outdoor life by mizota

ヨットでのクルージング日本の名山に登るキャンピングカー旅ダイビング野鳥撮影ジギング等溝田正行がした事する事を報告します

台風4号無事通過

2010年08月12日 18時05分04秒 | 退職生活
新穂高温泉は穂高岳と笠ガ岳との間にあるので、急峻な崖山に挟まれた深い谷間にあります

台風の大雨で、山崩れや落石が起きる可能性もあるので、バスの位置を昨日から何度も確かめて「大丈夫」と判断はしていたけど、途中の道が崩れて、閉じ込められる可能性もあるので、心配もしていました

朝から降っていた雨は、昼前から強くなり、三時過ぎまで土砂降りでした

風はそれほど強くはなりませんでしたが、すぐ前の川音は大きくなってくるし

そんな中、新たに来る登山者は居ませんでしたが、勇気ある(ほんとは無い)登山者が次々下山してきました

台風が接近しているのが解っていながら、山に登る人が結構居るんですね

いくら休みが限られていても、山小屋で待機するにしても、この様な天気には勇気を出して登山を中止しなければならないと思うんですが・・・

僕は台風銀座の四国に生まれ、そこで海に関わる生活も長かったから「台風の怖さ」を知りすぎる程知っています

河川の氾濫、高潮、土砂崩れ、浸水、強風による家屋の損壊、屋根が飛んだり、看板が飛んだり電柱が倒れたりと、台風の強い雨と風には泣かされ続けてきました

ところが、関東や信越、山陰、東北、北海道の人達は馴染みがないので、台風と聞いても全く対策もしないし、恐れていないのに驚きます

台風が来る頻度が非常に少ないだけでなく、都会の人達は勤め人が多く、生活に関わるものが「外に無い」事も理由でしょう

僕が生まれた家は農業と林業で生計をたてていました。

農業では主に「みかん栽培」だったんですが、台風の直撃を受けると、枝が折れたり、実に傷がつきます

キズが付くと高く売れず、枝や木が折れると収穫が後々まで減りました

それが子供心にも解って、台風と聞くと恐れました

海の仕事をするようになって、船を持つと台風が来る度に心配しました。

一度などは、もう今年は台風は来ないだろうと、請け負った潜り仕事の8割が完成した11月の末に上陸はしなかったけれど、沖を通過した事がありました

台風の波は上陸しなくても太平洋岸に打ち寄せる波は巨大です。

波が収まって行って見ると

全くスタートに戻っていたこともありました

2~3千万の仕事でしたが、人件費が大部分の仕事だったので、スタートに戻ったと解った時は工期の問題も重なり、かなりのショックでした

泣きたいのをこらえて仕方なく、人を増やし、僕も潜ったりして工期に間に合わせましたが、当然ながら大赤字となりました

今にして思えば農家に生まれたから諦められたと思ったりしますが・・・

世の中は面白いもので「あいつは台風でゼロになっても泣き言も言わず工期に仕上げる」と人づてに伝わり、その後多くの仕事が回ってきました

しかし、仕事を離れた今でも、台風と聞くと穏やかではありません

美由紀も僕が船の係船ロープを増やしに行っている間に、店の前に展示していたヨットが風で飛ばされ、国道を塞いだことがあり、今でも台風が来ると落ち着かないようです

ところが、ホロホロで世界一周をしていたり、この様に旅に出ていると「諦めている」のか家の事もヨットの事も余り心配しません

これは台風に限らず、火災や地震など全ての事に対してですが・・・

特に意識はしないけど「心配してもどうにもならない」と腹をくくっているんでしょう。

実際心配しようが、してなかろうが結果は同じです

「たとえ何が起きても人は心の持ち方次第でどうにでもなれる」と世界を14年間放浪し、一時的だったけど「神のようになった事がある」僕も美由紀もが思っているようです

自縛の中に生きている人には理解できないでしょうが・・・

今日の写真は白馬岳の山頂(2932㍍)まで飛んできたオニヤンマです

吹き上げられて来たのかも知れませんが・・・一人の若者のズボンにとまったきり、寒さの為か逃げようとせず、周りの人達の写真のモデルになっていました。

写真をクリックすると大きく見えます



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