~~~~~~~~~~~~
2教皇 同時列聖式 (前夜)
~~~~~~~~~~~~
南相馬を中心に津波、原発事故被災者の仮設住宅のケアーをしている横山恵久子さんから、
彼女と一緒に働いているボランティア―の働きを励ますために、ローマから表彰状をだしてほしい、
という依頼が舞い込んだ。
それで、その表彰状にサインをいただくために、
トレビの泉の側のサンタ・リタの教会のモンセニョール・モリナリのところを訪れた。モリナリ師は
《3.11東北大震災 ローマは忘れない 「記念追悼ミサとコンサート」》 (3月11日の私のブログ参照)
の主催者で、NHKの「花は咲く」の合唱をローマから日本と全世界に発信した際の老司祭だ。
サインをもらって、早速それをバチカン郵便局が提携している DHL 国際宅急便で福島に送るために、
聖ペトロ広場の郵便局に行った。
サンタ・リタは街中の小さな美しい教会だ。
それに引き換え、サンピエトロ寺院は超巨大な宗教建造物だ。
バチカン郵便局で国際宅急便を出した後、2教皇列聖式の準備の整った聖ペトロ広場の様子を見てきた。
聖ペトロ大聖堂の正面の左右に、次の日4月27日(日曜日)に聖人に挙げられる、
ヨハネス23世 と ヨハネパウロ2世 の二人の福者の大きな絵が掲げられていた。
左が福者ヨハネ・パウロ2世 右が福者ヨハネス23世
聖ペトロ広場は既に人でいっぱい。この人たち、明日まで一体どう時間を過ごすのだろうか?お天気はもつだろうか?
前日でこの賑わいなら、当日の本番は一体どういうことになるのだろうか?
聖ペトロ広場がコンチリアチオーネに入る片側に各社のテレビカメラの仮設台が出来ていた
その前の路上にもテレビカメラがひしめき合っていた。女性アナがセリフの暗記に精を出している。
お巡りさんも今日、明日は正装で勤務についている
整理のために機動隊も待機している
夜になった。神学生の希望者は、許可を得て夜10時ころに出かけて行った。
11時から解放される聖ペトロ広場で野宿して夜を明かすためだ。テレビのニュースは、テントを張ったり、
石畳に薄いマットを敷いてその上に寝袋を広げただけの野宿者の姿を映していた。
夕方6時過ぎに、やや強い雨が降って、路上に水たまりが出来るほどだったが、彼らは大丈夫だったろうか?
幸い雨は一時間ほどで小降りになった。寒さも酷くはないが・・・、明日の天気が心配だ。
テレビは引き続き光に満ちた夜の聖ペトロ広場の様子を映し出す。
我々のレデンプトーリスマーテル神学院の若い神学生たちは、
ギターやボンギ、トランペットやヴァイオリンなどの楽器を携えていった、
きっと、彼らの周りには夜通し歌と踊りの輪が広がっていることだろう。
風船の黄色と白は教皇のシンボルカラー。
第二バチカン公会議と言う、キリスト教の歴史を180度裏返す大改革に手を染めたヨハネス23世と、
その改革を実行に移し軌道に乗せたヨハネ・パウロ2世と言う二人の偉大な教皇を、
ふたり同時に聖人の位に挙げるという、空前絶後の大イヴェントに
広場の興奮はいやが上にも盛り上がっていく。
ヨハネス23世が公会議を開いた。
彼は会期中に死去した。
その第2バチカン公会議を無事閉会に導いたのは、パウロ6世教皇だ。
そのパウロ6世教皇も、福者に挙げられ、やがて列聖される事が確実視されている。
パウロ6世は閉会後間もなく死去し、
公会議の成果を大胆に実施に移そうとしたのが、
2人の名前を取って初のダブルネームを採用して教皇の座についた
ヨハネ・パウロ1世は、在位1か月ほどで不審死を遂げ急逝した。
反公会議派による毒殺(暗殺)の噂が消えない謎の死だった。
彼も、やがて「殉教者」として列聖されないと誰が断言出来るだろう。
次のヨハネパウロ2世の列聖は今や秒読み状態だ。
教皇ヨハネパウロ2世の懐刀だったラッツィンガー枢機卿は
高齢にも関わらず、ベネディクト16世として教皇に選ばれた。
彼が若いときにナチスの党員だったとか、ペドフィリアのスキャンダルに関して責任があったとか言う人もいて、
マイナス要因がないとは言えないが、そのために列聖されることがないとしても、
それらの点を除けば、中世のボニファチウス8世のような悪徳の俗物権力者に比べれば、
聖人と呼ばれてもおかしくない有徳の信仰の牧者だった。
そう言えば、この度教皇ヨハネ・パウロ2世と並んで聖人の位に挙げられる、
ヨハネス23世の前任者、ピオ12世も、
第二次世界大戦中、ナチスのホロコーストを誰よりも早く正確に知り得る立場にありながら、
世界の教皇の絶大な政治的影響力を有効に駆使して、ナチスのユダヤ人大量殺戮を阻止しなかった、
として、親ユダヤ派からは攻撃されているが、
彼とても、ボニファチウス8世のように私利私欲と権勢欲のためにあらゆる悪徳に走った俗物に比べれば、
聖人にも等しい清廉の士ではなかったろうか。
少なくとも、ヨハネ23世以降の教皇は、今大人気の教皇フランシスコを含めて、
全員が聖なる教皇たちであることに異義を唱える者はいないだろう。
次のブログでは、列聖式当日の模様を伝えたい。
(つづく)