春菊の花絨毯が続く畑に、さわやかな五月の風~
国道なので車は多いし、だんだん日が暮れてきて・・・
すると、そのおばあさんは道路沿いの「うどん屋さん」のほうに
スタスタ歩きはじめた。
両手でやっと戸を押し開けて中にはいった。
しばらくして、注文のうどんをお盆にのせ席を探してうろうろ・・・
ようやくカウンター席にお盆をおいた。
外からじっと見つめている私、他の人からは変だと思われたかもしれないが
なぜだか心配なので、その人が出てくるのを待つことにした。
でも、なかなかでてこない。
「もういいか!」と思った時、ひょいと店からでてきた。
そしてまた歩きはじめた。
諏訪川の橋にかかって中ほどで足をとめた。
川の水は海に続いていて今は引き潮だが水はまだ深い。
欄干に手をおいて、頭をじっと川面にむけている。
「変だ、やはりおかしい!警察に電話しよう」携帯をにぎりしめた。
すると、またよろよろと歩きはじめた。
まだ目的地までは半分以上もある。
「だいじょうぶかなぁ・・・」
私は道路の反対側から距離をおいて、又そっとあとを追う。
もうあたりは薄暗くなり、行きかう車のヘッドライトがまぶしい。
あ、押しボタン式の信号のところで立ち止まった。じっとしている。
わたしも足を止めたとき、その人が私を見て手をあげた。
「あれっ!見つかったか?」 わたしも右手をあげて答えた。
私は数台の車をやりすごして走って道路を渡った。
その人が大きな声でいった。
「竹下さんじゃろ?」
「いいえ、・・・わたしをおぼえていますか?」
「うんにゃたい!あんたは、竹下さんじゃろ?」
「ホラ、先ほど原万田までの道をたずねましたよね、わたしがわかりますか?」
「・・・、あら? 店のお客さんとまちがえたよ。あんただったかね」
やっとわかったらしい。
「今日はなぁ 息子と喧嘩して腹がたち、家を飛び出したったい。
うろうろさるいて(歩いて)、ここで死のうかと思うて・・・」
あちこち歩きまわり、この諏訪川をのぞいていたのだという。
やさしいピンクの君子蘭に癒される・・・
「うどんは、おいしかったですか?」気分をかえさせようと言ってみた。
「あ~ うまかったよ~。
・・・私はこの先でパーマ屋をしているけん、あんたちょっと寄っていかんな」
パーマ屋のお客さんと間違えて、わたしに手を振ったのだという。
このへんからまともに話しがかみ合うようになってきた。
話しを聞いているうちに心配は消えてきた。
息子さんと喧嘩して家を飛び出したこと。自分は愛知県にいたが
亡くなったご主人の故郷を追って荒尾市に来たこと。年は71才で申年だと。
「あんたはいくつな?」
「はい 76才で、ウサギですよ」
「そんなら私がちょっと姉さんたいな、私は71で申たい」
「うん?・・・」
まだちょっとかみ合わないとこがあったけど、話はしっかりして
きたようだし もう大丈夫だろと思った。
「原万田までまだ大分あるけど、わかりますか?」
「はい、ありがとうな。あんたはやさしかなぁ、よか人に逢うたばい。
息子に話してやります」とにっこり。
どうやらご機嫌がなおったらしい。
「では、気をつけて行ってくださいね」と手を両手でにぎった。
冷たい夜風にも暖かい手だった。
でも、早や合点して警察に電話しなくてよかった・・・ホッ!