2012.8.12(日)曇
京北(現京都市右京区)の下黒田町に井花(イハナ)という地名と井花谷(イノハナダニ)という谷がある。周囲にはマンガン鉱の鉱山跡が目白押しで、(片波川西谷、小塩、筒江、狭間峠など)この谷にも坑跡があるのではないかと思っている。是非訪ねてみたいところの一つだ。この井花こそが鉱脈の露頭を表す言葉なのでは無いだろうかと思っている。
イ、ゐ、井というのは基本的に水を表す言葉のようだが、金属関連用語として竪坑をあらわすという説がある。「古代の朱」(松田壽男著)に古事記の神武天皇の吉野巡りの話として書かれている。
その地より幸行されると、尾の生えた人が井のなかから出てきた。その井は光があった。ここに「汝は誰ぞ」と問われると、答えていうのに「僕は国つ神で、名は井氷鹿(いひか)というと。
この井が竪坑で、光るのは鉱物、この場合は朱砂であるという説だ。井氷鹿というのが吉野首(よしのおびと)の祖であるとしている。なぜ井が竪坑で光が朱砂なのか原文を読んでみよう。
(前略)、日本でも朱砂は丹井つまり地表の露頭部からはじまり、露天掘りの竪坑によって採掘されている。(中略)、とにかく、こうして経営されていた丹井すなわち朱砂坑は、その壁面に自然水銀を汗のように吹き出している。気温や地熱の関係などで、それがはなはだしい場合も珍しくない。その自然水銀は竪坑の底部にたまる。それはまさに光のある井戸ではないか。
そしてこの本ではないが、朱砂の露頭部のことを「朱の花」と呼ぶ旨書いてある書があった。マンガンや朱砂だけでなく鉱物の露頭のことを花と呼んだのではないか。
井=竪坑→鉱脈 花=露頭部(花びらのように地表に現れている)という構図が考えられまいか。井花、猪鼻、亥鼻などのイノハナ地名の中には金属、鉱山を由来とするものがあるとすれば、猪鼻が鉱山の付近に存在することも、およそ水とは無縁の地にも存在することの説明がつく。
たくさんピックアップした全国のイノハナ地名に関しての調査は後の稿に譲るとして、発端となった、若丹国境稜線上の猪鼻峠について少し書いておきたい。
猪鼻峠についてはその麓に猪鼻というところがあるものかと調べたのだが、関屋にも横津海(よこつみ)にも青にも見当たらなかった。もちろん丹波上林側にも一向に見当たらないのだ。猪鼻峠の南の坪坂峠が関屋の坪に由来することと対照的である。
猪鼻峠附近から猪森ヶ嶽(丸山)をのぞむ。
坪坂峠の地蔵堂と地蔵さま、坪坂峠と猪鼻峠はすぐに合流して関屋に下る。
ただ関屋の小字として猪鼻峠のある位置が小字猪鼻峠で、上林で丸山という545mのピーク、サンドラ岩のある山の地域が、小字猪森ヶ嶽(いもりがだけ)なのである。従って猪鼻峠の地名は猪鼻峠のある地域に由来するのではないかと考えるのである。おわり(猪鼻のこと(17)は2012.8.9)
晴徨雨読 11日目(2006.8.11)金沢~富山
旅行中で最もつまらない一日だった。走ったコースも新しい道で見るものも無く。富山の街も鱒の寿司以外これと言ったものは無かった。
晴徨雨読 12日目(2006.8.12)富山~飛騨古川
つらい行程ベスト5の内のひとつである。神通川沿いの国道41号線は無数のトンネルがあり、狭くて暗く、路面が悪くてしかも通行量が多くて逃げ道がない。トンネル通行の恐怖を嫌というほど味わされた。その上もの凄い夕立があったりして、肉体的にも精神的にも疲れ果てた。
あまりのトンネルの恐怖に神通川沿いの旧道を走ろうとしたが、とても荷物を持った自転車で走れるものでは無かった。チエントラブルは起こるはGPSはこの橋から落としそうになるは、散々だった。
今日のじょん:最近アマガエルが家の中に入ってくる。じょんが大騒ぎするので参っている。写真はよしずにとまって金色になった黄金のアマガエル。