日本の保守をナチスと同一視する議論がある。しかし、大事なことが抜け落ちてはないか。ナチスには万世一系の天皇陛下はおられない。また、国土を離れては日本民族はありえないのである。国境を人為的に線引きしようとしたナチスとは、天と地ほどの差がある。そこを鋭く突いたのは葦津珍彦であった。室伏高信や坂井隆治の『余が闘争』の翻訳を用いながら、昭和15年11月の「日本の神道とナチス精神」のなかで、その違いを論じていた。日独伊三国同盟が結ばれたすぐ後のことである。ヒトラーは国土を神聖なものとは考えていなかった。ヒトラー自身が「ゲルマン民族が一気に南方のもっとも有利な平野に移住し、其処の劣等な諸民族の有する原料の中に、最初の技術的補助手段を獲ていたならば、彼等の裡に仮睡せる文化創造力は、彼のギリシャ人に於けるが如く正に花々しく咲き誇ったことであろう」(坂井訳)と書いていた。ナチスは国家より民族を優先させる思想であり、民族の弱肉強食によって、国土の変転を正当化しようとした。これに対して葦津は日本の特殊性を強調することで、ナチズムを批判したのだ。「日本の古典に従えば、日本民族は祖神の子であると共に、日本の国土も亦祖神の生み給う所である。日本に於ては、国土と民族とは共に神の生み給う所なのであり、共に神の子であり同胞である。日本民族は大八洲に住みてこそ、真の日本人なのであり、この嶋に住みてこそ、日本的文化が生まれ得ると云う考えて発展して来たのである」。特定アジアやアメリカの一部は、今の日本をナチスと同一視したいようだが、そもそも根本的に相容れないのである。
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