最近感じていることをツラツラと・・・。
以前の私と比べてずいぶん感覚が変わってきている気がします。前は「厳しい指導」が中心でした。「強くなりたいのであれば何が何でもやる」という感覚。それは今でも変わっていません。が、なんだか「余裕が違う」気がします。前は自分自身が「結果を出したい」という部分があったのかもしれないと思っています。よく師匠に言われますが「インターハイに行きたい」と願うのは選手なのか、指導者なのかという部分です。指導を始めて初期のころはとにかく「インターハイに行く」というのが最大の目標だったと思います。選手が云々よりも私自身がインターハイに行きたいという部分が強かった。
これは若い指導者にありがちなパターンなのかなと思っています。私は自分自身がインターハイに行っていません。そんな指導者が偉そうに指導しているのか?と言われるかもしれませんが自分がインターハイに行ったから良い指導ができるかどうかは全くの別物です。指導をしていたら「結果」を出すことで周囲からそれなりの「評価」を受けます。「良い指導者だ」と言われて悪い気がしないでしょうから。が、それは「自分のため」という感覚から抜け出せないのかなと。以前の私は「選手のため」と言いながらどこかで「自分の力を示したい」というのがあったかもしれません。当時の私には分かりませんでしたが今考えるとそういう部分があると思います。
指導者のスタンスとしてどこを目指しているかというのは大きいと思っています。「地区大会」に出場するのが狙いという指導者も多いのではないかと思っています。中国大会に出場するのが目標。県総体で6位に入ることが目標。もちろんその目標は適切だったりすると思います。身の丈に合わない目標を掲げると周囲からは「ビッグマウス」と揶揄されるでしょうし。が、私は「地区大会出場」を最大目標には掲げません。それは「可能性」の問題だと思っています。地区大会に出場するのが目標であれば県総体が終わった時点で「モチベーション」は低下します。満足感が出てくるからです。
今のうちのチームでは「リレーで中国大会」というのが昨年からの最大目標でした。女子はそれを果たしました。が、本当に「中国大会に行けてよかったのか」という話です。持っている力をすべて出し切っているのかどうかは別問題。今の選手たちの潜在能力を考えると「中国大会に出場できてよかった」というだけでは終われません。自分たちの力に合ったステージを目指すべきです。中国大会にリレーで出場したことのないチームが偉そういうと批判されるかもしれませんが「通過点」でなければいけないと思っています。本当の力はもっと上だから。
が、以前であれば「何が何でもインターハイ」という気持ちがありました。が、今はそこまでではありません。私がどれだけ「みんなでインターハイに行くぞ」と声高らかに宣言しても本人たちが「そこを目指そう」と思わなければ絶対に無理だからです。加えて本人たちが目指さないのに私だけ本気になるのは無意味だと感じるようになったからです。最後は選手自身が「高いところを目指そう」と思わなければ何も変わらないから。
レールの上に乗せて「こちらへどうぞ」とやらせる。または1ミリも妥協を許さず「こうでなければいけない」という「規範」の中でやっていくことはある意味選手自身は楽だと思います。「言われる通りにやっていたら結果が出るんでしょう?」という感覚になるから。以前の私はそんな感じでした。「私にの言うとおりにしていたら強くなる」というようなスタンスでした。半ば強引な指導だったかもしれません。今も大差ないと言われたらそうなのかもしれませんが(笑)。
前任校の最後の数年間でスタンスが変わってきた感じがあります。ある程度はこちらがけん引していかなければいけないと思いますが、最後は「選手次第」だと思います。私が半強制的にやっていても「やらされた」という感覚しか残りません。練習が始まる前に「今日も部活がある・・・」と嫌そうに発言する生徒がいると思います。私の感覚からすれば「それならやらなければいい」と思います。こちらが頭を下げてやってもらう必要はないから。本当に強くなりたいと思う選手であれば「1秒でも練習をしたい」と思うでしょう。もちろん波はあると思いますが、強くなるために努力するというのを避けていたら絶対に前には進めません。当然の話です。
それでも「インターハイを目指す」という気持ちは常にあります。これは「別世界を知る」という意味で重要だと思います。県総体、出場して満足する。いや、中国大会に参加したら「これまでとは違う陸上競技がある」というのを知ることができます。これがインターハイになればもっと違ってきます。「真剣に勝負をする」という世界がある。何となくやっていって何となく終わってしまうのではなく「何が何でも強くなる」という感覚を持ってやっている選手がいるのです。その選手たちを目の当たりにした時、違う世界が見えてくる。
指導する中で「距離感」が変わってきた気がします。以前は「怖い」と言われていましたが今は(笑)。そんな感じはありません。前に比べる激怒する頻度はかなり少なくなっています。今はほとんど怒らない気がしています。怒ることが必要であればキレますが今はそこまでではないかなと。諭すとか理解させるとかの方が多い気がします。自分の中で何が変わったのかはわかりません。おっさんになったからなのかもしれないですが。
何人かの「強くなりたい」という雰囲気が今の私の原動力かもしれません。以前の「何が何でもやる」という雰囲気のチーム指導とは違う気がします。悲壮感というか暗さがない。でも、ある程度の切り替えができる。やらないといけない時に気持ちがピシッと切り替わります。私の雰囲気づくりの影響なのか、それともそういう選手が集まってくれているのか。わからないですが。
何となく変わってきているなとは思っています。自分では分かりませんが。インターハイだけが目標ではない。が、今年もインターハイを本気で狙っています。この子達の無限の可能性を引き出していきたいからです。私はそこを大切にする指導をしたいなと今は思っています。
まとまらないですね(笑)。思うことをひたすら書きました。適当に読み飛ばしてください(笑)
以前の私と比べてずいぶん感覚が変わってきている気がします。前は「厳しい指導」が中心でした。「強くなりたいのであれば何が何でもやる」という感覚。それは今でも変わっていません。が、なんだか「余裕が違う」気がします。前は自分自身が「結果を出したい」という部分があったのかもしれないと思っています。よく師匠に言われますが「インターハイに行きたい」と願うのは選手なのか、指導者なのかという部分です。指導を始めて初期のころはとにかく「インターハイに行く」というのが最大の目標だったと思います。選手が云々よりも私自身がインターハイに行きたいという部分が強かった。
これは若い指導者にありがちなパターンなのかなと思っています。私は自分自身がインターハイに行っていません。そんな指導者が偉そうに指導しているのか?と言われるかもしれませんが自分がインターハイに行ったから良い指導ができるかどうかは全くの別物です。指導をしていたら「結果」を出すことで周囲からそれなりの「評価」を受けます。「良い指導者だ」と言われて悪い気がしないでしょうから。が、それは「自分のため」という感覚から抜け出せないのかなと。以前の私は「選手のため」と言いながらどこかで「自分の力を示したい」というのがあったかもしれません。当時の私には分かりませんでしたが今考えるとそういう部分があると思います。
指導者のスタンスとしてどこを目指しているかというのは大きいと思っています。「地区大会」に出場するのが狙いという指導者も多いのではないかと思っています。中国大会に出場するのが目標。県総体で6位に入ることが目標。もちろんその目標は適切だったりすると思います。身の丈に合わない目標を掲げると周囲からは「ビッグマウス」と揶揄されるでしょうし。が、私は「地区大会出場」を最大目標には掲げません。それは「可能性」の問題だと思っています。地区大会に出場するのが目標であれば県総体が終わった時点で「モチベーション」は低下します。満足感が出てくるからです。
今のうちのチームでは「リレーで中国大会」というのが昨年からの最大目標でした。女子はそれを果たしました。が、本当に「中国大会に行けてよかったのか」という話です。持っている力をすべて出し切っているのかどうかは別問題。今の選手たちの潜在能力を考えると「中国大会に出場できてよかった」というだけでは終われません。自分たちの力に合ったステージを目指すべきです。中国大会にリレーで出場したことのないチームが偉そういうと批判されるかもしれませんが「通過点」でなければいけないと思っています。本当の力はもっと上だから。
が、以前であれば「何が何でもインターハイ」という気持ちがありました。が、今はそこまでではありません。私がどれだけ「みんなでインターハイに行くぞ」と声高らかに宣言しても本人たちが「そこを目指そう」と思わなければ絶対に無理だからです。加えて本人たちが目指さないのに私だけ本気になるのは無意味だと感じるようになったからです。最後は選手自身が「高いところを目指そう」と思わなければ何も変わらないから。
レールの上に乗せて「こちらへどうぞ」とやらせる。または1ミリも妥協を許さず「こうでなければいけない」という「規範」の中でやっていくことはある意味選手自身は楽だと思います。「言われる通りにやっていたら結果が出るんでしょう?」という感覚になるから。以前の私はそんな感じでした。「私にの言うとおりにしていたら強くなる」というようなスタンスでした。半ば強引な指導だったかもしれません。今も大差ないと言われたらそうなのかもしれませんが(笑)。
前任校の最後の数年間でスタンスが変わってきた感じがあります。ある程度はこちらがけん引していかなければいけないと思いますが、最後は「選手次第」だと思います。私が半強制的にやっていても「やらされた」という感覚しか残りません。練習が始まる前に「今日も部活がある・・・」と嫌そうに発言する生徒がいると思います。私の感覚からすれば「それならやらなければいい」と思います。こちらが頭を下げてやってもらう必要はないから。本当に強くなりたいと思う選手であれば「1秒でも練習をしたい」と思うでしょう。もちろん波はあると思いますが、強くなるために努力するというのを避けていたら絶対に前には進めません。当然の話です。
それでも「インターハイを目指す」という気持ちは常にあります。これは「別世界を知る」という意味で重要だと思います。県総体、出場して満足する。いや、中国大会に参加したら「これまでとは違う陸上競技がある」というのを知ることができます。これがインターハイになればもっと違ってきます。「真剣に勝負をする」という世界がある。何となくやっていって何となく終わってしまうのではなく「何が何でも強くなる」という感覚を持ってやっている選手がいるのです。その選手たちを目の当たりにした時、違う世界が見えてくる。
指導する中で「距離感」が変わってきた気がします。以前は「怖い」と言われていましたが今は(笑)。そんな感じはありません。前に比べる激怒する頻度はかなり少なくなっています。今はほとんど怒らない気がしています。怒ることが必要であればキレますが今はそこまでではないかなと。諭すとか理解させるとかの方が多い気がします。自分の中で何が変わったのかはわかりません。おっさんになったからなのかもしれないですが。
何人かの「強くなりたい」という雰囲気が今の私の原動力かもしれません。以前の「何が何でもやる」という雰囲気のチーム指導とは違う気がします。悲壮感というか暗さがない。でも、ある程度の切り替えができる。やらないといけない時に気持ちがピシッと切り替わります。私の雰囲気づくりの影響なのか、それともそういう選手が集まってくれているのか。わからないですが。
何となく変わってきているなとは思っています。自分では分かりませんが。インターハイだけが目標ではない。が、今年もインターハイを本気で狙っています。この子達の無限の可能性を引き出していきたいからです。私はそこを大切にする指導をしたいなと今は思っています。
まとまらないですね(笑)。思うことをひたすら書きました。適当に読み飛ばしてください(笑)