まだ多くの日本人の記憶に新しい「雲仙普賢岳の火砕流」が発生したのは平成3年と言うから、もう22年前になるようです。
あの煙を上げて滑り落ちてくる火砕流、逃げ惑う人達などの映像が目に浮かびます
当時僕等は仕事を止めて、世界一周に出発する準備をしてる時でした。
これを言い換えると、25歳以下の人は知らないと言う事になりますから、日本人の四人に一人は知らないわけです。
この時の噴火で、雲仙普賢岳よりも高い標高の「平成新山」が出来たんですが、2006年に普賢岳に登って見た時より、随分色が変わっていました。
それだけでなく、最近まで閉鎖されていた、平成新山側を登る「風穴側登山道」が通れるようになって、普賢岳と新山の間の谷合を登れるようになってました
そんなんで今回は、天気が良かったので最長コースの、温泉街に一番近い駐車場から、仁田峠に出て妙見、国見から風穴を二つ見て登る新道を登りました
まあ写真見てください。
先ずは途中及び頂上からの遠望です。長崎市方面です

天草五橋方面です

諫早湾の問題の堰方面です

そして・・・普賢岳頂上、すぐ背後に平成新山が

平成新山をアップで写すと

一つ非常に気になったのが、普賢岳と新山の間を登ってる時、蒸気が出てたんですが・・・
その出てる場所には、まだ枯れ切っていない草や木が見えます
良く見てくれると解りますが、数日前まではここに蒸気が出てなかったのが解ります。

まだ青みが残ってる草や木がわかるでしょ
前回の爆発の時も・・・初めは蒸気が噴き出しただけだったんですから・・・ちょっと心配しました
下山して温泉に入り、火砕流で埋もれた民家などを保存している「道の駅 みずなし本陣ふかえ」に来ました。
真正面を見上げると平成新山が聳えています。
ギザギザした頂上部が威圧しているように見えます。
あの煙を上げて滑り落ちてくる火砕流、逃げ惑う人達などの映像が目に浮かびます

当時僕等は仕事を止めて、世界一周に出発する準備をしてる時でした。
これを言い換えると、25歳以下の人は知らないと言う事になりますから、日本人の四人に一人は知らないわけです。
この時の噴火で、雲仙普賢岳よりも高い標高の「平成新山」が出来たんですが、2006年に普賢岳に登って見た時より、随分色が変わっていました。
それだけでなく、最近まで閉鎖されていた、平成新山側を登る「風穴側登山道」が通れるようになって、普賢岳と新山の間の谷合を登れるようになってました

そんなんで今回は、天気が良かったので最長コースの、温泉街に一番近い駐車場から、仁田峠に出て妙見、国見から風穴を二つ見て登る新道を登りました

まあ写真見てください。
先ずは途中及び頂上からの遠望です。長崎市方面です

天草五橋方面です

諫早湾の問題の堰方面です

そして・・・普賢岳頂上、すぐ背後に平成新山が

平成新山をアップで写すと

一つ非常に気になったのが、普賢岳と新山の間を登ってる時、蒸気が出てたんですが・・・
その出てる場所には、まだ枯れ切っていない草や木が見えます

良く見てくれると解りますが、数日前まではここに蒸気が出てなかったのが解ります。

まだ青みが残ってる草や木がわかるでしょ
前回の爆発の時も・・・初めは蒸気が噴き出しただけだったんですから・・・ちょっと心配しました

下山して温泉に入り、火砕流で埋もれた民家などを保存している「道の駅 みずなし本陣ふかえ」に来ました。
真正面を見上げると平成新山が聳えています。
ギザギザした頂上部が威圧しているように見えます。