
日本病理学会の理事長選挙が行われている。被選挙人名簿にはお歴々が名を連ねている。
このうち所信表明をしている先生が、三人。どうやら、この三人が実質的な立候補者ということになるようだ。
所信表明を読むと、まずは病理医の地位向上ということが謳われている。
言い方を変えれば、病理医のモチベーションを上げるということだろう。
病理医の地位向上ということが言われて久しいが、少なくとも私自身は病理医の地位向上を目指して病理医になったつもりだった。
だけど現状はどうか。
20数年経ったところで病理医を知っている人が増えたとは思えない。知名度では法医学者に遠くおよぶまい。

外科病理がやりたくて病理医になったものの、一枚幾ら、の病理医になるとは思ってもみなかった。病理診断はあくまでも学問の延長上にあるもので、野戦病院のようなところでするものではない。
病理医の挨拶の一つが、「おたくは何件?」
診断件数の多寡など、聞くようなものではあるまい。臓器の種類も、症例の質も違う。そもそも、患者のほとんどは臨床医が連れてくるのであって、その質的な部分をいくらカバーしていようと、病理医は決してフロントに立つことは無い。
では、何が病理医のモチベーションになるか。
それは、あくまでも医師としての病気への探求心だ。私が最初に病理医になろうと思った瞬間は迅速診断に外科のポリクリとして立ち会っていた時であり、剖検の立会だ。
さらには、飽きもせず顕微鏡を覗いていられる形態学への探求心。

外科病理学の失敗は病理医のサラリーをあげれば病理医は集まると思い込んでいた人たちの失敗だろう。
病理医は、金だけのために病理をやっているのない。
金だけのためなら、ほかの科に進んでいただろう。

被選挙人のほとんどすべてが大学教授。
日本の学会なんて、どこも似たり寄ったりだろうが。現場の声を理解してくれる人は、この中にどれだけいることやら。
それでも、棄権は逃避なので、人物本位で投票した。

