時間のしずく time drops 

たいせつなもの。すきなこと。

夏の庭の散髪

2022-07-31 | essay
庭でおばあちゃんの散髪を。

デイケアの床屋さんと日程が合わないままどんどん伸びて気になっていたところ、おじいちゃんが自分のバリカンで突然おばあちゃんの散髪を始めた。
後ろ髪はバリカンで長めの刈上げに!
そこでバトンタッチ。
トップと前面はわたしがハサミでカット。
なかなかかわいいショートヘアの出来上がりだ。

義母の100%シルバーの髪。
ハサミを入れるとヒカリに溶けて瞬間に消えていくみたいだ。

この小さな庭でよく子どもたちの髪も散髪した。
小さい頃の長男次男はバリカンでいつもわたしがボウズに仕上げていた。
小学校に上がってからボウズはやめたのだったかな。
あれからもう約20年の月日が流れたのね。。

同じこの庭で、すっかり白くなった義母の髪を切る日が来ようとは、あの頃は想像したこともなかったなぁ。

人生はふしぎだ。

昔、常に(良かれと思って)自分の意見をひとにも押し付ける義母と話しをするのが、正直わたしはニガテだった。
止まらない話をいかに巧く切り上げて逃げるか、そればかり考えていたように思う。(ヒドいヨメだな〜)

認知症になってからのこの5年余りで、すっかり柔らかで穏やかなおばあちゃんになった義母。

コップ一杯のお水をベッドに持っていっただけでも「あぁおいしい〜」「ありがとうねぇ ありがとうねぇ」とこころから喜んで感謝してくれる。
このところ、まるで生き仏だねぇと義父と話している。

義母がかわいらしいのは、ヨメとしてはたいへんありがたいことである。

いつからか、「お義母さん」と呼ぶのをやめて「おばあちゃん」に変えた。
そう呼び掛ける方が、自分もやさしくなれることに気付いたから。

保育のシゴトでは園児に小さい紙パンツ、家ではおばあちゃんに大きい紙パンツを履かせながら、ヒトの一生の縮図を見ているような…

いつか来た道、そしてこれからわたしも行く道。

ヒトとヒトの間。
自然に湧く感謝のキモチ。
全てに於いてそれが一番の礎なのかもしれない。

夏のヒカリに透ける義母のきれいな銀髪に
いろいろ気付かされた日曜日の午後でありました。







「滅びの前のシャングリラ」凪良ゆう著

2022-07-25 | 本 のこと


「滅びの前のシャングリラ」 凪良ゆう著
2020年10月中央公論新社発行

本の帯には「一ヶ月後、小惑星が衝突し、地球は滅びる」
滅びゆく運命の中で、幸せについて問う傑作 とある。

自分では選びそうにない本を
なにかのきっかけで目にして読む。
最近、そうやってバッタリ本に出会うのも面白いなあと感じている。

男子高校生の語りに始まるこの本も、するするとたいへん読みやすく、気がつくと引き込まれてしまっていた。
しかし。。。
終末へのカウントダウンが始まっていくと…
このところのコロナ感染爆発、終わりの見えてこない戦争、WHOのサル痘への緊急事態宣言、熱波による大火災、太陽フレアの危機のニュースなどなど。。

生温い平和が過去のものとなってしまった今、この本の中の世界の終わりのニンゲンの行動の哀しさがあまりにもリアルに胸に迫ってきて、先を急いで読みながら少々酸欠気味なキモチになってしまった。
普段から小説の中に入り込み易い体質なため、救いようのないストーリーや酷いバイオレンスを含む本は近年もう読まないよう気をつけている。

この本は、根底に温かな優しいものが流れているからそういう類のストーリーではないのだが…。

わたしの近年の読書タイムはほぼ眠る前のふとんの中。
眠る前にこの本を読み終えるのはマズイ、と本能が囁くので最終章は休日の夕方にとっておいた。

果たして。。
読み終えて本を閉じているのに、終わらないこのざわざわとした気持ち。
本の中の終末の話だとわかってはいるのに、何故か何処かで本当に体験してきたことのような。。。

そのまま夕飯の仕度に取り掛かる気持ちにはまるでなれず、暑さの残る日暮れの空を眺めに散歩に出た。

まだここにある平和な夕焼け空を見上げて、やっと肺に新鮮な酸素が入ったような…
やっと現実世界に戻ってホッと安堵したのでありました。

いやはや、布団の中で読み終えなくてよかった。
きっと眠れなくなり、壮絶な夢にうなされるはめになったことであろう〜。

本能の囁きはたいせつにしよう。



べらぼうにシュールな特撮活劇

2022-07-19 | 展覧会・アート のこと
最高にシュールで面白すぎる!

昨夜から始まったTAROMAN 岡本太郎式特撮活劇の第一話「でたらめをやってごらん」

まるですっかり70年代!
途中から、わたしが知らなかっただけで昔からあった特撮モノなのか???
と、うっかりべらぼうなでたらめにだまされちゃうとこだったわ〜

Eテレ0:30から10日間10話に渡って放映される5分番組。
ちょうどひと月ほど前に岡本太郎記念館に一緒に行ったトモダチがこの番組の情報を知らせてくれた。
情報に疎いわたし、知らずに見逃すとこだったよ〜
ありがとう友よ〜

最近早起き過ぎるわたしは深夜放映まではとてもとても起きてはいられないので、今夜も録画です。

それにしてもEテレすごい!
監督/脚本の藤井亮氏に拍手!!!


(先日撮った太陽オブジェ。岡本太郎記念館にて)
TAROMANのモデルはきっとこのこね


(太郎氏の庭のオブジェ)
このこ、すき。




ブルーな君をみつけた

2022-07-18 | essay
去年辺りから
何処からかかわいい鳥の囀りが聞こえてくるようになり気になっていたところ、近年街に増えてきたイソヒヨドリだと知った。

もともとは海の近くの岸壁などで暮らすイソヒヨドリ。
マンションが建ち並ぶ街が崖地と似ていることで内陸部にも増えてきているという。

海のないわが町へようこそようこそ!

声がするたびに姿を探せど
なかなか見ることができなかったのだが。。。

ものすごく近くで鳴いているなぁと裏口をそっと開けて見てみると、
なんとすぐ裏の義父母の家の軒下に止まるイソヒヨドリをミッケ!!
まるで仲間に話し掛けているかのような抑揚のあるかわいい声で歌っている。
思わず口笛で応えてみた。
聞いてるのかいないのかは定かではなかったけれど、
暫くひとりでご機嫌よくお喋りしながら軒下で雨宿り。

きれいなブルーの容姿にかわいい鳴き声のキミ。
いつでも雨宿りしに来てね〜。






ジブンの中の宇宙

2022-07-16 | essay
ジブンの中のいろんなジブン。

ヒトはもしかしたら
誰でも多人格をその身の中に持っているのかもしれない。

それぞれの立ち位置でのジブンの顔はそれぞれ違う。

ジブンの思うジブンと
ヒトから見えるジブンも時に違う。

あれもジブン
これもそれもジブン。
いろんなジブンと上手くつきあうことでココロのバランスがとれているのかもしれない。

イヤなジブンも許そう。
きっとおおらかなジブンがイヤなジブンを抱きしめて宥めてくれる。

面白いなぁ。
ヒトの中に宇宙があるって
ずっと前に赤瀬川さんのエッセイの中で目にしたことがあったけれど、
その意味がやっと今わかったような気がする。

わたしの中にも宇宙があるんだな。

明け方に目覚めてふとんの中で勝手に思考が巡る。

この感覚ってジブンの思考のようでいて、その実ジブンの宇宙の中に浮遊している様々な電気信号を脳が勝手にキャッチしているだけなのかもしれない。

ヒトのカラダ、脳の仕組み、まだまだ未知なことだらけだという。

ジブンという実体はこのカラダと脳を乗り物として借りているだけなのかもしれない。

大事に使おう〜。

ふとんの中の宇宙でもの想うやけに涼しい夏の雨の朝でありました。




緩急自在

2022-07-15 | essay


「今」は後にも先にもない
「今」は今のこの瞬間のみ

何年も前に書いたコトバを目にして
ジブンでハッとしちゃう。

喉元過ぎれば熱さ忘れる。。。

緩む時間はとてもたいせつ。
でも、キモチをシャキッと引き締めて襟を正す時間も必要ですね〜。

シャキッ!!












トム・クルーズの「宇宙戦争」

2022-07-12 | 映画 のこと

真夜中に映画「宇宙戦争」2005年アメリカ映画(原題 War of the worlds 監督/スピルバーグ)を観た。

お陰で、車で暴走して逃げ惑う夢をみてしまった。怖かったわ。

SF映画はほとんど観ないわたしが何故夜中に突然観たのかというと…
佐野元春氏の映像作品を観ていたら、新曲を作曲中の佐野さんが「夕べ、トム・クルーズの宇宙戦争観たら怖くって…!」てな話をしていらして。。。

佐野さんSF映画観たりするんだなぁ。
いったいどんな映画なんだろう、とamazonprimeで探したらすぐ見つかり、うっかり観てしまった、というわけなのである。

この映画のオチは書かないけれど、
とりあえずラストには「へえええ〜」とオドロキつつほっとして終われるのが救いな映画ではあったかな。

調べたら、原作小説は英国人作家が1898年に発表したものだそうだ。そんな昔からこういう宇宙生命体の侵略という発想が語られていたのか…!
ちょっと原作に興味が湧いてきたなぁ。

いやはや、それにしても
こうしている今にもこんなふうに宇宙人に侵略されるようなことが起きない保証はどこにもないもんなぁ。コワイコワイ〜。

人類はもっと結束しないとねぇ。地球人同士が戦争を繰り返している場合じゃないよ。

数少ないお気に入りのSF映画「地球の静止する日」がまた観たくなった。(1951年のオリジナルの方ね)

ニンゲン同士の愚かな戦いを止めさせるために宇宙からやってくるクラトゥ。

今こそ、クラトゥの出番では??



ひとこと。

2022-07-10 | essay

どんな恨みがあろうと
いかなる主張があろうと
ヒトの命を奪う権利は誰にもない

以前安倍政権に異議を唱えるデモにも何度か参加したし、様々なモンダイを棚上げにしたままの彼の姿勢にずっと憤りを感じていたけれど。。。

あんなカタチで最期を迎えるのは…


安倍元首相のご冥福を
こころより祈りたいと思います



夏影

2022-07-07 | essay

切り絵みたいな影。
気がつけば
もうさるすべりの季節。


このかわいいピンクの花。例年8月のお盆の頃まで咲き続けるけれど、この暑さで今年は長くは咲いていられないんじゃないかな、と心配になる。

そして、まだセミの声が聴こえない。
早い梅雨明けに6月の猛暑。
土の中のセミたちだって
ついていけないよねえ。
きっと
「えっ?もう?ちょっと待ってよぉ〜〜」
ってな感じなんじゃなかろうか??

怖ろしく速く進む時間。
本当は同じスピードなのにね。

今年も早くも後半突入。
下半期のマイ目標、考えようかな。







日曜の蓮の花

2022-07-03 | essay
朝さんぽ、というより蓮の花チェックへ。

やっと出逢えました
咲いてるキミに。

なんてうつくしいんだろう。
誰もいない日曜朝のお寺で
「きれいよ〜!」とお花を褒めながら写真を撮る。
美しい姿に思わずコトバがもれちゃう。

去年はタイミングを逃して咲いているところを見ることができなかったので、遠くからピンクが見えた瞬間にヨッシャー!と小走りに近づいてしまった。
すてきな姿を見れてしあわせ。

蓮の花を見ると
遠くに住む蓮の花好きな友の顔が自ずと浮かぶ。
(そして写真を送ります笑)

おもしろいなあ
いろんなものが
いろんなひとにつながってる。

きれいな姿を見せてくれて
ありがとう!



ポチ子のおしり

2022-07-02 | essay

「ポチ子〜」と思わず呼びかけたくなるコビトカバ。


昨年、小川洋子著「ミーナの行進」を呼んで以来
コビトカバに惹かれております。
その名がポチ子なのであります。

先日仕入れで上野方面へ行った折りに、数年ぶりの上野動物園にふらふら〜と吸い込まれました。
気になるこたちだけショートカット巡り。
コビトカバってお顔がとってもかわいい。
でも撮れた写真はまあるいおしりばかり!
かわいい。

また「ミーナの行進」読み返したくなりました。

だいすきなホッキョクグマ、デアの水中泳ぎを観たかったのだけれど〜
行った時間が悪かったのね〜
かわいく投げ出したあんよしか観れず。ざんねん!


涼を呼ぶ水しぶき写真を一枚。

少〜し涼しくなったかな。


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