら意思を持って手を広げるように葉を伸ばしていた。
「葡萄図」(1759年・個人蔵・~11/15)
くるくるととぐろをまいたツタがリズミカルに跳ねる葡萄が描かれている。ただしここでの主役は実ではなくむしろ葉の方。まるで後ろから光を当てたように透き通っていた。
「寒山拾得・楼閣山水図」(個人蔵・~11/1)
大典の賛も書き入れられた三幅の水墨画。和やかに寄り添う二人の様子はどこか卑猥ですらある。また左右に切り立つ岩盤は何やら暗示的。この背景には一体何があるのだろうか。色々と詮索したくなる作品でもあった。

「鳥獣花木図屏風」(プライスコレクション・~11/8)
東博のプライス展でも話題となった升目描の大作がMIHOに出品中。果たしてこれが若冲の真筆なのかについては賛否両論あるところだが、一つのデザインとして見ると非常に華やかな作品であることは間違いない。線が全く若冲ではないが、その分、例えば子どもたちがどこからかモチーフを切り抜いて、ぺたぺたと折り紙でも貼付けたような味わいが感じられて可愛らしかった。久しぶりに接すると意外と良く見えたのが自分でも不思議。


「蟹・牡丹図衝立」(個人蔵・全期間展示)
衝立ての片側にカニが、またもう一方には牡丹の描かれた水墨の作品。脚には動植綵絵の「群魚図・蛸」ならぬ小カニを従えた親カニが大きく描かれている。それにしてもアッと驚かされるのは反対の牡丹ではないだろうか。金砂子の散る華やかな空間には、まるでそこへ消えてしまうかのようにもがき苦しむ牡丹が伸びている。その奇異な形態は曾我蕭白の「群仙図屏風」のよう。これほどシュールな牡丹を他で見たことはない。

「石燈籠図屏風」(京都国立博物館・展示終了)
対決展でも印象に深かった大作の屏風。靄に包まれた湖岸の景色を、点描によって示された燈籠ととも描く。一体、この景色が朝なのか夕なのかは良く分からないが、後述する「燈籠図」がそのヒントになるような気もした。湿り気を帯びた石のひんやりとした質感は、細かな点の集合によって見事に表現されている。その静かな景色と荒々しい木の対比的な描写がまた面白い。枝をぶんぶん振り回しているかのようだ。

「雨龍図」(個人蔵・~11/8)
S字型の龍が筋目描の技法で表現されている。それにしてもこのおどけた表情は何とも微笑ましい。白目を上に向け、口をあんぐり開け、それこそ「いないいないばあ」でもするような仕草をしていた。思わず笑ってしまう。
「蘇鉄図」(個人蔵・~11/1)
巨大な蘇鉄を描いている。幹を筋目にて、また葉を薄い墨にて示す筆さばきが巧い。石燈籠の石の点描ではないが、若冲は対象の質感にもかなり注意して絵を描いていたのではないだろうか。何気ない描写だが、クローズアップされた構図にもよるのか、非常に力強い作品でもあった。
「燈籠図」(個人蔵・~11/8)
上の石燈籠屏風の一場面でも切り取ってきたような一枚。点描の燈籠が朧げに立っている。興味深いのは上空にうっすうあとした月が見えていること。ひょっとするとあの屏風も夕景なのかもしれない。

「鷹図」(個人蔵・展示終了)
荒々しい波に洗われた岩盤の上に立つ一羽の鷹が堂々と描かれている。筋目による羽の流れる様は美しく、キリリと横を見やるその表情は凛々しい。また、ともすると即興的に描いたように見える波だが、良く目をこらすと、年輪を描くように一面一面、細い線が重なっていることが分かった。巧い。

「羅漢像」(個人蔵・展示終了)
モデルが大典である可能性が高いという羅漢像。そのリアルな表情を見ると、若冲が人物画も手中に収めていたことが良く分かる。目を細め、にやりと笑う姿は真に迫っていた。


「象と鯨図屏風」(1795年・MIHO MUSEUM・全期間展示)
本展の目玉。2008年夏に発見された六曲一双の新出屏風を一括して展示。落款からして若冲が80歳の時に描かれた。右隻には牙を剥き出しにしながら、鼻を高らかに伸ばした象、そして左隻には波間を進む鯨の姿が描かれている。まず一見して印象深いのは、中央の空間が広いせいか、意外と静かな印象を与える作品であるということ。象はあたかも正座でもするかのように大人しく座り、後ろの崖から伸びる牡丹に祝福もされてくつろいでいるように見えた。また鯨はその半分以上が海の下に沈んでいるからか、前へ進むというよりも、さらに潜り込んで消えていくようなイメージを感じた。細部の線は晩年の作ということもあるのだろうか。象の鼻の部分などは、後から塗り直したのかと思うほどに緩い描線で象られている。むしろ崖や波の線の方が冴えていた。ただ波は山の稜線のように起伏があって力強い。さらに鯨の周囲の波しぶきも荒々しかった。なお本展ではこの作にあわせ、関連する当時の鯨に関する資料、また絵画なども紹介されている。若冲が鯨のイメージをどう摂取していたのかについても知ることが出来た。

「五百羅漢図」(1789年・個人蔵・~11/8)
府中の江戸絵画展でも出ていた「石峰寺図」と同様の形態をとる一枚。昨年に発見された。石峰寺同様、山門の先には彼岸の奇想天外な世界が広がっている。絵の中に入り込むようにして楽しめた。
以上です。東博対決展にも出た「石燈籠図屏風」やプライス氏所蔵の「鳥獣花木図屏風」など、一度見た大作もいくつかありましたが、ともかく何度見ても飽きないような中毒性があるのも若冲画の大きな特徴です。時間の都合で常設を含めて2時間ほどの滞在でしたが、そのうち8割以上の時間は若冲の前にへばりついていました。

残りの会期の出品作については美術館HPの出品リストをご参照下さい。なお私感ながらハイライトは、モザイク画の最も優れた作である「白象群獣図」をはじめ、有名な「百犬図」、またMIHOの所蔵品で名高い蕪村の大作屏風計二点が出る、会期末の12月以降になるような気もします。

MIHOの展覧会はいつもそうかもしれませんが、全400頁近くの分厚い図録も非常に良く出来ています。なお本図録は一冊3000円にて東博のミュージアムショップでも発売中です。名宝展の際にでも是非手に取ってご覧下さい。

ちなみに若冲展と言えばもう一つ、来年に静岡県立美術館と千葉市美術館を巡回する「若冲アナザーワールド」展ですが、先日お問い合わせしたところ、必ずしもMIHO展の巡回ではないものの、ともに「象と鯨図屏風」は出品の方向で話が進んでいるそうです。またモザイク関連では静岡所蔵の「樹花鳥獣図屏風」も期間を区切って展示(予定)されるとのことでした。さらにちらし表紙にも掲載された「白象群獣図」の出品もほぼ確定として良いのではないでしょうか。ただし如何せん会期は来年の4月です。それまで「象と鯨」を待ちきれるかどうかは難しいところかもしれません。(実際、私は待ちきれませんでした。)
なお「若冲アナザーワールド」の情報はTakさんの記事が参考になります。
「伊藤若冲―アナザーワールド―」静岡、千葉で開催!!@弐代目・青い日記帳

最後に有名な美術館であるので今更に紹介するまでもないかもしれませんが、MIHOミュージアムへの鉄道、もしくはバスでのアクセスについて触れておきます。(大半の方はマイカーを利用されているようでした。)
・JR石山駅へは京都駅より琵琶湖線で15分程度。新快速の停車駅なので毎時6~7本とアクセスに問題なし。
・石山駅からは美術館へは帝産湖南交通の路線バス(前向きシートタイプ)を利用。ミホミュージアム行き。所要は約50分。運賃は片道800円。本数が少ないためバス時刻表の確認は必須。
・バスは半分が住農混在地域の生活道路、また半分が狭い山道(悪路)を走行する。よってバス酔いする方は酔い止め薬が必要な可能性も。
・18日の日曜日、行きは午前11:10発、帰りは15時ちょうどの便を利用したが、行きはほぼ満席、帰りは満席の上に立ち客数名といった状況だった。なるべく早めにバス停へ行っておいた方が良さそう。
・美術館バス停からは館内専用の電気自動車でエントランスまで移動する。歩くことも可能だが5分以上はかかった。

ちょうど琵琶湖と信楽の間に連なる山の、ほぼ頂上付近にそびえる壮大なスケールの美術館でした。館内の展示室自体はそれほどでもありませんが、広々としたレストランやカフェなども併設されており、半日はゆうに楽しめるのではないでしょうか。また辺りは若干、紅葉が始まっていました。これから一層、美しい季節となりそうです。

なお話題の展覧会ではありますが、この立地もあってか、鑑賞に支障が出るほどの混雑は皆無でした。ただ館内はかなり暗めです。しばらく目を慣らすまでに時間がかかりました。

山深き信楽の地で若冲がお待ちかねです。ロングランの展覧会です。12月13日まで開催されています。
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