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第3次昭和切手とは昭和20年4月以降に発行された普通切手、滝野川の印刷局の工場が空襲で全焼したため、止む無くかなりの種類(一部高額切手を除く)を民間会社に印刷を委託して発行した。印刷も凸版平面版印刷や平版印刷で紙も質が悪く、目打や裏糊がない粗悪なものとなってしまった。
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特に有名なのは10銭の敵国降伏の勅額を描いた切手。昭和20年4月に発行されたものは灰色で発行、当初は目打ちもあったが、5月発行からは無目打になった。さらに印刷色を水色に変えて印刷したのだが、実際の発売前に終戦となり、未発行切手となった。しかし、戦後の混乱からか一部収集家の手に渡り、未使用のみ存在する切手である。
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他にも5銭の『旭日と戦闘機』、3銭の『盾と桜』などで10銭の『富士山と桜』は昭和20年10月31日発行と実は戦後最初に発行された切手である。
この『富士山と桜』の図案の切手を1次から3次までの3枚を比べて見たい。
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最初は1940年(昭和15年)2月発行の20銭切手『富士山と桜』である。凹版印刷で外信書状用に使われたもので丁寧な仕事がなされた切手である。
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次は1944年(昭和19年)1月発行の20銭切手『富士山と桜』で図案が大幅に簡素化、凸版で発行されている。
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最後が1945年(昭和20年)10月発行の20銭切手『富士山と桜』である。図案は大幅には変わらないが、平版で目打も裏糊もない。粗悪な印刷であり、当時これが精一杯であったと思われる。このように切手一つ取っても戦局の悪化や混乱がよくわかる。
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