山本夏彦の本はかたっぱしから読んでいると思ったらば、そうでもないのに、最近になって気が付いた。平成8年発刊の『世は〆切』に掲載されているを見てみると、それまでに何と30冊もあった。平成14年に亡くなったが、驚くなかれ、それから13冊も世に出しているのである。ほとんどは揃っているはずだが、すぐに本棚から出せるかというと、そう簡単ではない。山本の文章の冴えは、他のコラムニストととは、一味も二味も違っていた。とくに、人間を見る目は、苦労人であっただけに、愛情が深かった。『世は〆切』に収録されているのに、「正直」という一文があり、三木清について、正反対の見方があるのを紹介している。山本のすごいのは、昭和25年に今日出海が「新潮」に発表した「三木清における人間の研究」が真実だとしても、それだけで思想家としての価値が決まるわけではない、と言い切ったことだ。三木は、戦争中に軍部を痛罵しながらも、興奮がさめると、「内緒にしてくれ」と今に懇願したという。性的なことについても暴かれ、一流の思想家であった三木の評判は、死後5年目にして、ガタ落ちになった。しかし、生身の人間を重んじる山本は、逆に、三木の正直さを評価した。人間臭い思想家として、共感を禁じ得なかったのだろう。いつの世であっても、下ネタを話題にして人を裁きたかる傾向がある。世に媚びることがなかった山本は、正直な人間に対しては、どこまでも寛大であったのだ。
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