この時期は、欧州サッカーがオフで、しかもJリーグは全試合ナイトゲームですから一日に1試合しか見られず、意外とサッカーネタは少ない時期です。そのため、ベテランサポの昔話ということで、11年前のフランスW杯の思い出を書きます。
今の若いサポはご存知ない方もいらっしゃるでしょうが、当時「チケット問題」という、社会面に取り上げられるほどの事件が起こっていました。それは、日本の旅行代理店が欧州の代理店にチケットを依頼していて、過去には欧州CL決勝のチケットも手配したほどの代理店だったそうですが、彼らが一斉にだまされて日本人サポーターにチケットが回らなくなった事件のことです。
これで、私もフランス行きが直前でキャンセルになってしまったのですが、現地に行ってもオーロラビジョンでしか試合を見られなかった人もいますし、それだけ日本人が初出場のW杯に騒ぎすぎたのかなとも思います。ただ、結果は皆さんご存知の通り、日本は3戦全敗に終わりました。
当時、岡田監督の采配は、アルゼンチンかクロアチアから勝ち点を取らない限り決勝トーナメントはないわけで、どちらかで最低でも引き分けに持ち込んでおこうという慎重な采配でした。ただ、予選でうまく行っていた4-4-2から、一人攻撃的MFを減らしてDFを入れた采配には、消極的と批判も出ました。
また、日本という国は、W杯のテレビ視聴率が稼げる国ですから、キックオフの時間を日本のゴールデンタイムに合わせて試合を行いました。その結果、日本の試合は昼の2時キックオフになり、クロアチア戦では暑さの中で苦労することになりました。
今、思えばオシム監督が率いていた、欧州のブラジルと呼ばれた旧ユーゴ代表のメンバーが、当時のクロアチア代表には何人か残っていました。つまり、試合巧者だったわけです。そういう報道はされず、当時の10番のボバンが負傷したから日本有利とか、そういう報道しかされませんでした。
結局、最初の2試合で連敗した日本は、早々と1次リーグ敗退が決まり、夢はあっという間に過ぎ去りました。しかし、まだ当時は日本国民にとってはW杯がどういうものかわかっていなかった点はあります。全ての国が、ここに合わせて調整してくる舞台がW杯というもので、直前の変更でどうにかできるものではないのです。今回はそういう怖さも知ったでしょうから、日本らしいサッカーを世界で発揮することを期待したいと思います。
今の若いサポはご存知ない方もいらっしゃるでしょうが、当時「チケット問題」という、社会面に取り上げられるほどの事件が起こっていました。それは、日本の旅行代理店が欧州の代理店にチケットを依頼していて、過去には欧州CL決勝のチケットも手配したほどの代理店だったそうですが、彼らが一斉にだまされて日本人サポーターにチケットが回らなくなった事件のことです。
これで、私もフランス行きが直前でキャンセルになってしまったのですが、現地に行ってもオーロラビジョンでしか試合を見られなかった人もいますし、それだけ日本人が初出場のW杯に騒ぎすぎたのかなとも思います。ただ、結果は皆さんご存知の通り、日本は3戦全敗に終わりました。
当時、岡田監督の采配は、アルゼンチンかクロアチアから勝ち点を取らない限り決勝トーナメントはないわけで、どちらかで最低でも引き分けに持ち込んでおこうという慎重な采配でした。ただ、予選でうまく行っていた4-4-2から、一人攻撃的MFを減らしてDFを入れた采配には、消極的と批判も出ました。
また、日本という国は、W杯のテレビ視聴率が稼げる国ですから、キックオフの時間を日本のゴールデンタイムに合わせて試合を行いました。その結果、日本の試合は昼の2時キックオフになり、クロアチア戦では暑さの中で苦労することになりました。
今、思えばオシム監督が率いていた、欧州のブラジルと呼ばれた旧ユーゴ代表のメンバーが、当時のクロアチア代表には何人か残っていました。つまり、試合巧者だったわけです。そういう報道はされず、当時の10番のボバンが負傷したから日本有利とか、そういう報道しかされませんでした。
結局、最初の2試合で連敗した日本は、早々と1次リーグ敗退が決まり、夢はあっという間に過ぎ去りました。しかし、まだ当時は日本国民にとってはW杯がどういうものかわかっていなかった点はあります。全ての国が、ここに合わせて調整してくる舞台がW杯というもので、直前の変更でどうにかできるものではないのです。今回はそういう怖さも知ったでしょうから、日本らしいサッカーを世界で発揮することを期待したいと思います。