kanekoの陸上日記

毎日更新予定の陸上日記です。陸上競技の指導で感じたことやkanekoが考えていることなどをひたすら書きます。

伝えること

2023-07-16 | 陸上競技
思うことを。

「伝えること」について。これも人それぞれの「価値観」があるので何が正しいかは分かりません。私自身が考える「伝えること」について触れておきたいと思います。

かなり前の話。tokushoでインターハイにリレーで出場し、100mで2人出場。国体にも2人選ばれて同級生同士でバトンを繋ぎました。これは誇らしいことだったと思います。異動の話があり、hoshoへ。別に「競技の指導」で求められて異動になったのではありません。初任で13年いたので「最優先人事」くらいの勢いで転勤になったのだと思っています。元々、hosho自体は「陸上競技」が強いわけでもなく「一般的な学校」でした。時々運動能力が高い選手がいてその子が個人で中国大会に進むというレベル。

転勤してすぐにある程度の指導をしました。当然ながら「大反発」でした。そんなことは求められていないんです。「中国大会」に進みたいとか「全国大会で活躍したい」と思っている選手はいない状況でした。将来的に全国大会で活躍できる選手を育てたいと思っていたので学校ジャージの背面に「山口」と入れたいと話したら当時のマネージャーに「山口と入れなくてもhoshoが山口にあるというのは誰でもわかります」と言われました。いや、残念ながら誰も知りません。それでも「戦えるようにしたい」と思っていたので大反発でした。保護者会を開くことになり2時間くらい「処刑台」に立たされているくらいの批判を受けました。

今考えると「あの時辞めておけばよかった」というくらいの気持ちではあるのですが。「何月何日の何時にこういう発言をしている」とか「17時に終わるといわれて迎えに行ったのに20分くらい待たされた、時間を返せ。」とか。なんか、この時から思っていたのですが「何もやらないほうが良い」という部分があります。何度も書いていますが「雉も鳴かずば撃たれまい」です。何もしなければ何も言われない。学校での生徒指導も部活動での指導も「やる」ことで損をする部分のほうが多い。やってもやらなくても「給料」が同じ。それなら「通常業務」を淡々とやるほうが「効率的」です。

そう考えると「自分がやってきたこと」自体がすでに「間違い」だったのかもしれないという気がしています。もちろん、「目標に向かって進む」という取り組みをする中で人生が大きく変わった選手もいると思います。今でも定期的に連絡をくれる子もいます。何かあれば報告をしてくれる。それと同じくらいに「嫌われている」というのがあるでしょう。「良い想い」をした生徒と同じくらい「嫌な想い」をした生徒もいる。もちろん、様々な捉え方があるのは確かです。

「本気で競技をやる」というのはどのレベルでの話なのか。私が考える「本気でやる」というのと生徒が考える「本気でやっている」というのは違うのだと思っています。何人かは伝わるかもしれませんが、なかなか本気に対して温度差があるというのは間違いない事実だと思っています。どちらかに合わせるというのが正しいのかどうか。間違いなく弊害が生まれてきます。そこに対して何をするのか。何もしないのか。

私は100を目指したいと思っています。とはいえ、全員がその100を目指すわけではない。私が今やりたい事は正しいのかどうか。今の学校で「60%」でいいのであれば指導を必要とされないという事だと思います。

この辺りまで数日前にかいていたのですが力尽きてそれ以上書かていませんでした。間が開くと意味がないという気はしています。

練習メニューの最後の部分を気になっている事、意識してもらいたい事を文字として書くようにしています。それをみて何か感じることがあるか。少し前に適当な練習になった日があります。インターハイが決まってからテストに入り、なかなかしっかりとした練習ができてないというのもあったかもしれません。かなり話をしました。これもひょっとしたら自己満足でしかなく、組織には求められていない部分なのかもしれない。そう思いながら話はしています。



やるからには「最大限」のことをやる。「何のためにskyに来たのか」をもう一度自分の中で確かめる。「6~7割」の練習でよいなら他の学校でやっても同じ。徹底的に練習をすることができな ければ「逆転」は絶対にない。「ウサギとカメ」の話。「カメ」が逆転できたのは「ウサギ」が休んでいたから。「全力で取り組むウサギ」がいたら追いつくことはできない。自分たちが「ウサギ」 に追いつくためには「80%の練習をしているウサギ」に「100%の練習をしているカメ」で 勝負するしかない。一気に追いつくことはないが確実に差は埋まる。「80%の練習をしているカメ」が勝てるほど甘い世界ではない。
苦しい時に最大限の負荷が掛けられないようでは「80%」の練習にさえならない。全国で「66 人」だけがインターハイに行ける。全国で「24 人」だけが準決勝に進める。全国で「8 人」だけ が決勝に残る。全国で「1 人」だけが優勝できる。そんな厳しい戦いをしているのであれば「しんどいから楽をしよう」とか「できないけど仕方ない」「これくらいでいいや」という練習にならない。高校 3年間しかない。無駄に使う時間はない。
「60%」でやっても「80%」でやっても「余力がある」のは同じ。自分でやっても指導を受けても同じレベルの話。「徹底的にやる」という感覚で「練習の狙い」を理解してやっていくこと で「練習の効果」を最大限に高める。本当にやるのかどうか。

なかなか伝わらないかもしれないですね。口頭で話すだけでは分からないと思って文字にしています。文字にすることのリスクはあります。それでも必要かなとは思っています。

こんな事を話しても本当に意味があるのか。求められているのか。強制的に「本気でやる」と言わせるのか。ここは全く意味がないと思います。やりたくないならやらなければいい。そういう話をするのは今の部活動のシステムでは求められていないのかもしれないなと思っています。

自分のスタンスがどうなのか。そこに関しては話をしてきました。これまでもずっと。学校が変わったとしても。「強くなりたい」といのが本気なのかどうか。心から求めているかどうか。そしてそれが時代に合っているのか。環境に合っているのか。そこまで感じながらかなと。

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