三無主義

 ~ディスパレートな日々~   耶馬英彦

映画「もったいないキッチン」(斎藤工による吹替版)

2020年08月14日 | 映画・舞台・コンサート
 映画「もったいないキッチン」(斎藤工による吹替版)を観た。
 ノーベル平和賞受賞者のワンガリ・マータイさんが受賞の翌年に日本を訪問したときに「もったいない」という言葉を知ったそうだ。この言葉に感銘を受けた彼女が「MOTTAINAI」キャンペーンを展開したことで、「もったいない」は世界中に知れ渡ることとなった。
 ジョン・レノンが傾倒した「禅」という言葉を説明できる日本人は少ないと思うが、「もったいない」という言葉は殆どの日本人が説明できると思う。それは本作品の中でも触れられている通り、価値の遺失であり、機会の損失である。
 本作品は「もったいないキッチン」というタイトルだから「もったいない」の対象は食糧ということになる。毎年恵方巻きが大量に捨てられているというのはニュースで見たが、実は本作品を見るまでは、食料の廃棄状況をグロスの数字で知ることはなかった。
 日本では1日にひとり当り130gの食糧が廃棄されている。おにぎり1個分だ。日本の人口は1億2596万人だから、毎日1億2596万個のおにぎりが捨てられているという訳である。年間643万トン。東京都の年間の食糧消費量と同じである。
 ユニセフの発表では、2018年で飢えに苦しむ人々は8億2100万人、そして1億5000万人以上の子どもたちが発育阻害にあるとされている。多くの子供たちが餓死している一方で、まだ食べられる食糧を大量に廃棄する国がある。それこそ本当にもったいない。
 廃棄される主な原因は食品の期限の問題である。生鮮食品を除いて、スーパーで売られている食品や惣菜などには賞味期限や消費期限が記載されている。前世紀は製造年月日だったが、製造工程が長いものはどの日を製造年月日にするのか不明確ということや、期限表記が主流の海外の食糧輸入時に製造年月日を義務化するのはおかしいという外圧などがあって、製造年月日ではなく期限表記となったのだ。
 外食も中食(なかしょく=コンビニ弁当など)も一番怖いのは食中毒事故を起こすことである。賞味期限、消費期限を守るのは絶対だ。従業員にも食中毒を出すことは出来ないから、必ず廃棄をしなければならない。それは企業や店を守るためであり、自分たちの生活を守るためである。賞味期限を少し過ぎたくらいなら食糧として大丈夫であることは承知しているから、廃棄は心苦しいことなのだ。
 キッチンカーは日本各地を回り、様々な事情を取材し、人々のいろいろな取組を紹介する。生ゴミを肥料にする食糧リサイクル活動、化学繊維やペットボトルで自動車を走らせたり再度ペットボトルや化学繊維を作る活動、野草の知識を受け継いで自然から食べ物を調達するといった個人的な活動まで、人々はそれぞれの考え方で環境破壊を防ぐために取り組んでいる。そして監督からの「それで食糧ロスの問題が解決すると思いますか」という問いが繰り返される。
 大きな政治問題を個人の意識の問題に矮小化しているかというと、そんなことはないと思う。社会構造が食品ロスと食糧格差、環境破壊を生んでいるから、個人の活動には限界がある。国内の問題だけではなく世界協調が必要だから、世界の政治家のレベルが今よりも数段高度にならないと実現できない。政治家のレベルは選挙に左右されるから、有権者のレベルが向上しなければならない。自分たちへの利益誘導よりも世界がよくなるために投票するようにならなければ、政治の向上は実現できないのだ。餓死する子供を救う政治家に投票するのか、見殺しにする政治家に投票するのか、最終的にはそこに行き着くだろう。個人の意識が世界を変えるのだ。
 食糧ロスの問題だけでなく、食糧を包装するプラスチックの廃棄の問題、原発による食糧の汚染の問題、世界の食糧危機の展望など、食糧に関連して扱われたテーマは多岐にわたる。ニコニコと笑顔を絶やさない人のよさそうな監督が人の話を聞くだけの映画だが、出てくる人たちの話に真実があった。特に精進料理の心を説明してくれた僧侶の率直な話には涙が出た。食糧について深く考える機会をくれた貴重な作品だと思う。