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Kobby loves 埼玉&レッズ

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よく頑張った(宮沢克行)

2012-11-09 18:44:37 | 他チーム
昨日、モンテディオ山形からMF宮沢克行選手の引退が発表されました。浦和時代にベンチ入りできるかぎりぎりのところにいた宮沢を覚えている私は、36歳まで現役を続けられるとは思っていませんでした。よく頑張ったというのが感想です。

浦和時代の宮沢の思い出は大原の練習場でたいていファンサービス要員だったことです。特に遠征の前日などは無理をしたくないスタメン組が出てこない中、緊急時しかベンチ入りしない17人目が多かった宮沢は一手にファンを引き受けていました。

大卒で、ある程度即戦力になることが必要だった宮沢の場合、浦和の構想は左MFベギリスタインの後継者だったと思います。ただ、その年に浦和がJ2に降格してしまったので、どうしても1年でJ1に戻りたかった浦和は鹿島から同じ左利きのMF阿部敏之を獲得し、宮沢にチャンスを与える余裕はなくなってしまいました。

2001年には当時サテライトが練習することがあった東農大グラウンドで、野球場の外野の芝生で練習する悔しさも味わった宮沢は、失意のまま新潟に移籍します。新潟時代は本来のポジションではない左SBでの起用が多く、宮沢にとっては持ち味を出すことは難しい状況でした。

宮沢が輝いたのは山形にレンタル移籍して、4-4-2の左MFのポジションを得てからです。ミスターモンテディオと呼ばれた高橋健二の7番を受け継ぐ選手になった宮沢は、クラブ史上初のJ1昇格にも主力選手として貢献してキャプテンも務めました。

2009年には10年ぶりのJ1でのゴールという珍記録も残した宮沢は、山形がJ1にいた3年を主力選手として支えました。今年も活躍を期待していましたが、後半戦はあまり出番がなく、ついに引退ということになりました。

新人時代、当時の原監督からフィジカルが弱いという厳しい評価も受けていただけに、ここまでプレーできるとは思っていませんでした。山形が合っていたのだろうと思います。そういうチームに行けた幸運も味方につけられた、いいサッカー人生だったと思います。
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