晴徨雨読

晴れた日は自転車で彷徨い、雨の日は本を読む。こんな旅をしたときに始めたブログです。

猪鼻のこと(16) 8/8

2012-08-09 | 上林界隈(AKB)

2012.8.8(水)曇

  猪鼻地名のあるところにマンガン鉱山が存在するというのはどうしてだろうと思っていた矢先に、マンガン鉱脈を探す際に「マンガンの花」を見つけるという事をいくつかの本で知った。マンガンの花とは「マンガンぱらだいす」(田中宇著)では鉱石の黒い固まりが花びらのような形で落ちているのをハナという、という風に書いてあり、「丹波マンガン記念館の7300日」(李龍植著)では川に流れ出たマンガン鉱石という風に書いてある。
 南丹市日吉の海老谷など田んぼの中にも黒い花が咲いていたというから、マンガンの花とは花びらのように拡がったマンガン鉱脈の露頭のことでは無いだろうか。Img_3719

海老谷玉岩地蔵、玉岩鉱山はこの附近である。


 鳥垣のアシ谷のマンガン坑を訪れたとき、周囲に同じような岩壁がいくつもあるのに気づいた。マンガン鉱の山師は一体どうやってその中から鉱脈を見つけたのだろう。丹波のマンガンは良質だが鉱脈は細く短いそうである、岩壁の中にレンズ状に存在する鉱脈を見つけるにはやはり岩壁の表面に浮き出た鉱脈を見つけるのが有効な方法なのだろう。いわゆる鉱脈の露頭を「ハナ」というのではないだろうか。
 鳥垣渓谷に行く度に岩壁があるたびにマンガンの黒いハナが無いものか眺めていたが、素人でも解るハナがあったものなら、とっくに過去に採掘されているだろう。そんな時鳥垣の登山道脇の岩壁に妙な窪みを見つけた。今年の6月8日の事である。
 それは第三の滝から山腹の登山道に合流し、やすみとに向かっている途中で左上斜面の岩壁に浅くえぐられた窪みを見つけたのである。近づいて、もう苔むしている岩を観察すると、自然のものとは思えない窪みである。もし人工の窪みだとすると一体何に使ったものなのか。マンガンの試掘跡としか思えないのだが、、、。P1010925
 
偶然発見した奇妙な窪み。


 鉱山師が探し求めるマンガン鉱脈の露頭をマンガンの花と呼んだとして、それが地名になる事は無い。マンガン単体の採掘はそう古い時代では無いと思うのだ。丹波では明治の後期に始まったそうだが、古代に薬として採掘されていたという伝説もあるようだ。しかし古代から重要視されていたのは五色のカネ、つまり金(コガネ)、銀(シロガネ)、銅(アカガネ)、鉄(クロガネ)、鉛(アオガネ)の他水銀、錫などのようだ。マンガンは鋼を作る際に使われたようだが、地名が生まれるような古い時代に単体で掘られていたとは思えない。つづく

晴徨雨読 8日目(2006.8.8) 萌叡生活塾~芦原温泉
 萌叡生活塾で午前中は作務していたので、出発は午後になってからだった。この日ばかりは本当に無計画で、行けるところまでいって泊まろうという感じだった。それが失敗で芦原温泉まで行って、高い宿泊料を払うハメになった。といっても1万円だが今回の旅行では最高額ではないか。永平寺の手前の峠はえらいきつい坂で歩いてしまった。歩いたのはガリバー旅行村の坂と杖突峠とここの3回だけだった。Img_0164

幹線道路は避け、地方道を走るのが面白い。



 今日のじょん:全国民がオリンピック寝不足症候群となっていそーだが、じょんのび村でも昼寝が定着している。といってもじょんはのべつ幕無し昼寝しているけど、、、。P1020406
 
右にはおかーが寝ているのだが、肖像権がどうのって云うからトリミングした。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

猪鼻のこと(15) 8/7

2012-08-09 | 上林界隈(AKB)

2012.8.7(火) 曇

(4)浜松市北区三ヶ日町猪鼻湖
  猪鼻という地名は無く、猪鼻湖、猪鼻瀬戸、猪鼻湖神社などがある。猪鼻湖神社から南東へ6Kmほどの湖西市大知波にマンガン鉱山があった。三ヶ日町摩訶耶(まかや)に別所あり。

(5)徳島県三好市池田町西山猪鼻
  徳島、香川県境国道32号線の猪ノ鼻峠は著名な峠だ。池田町西山に地図上猪鼻を見つけることはできないのだが、香川県側、三豊市財田町上財田猪の鼻と言うところが峠のすぐ先に見つかる。元来の猪鼻峠は現在の位置から東北に2Kmほどの二軒茶屋附近ということだから、財田町の猪の鼻がその直下にあるのはもっともだと思われる。国道32号線を香川県側に10Kmほど下った左手に財田上別所がある。またその南財田上森にも小字別所があるという。近辺に鉱山跡などの形跡は見つからないが、芋尾、黒川など金属関連らしき地名もあり、古代の金属関連地かもしれない。Img_5279

池田町の街並み、知っていれば猪ノ鼻峠に行ったかもしれない。
(2007.5.9)



 これ等が近隣地あるいは著名な猪鼻地名で当初から調べていた地域である。猪鼻地名にマンガン鉱山が存在するというのは我ながら画期的な発見だと思っている。ただ調べたサンプルが余りにも少なく、現在ピックアップしている2,30のイノハナ地名について調べていかないといけない。しかしマンガン鉱山なんていうのは大方が小規模で、鉱山のリストに載らないものがほとんどだろう。地方の鉱物研究者の公開された資料を探るぐらいしか手だてが無い。現地に赴ければ「マンガン鉱山がありましたか?」と尋ねられるのだけど、それはほとんど不可能だ。ただ丹波地方ぐらいなら現地調査も可能である。Img_3433
 
人一人やっと入れるくらいのマンガン坑口(鳥垣、アシ谷坑)


 例えば丹波などマンガン鉱山なんてどこにでもある。したがってマンガンが出る所にイノハナがあっても、両者が関係あるものとは言えないことになってしまう。こういう悩ましい問題もあるが、高い確率でイノハナが鉱物採取地に関連があるとしたら、そういう説は未だ見当たらないのでやはり発見であろう。
 猪鼻と別所の関係は、この少ないサンプルの中に偶然に存在したという事だけで、直接的な関連は無いと考える。他の別所に猪鼻があるかと云えば無いのである。近隣ではどうかといくつか見たが、これも見つからない。ただ別所が金属関連地名であることは間違いないだろう。「鉄と俘囚の古代史」(柴田弘武著)に詳しいが、俘囚との関連は納得いかないが、金属特に産鉄との関連は正しいと思っている。従って猪鼻→金属→別所という構図は成り立つのだろう。つづく

 晴徨雨読 7日目(2006.8.7)萌叡生活塾滞在
 萌叡生活塾というのは不思議なところだ。東京で学習塾をしていた先生が、一念発起福井の山奥で自給の生活をし、何から何まで作ってしまうのだから面白い。宿は3時間以上の労働が義務で、宿代は超安くなる。労働は選択でき、玉切り薪割りをする。チエンソーも斧も初めての経験だったが、現在に随分役立っている。
 この日はパンを焼いたが、窯も手作りの窯で、何もかも手作りというのも凄い。Img_0155

 元は製材所という萌叡塾。冬は雪に閉ざされるので各自手仕事をするんだって。


今日のじょん:半落ちP1020399_2


尻尾が上がるでも無く、下がるでも無く、不安な状態。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする