(改訂増補版)
【速報】 ローマでまた日本のための新司祭誕生(写真アルバム)
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私は、このブログをカトリック教会の外の人たちを強く意識して書いています。ローマに居て、わずかな時間を見つけた時、それも私の仕事の一つと心得ているのです。
しかし、私を知っている教会の信者さんの一部も読んでいて、ときどき注文してきます。今回は、ヨーゼフ神学生の司祭叙階式の写真を見せて欲しい、と言うのがそれでした。まあ、玉石混交と言うところでしょうか?
”Josef who?” そんなの関心無いね、
と言う方は、今回のは見ないでパスして頂いて結構ですよ。
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今回の叙階式はローマ教皇の司教座があるラテラノ教会で
私も実は18年前にこのサン・ジョバンニ・ラテラノ教会で、当時の教皇代理であったルイニ枢機卿から助祭の叙階式を受けた。近年、ローマの4大バジリカが宗教儀式で満員御礼になるのは極めて珍しい。教皇司式の復活祭やクリスマスの聖ペトロ大聖堂を別にすれば、その他のこのラテラノ教会も、サンタ・マリア・マッジョーレも、城外の聖パウロバジリカも、大概は信者が十分集まらず大祝日でもがらんとしたものだ。それをヨーゼフたち5人の若者が満杯にするのだから、彼らに対する人々の期待の大きさが分かる。
4大バジリカを4つとも連続して全て満員にした最近の例として記憶するのは、病気で倒れる前の小澤征爾がウイーンフィルをひきつれてやって来て一連のチャリティーコンサートの棒を振った時ぐらいだ。カトリック教会は、教会堂はあくまで宗教儀式を行う信仰の場であるから、どこかの国のお寺さんのように入り口で拝観料を申し受けることを決してしない。だから、教会関係の団体が催すチャリティーコンサートの場合も、切符は売らず、お涙頂戴ほどの人数(と言っても200~300席はあるが)の無料席を後ろの方に用意してあるほかは、前の方のいい席は寄付の額に応じて順番に良い席が割り振られた招待状を受け取った客に限られる。(ちょっと手の込んだトリックで、偽善的な匂いがしないわけでもない。)
その日、私はたまたまローマに来ていた信者さん母娘を伴って、その少数の席を当てにして殺到した貧しい音楽ファンの中に紛れ込んだ。一杯になったら、はいそれまで。あとはすごすごと家路につく他は無いのだが・・・。だから、まるで宝くじを引くようなものだが。
ところが、運良く整理のボランティアーが私のローマンカラーに目を止めて、「神父さんですね、どうぞ」と優先的に入れてくれた。もちろん、一人の神父を入れたつもりが、手をつないで母も娘も芋蔓よろしくぞろぞろとなだれ込んだのは言うまでもない。私たちがいい目を見たために割を食った無名の3人には「ごめん!」と後ろをふり向いて手を合わせた。
さあて、一旦中に入ったらもうしめたもの。ローマンカラーにものを言わせて、まるで年の暮れのアメ横を進む時の要領で、「チョイと御免なすって!(イタリア語で何と言ったかは忘れたが)」と言って前へ、前へと進む。指定席ではないから、うまく3つ並んでいる空席を見付けて、高額の寄付をした社交界のお歴々の間に澄ましこんですわった。
話はそれだけではない、教会だから、オーケストラは聴衆と同じ床の高さに居て、間に仕切りがない。休憩時間には、枢機卿や上流の紳士、ドレスの淑女が近寄り、世界の「OZAWA」と握手を交わし歓談している。2メートルまで近寄って写真を撮ったのだから、ついでにしようと思えば小澤と握手も出来たのだが、そこがなんとも奥ゆかしく引っ込み思案の私なのでありました。
飛んだ話の脱線でした。そうです、今日の主役はもちろん「ヨーゼフ君」です。わかってます。
ヨーゼフは北出身のベトナム人だが、長く高松のレデンプトーリスマーテル神学院で養成を受けた。いろいろ辛いこともあっただろうが、今はようやく晴れてローマで司祭になるところまで辿りついた。お目出とう。今どんな思いだろうか。
今年のローマ教区の叙階式は、教区の主たる神学校であるコレジオ・ロマーノには一人も該当者がなく、レデンプトーリスマーテル神学院からの5人だけと言う異例な形となった。その為か、バチカンの大聖堂での教皇ベネディクト16世による司式ではなく、教皇代理のヴァリーニ枢機卿による司式となった。
ヴァリーニ枢機卿の前に立つ5人。両端の介助者の間の5人のうち一番小さいのがヨーゼフ。
世俗の生活に死んで、聖職に生きるためにひれ伏す5人。
感慨深く息子の晴れ姿を見守るヨーゼフの両親。お母さんは今回初めて飛行機に乗って国外に出た。
ヴァリーニ枢機卿の前で司祭がミサで用いる盃を受けるヨーゼフ。
晴れて司祭になった。今天を仰ぐ彼の心にはどんな思いが、どんな祈りが宿っているのだろう?
叙階式が終わって、控室で記念写真の関係者。前列真ん中の祭服を引きずるようにしているのが、ヨーゼフ
翌日の夕方、初ミサの後に控室で。後列十字架の左がヨーゼフ。前列右端は高松の神学校からベトナムの旅人に転身したスペイン人のマヌエル君。マヌはこの3日前にスペインのムルシアの司教様から助祭に叙階されたばかり。今年の11月には故郷で司祭に叙階される予定。司教様は助祭の叙階式の日の説教で、マヌエルは司祭になったら宣教師として旅立つ自由をもっていると明言された。早く日本に帰って来て欲しいな。前列、マヌエルの左の二人が、最近ローマで司祭になったばかりの田中裕人君とサムエル君の二人の新司祭。
ささやかな手作りの祝賀パーティーで祈りを捧げるヨーゼフ新司祭
その右にはお母さん、お父さん、彼の弟
左には平山司教様、スアレス元高松神学院院長、アンヘル・ルイス現副院長
チョコレート文字の DON GIUSEPPE はイタリア語でヨーゼフ神父様の意味
本当にオメデトウ!
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(ローマの今朝、ブログを公開した時には、変換間違いの誤字・脱字が目立ちました。合宿中の朝食前に急いでアップしたものですから。大変失礼しました。)