「従軍慰安婦」問題に関して、韓国で日本大使館前の「水曜デモ」が行われてきた。1000回になった記念で、日本でも「外務省を取り囲む人間の鎖」が呼びかけられた。寒い冬の日で、事前の予報では雨だったし、どうしようかなとも思ったけど、平日で寒いと人がいないかもと思い出かけてきた。案外たくさんの人が集まり、僕はちょっと遅れたのでもう鎖は出来ていたけど、ゼッケンや旗を見るとずいぶんいろいろな所から様々な人が集まっていたように感じた。
それより驚いたのが、「右翼」というか、特にいわゆる「在特会」(「在日特権を許さない市民の会」と言う不思議な名前の会)がたくさん来ていたこと。ごく普通の「市民」にしか見えない人々がトンデモ・プラカードを持ってる。まあ、道の向こう側で警官の列にさえぎられていたけれど。「我々は目の前で『人間の鎖』を許してしまった。この屈辱を忘れてはいけない。」この後もっとすごいことを叫んでいたけれど、書くをはばかる。別に在特会が許すとか許さないという問題ではないでしょ。憲法で認められた表現の自由なんだから。写真を両方撮ったけれど、掲載するのはやめておきます。ところで、ニュースでは韓国大使館前にできたという「記念碑」のことは報じていたが、日本での行動もあったことを伝えない。
昨日の夜、「ア・ソング・フォー・ユー」という芝居を新国立劇場で見た。18日まで。川平慈英、春野寿美礼、尾藤イサオ、上條恒彦、杜けあき、大和田美帆らの豪華メンバーで、カーペンターズのコンサートをやってるような舞台で、これでいいのかな、楽しいけど、という感じもした。1974年の福生、横田基地前。米軍人の集まるバーに、川平が乗り込み反戦ロックを歌わせてくれと言う。そこでは春野ら三人組でカーペンターズを歌うグループが受けている。川平は「カーペンターズなんて軟弱な音楽は認めない」と言う。この後、様々な恋模様と背景にあるベトナム戦争をからめながら、話が進んで行く。
カーペンターズなんて「メッセージもない、美しいメロディだけが売り物のグループ」という感じは、当時の僕も持っていた。今になってみると、「カーペンターズは特別」である。カーペンターズはいつでも聞ける。今は主に運転中の車で疲れているときに聞く。日本語の歌はダメ、激しいロックもダメ、クラシックもダメ、っていうくらい疲れてる時にも、カーペンターズは心に沁みる。これ、ほめてるんだろうか。自分でもわからない。でも、カーペンターズなら、どんな時でも聞けるんだよね。
だから、政治の季節が無残に終わった70年代半ばに、カーペンターズがヒットしたのは納得できる。と同時に、これでいいのか、問題意識を持ちつづけなければならないと思っていた「遅れてきた青年」だった僕が、当時はカーペンターズを遠くに見ていたのも納得できる気がする。ジャニス・ジョップリンが好きなのに、カーペンターズなんて聞けるか、みたいな気分。でも、「ラブ&ピース」は遠くにある戦争に反対するだけではダメだった。日常の中で、想像力を持ちつづけ寛容の力を信じることが大切だった。だけれども、肝心の問題では「どちらかの立場」に立つことを恐れてはいけないとも強く思う。
オウム、9.11、3.11の後で、寛容の精神を思い出すこと。でも、外務省前で道の向こう側にいた人々も、カーペンターズはいいよねと言ってるかもしれない。美しいメロディは誰にでも癒しを与えてしまうのかもしれない。
カーペンターズでは、「雨の日と月曜日は」「愛にさよならを」などが曲としては好き。ビートルズの曲はビートルズでいい感じ。一番好きなのは「トップ・オブ・ザ・ワールド」かも知れないなと思う。こんなに弾むように明るい恋の歌は、なかったな。高校時代のヒット曲。「such a feeling」は僕の人生に何回あったんだろうか。歌詞を聞いてて、少し判るけど判らないところも多い、ってのが英語の勉強にいいですね。
それより驚いたのが、「右翼」というか、特にいわゆる「在特会」(「在日特権を許さない市民の会」と言う不思議な名前の会)がたくさん来ていたこと。ごく普通の「市民」にしか見えない人々がトンデモ・プラカードを持ってる。まあ、道の向こう側で警官の列にさえぎられていたけれど。「我々は目の前で『人間の鎖』を許してしまった。この屈辱を忘れてはいけない。」この後もっとすごいことを叫んでいたけれど、書くをはばかる。別に在特会が許すとか許さないという問題ではないでしょ。憲法で認められた表現の自由なんだから。写真を両方撮ったけれど、掲載するのはやめておきます。ところで、ニュースでは韓国大使館前にできたという「記念碑」のことは報じていたが、日本での行動もあったことを伝えない。
昨日の夜、「ア・ソング・フォー・ユー」という芝居を新国立劇場で見た。18日まで。川平慈英、春野寿美礼、尾藤イサオ、上條恒彦、杜けあき、大和田美帆らの豪華メンバーで、カーペンターズのコンサートをやってるような舞台で、これでいいのかな、楽しいけど、という感じもした。1974年の福生、横田基地前。米軍人の集まるバーに、川平が乗り込み反戦ロックを歌わせてくれと言う。そこでは春野ら三人組でカーペンターズを歌うグループが受けている。川平は「カーペンターズなんて軟弱な音楽は認めない」と言う。この後、様々な恋模様と背景にあるベトナム戦争をからめながら、話が進んで行く。
カーペンターズなんて「メッセージもない、美しいメロディだけが売り物のグループ」という感じは、当時の僕も持っていた。今になってみると、「カーペンターズは特別」である。カーペンターズはいつでも聞ける。今は主に運転中の車で疲れているときに聞く。日本語の歌はダメ、激しいロックもダメ、クラシックもダメ、っていうくらい疲れてる時にも、カーペンターズは心に沁みる。これ、ほめてるんだろうか。自分でもわからない。でも、カーペンターズなら、どんな時でも聞けるんだよね。
だから、政治の季節が無残に終わった70年代半ばに、カーペンターズがヒットしたのは納得できる。と同時に、これでいいのか、問題意識を持ちつづけなければならないと思っていた「遅れてきた青年」だった僕が、当時はカーペンターズを遠くに見ていたのも納得できる気がする。ジャニス・ジョップリンが好きなのに、カーペンターズなんて聞けるか、みたいな気分。でも、「ラブ&ピース」は遠くにある戦争に反対するだけではダメだった。日常の中で、想像力を持ちつづけ寛容の力を信じることが大切だった。だけれども、肝心の問題では「どちらかの立場」に立つことを恐れてはいけないとも強く思う。
オウム、9.11、3.11の後で、寛容の精神を思い出すこと。でも、外務省前で道の向こう側にいた人々も、カーペンターズはいいよねと言ってるかもしれない。美しいメロディは誰にでも癒しを与えてしまうのかもしれない。
カーペンターズでは、「雨の日と月曜日は」「愛にさよならを」などが曲としては好き。ビートルズの曲はビートルズでいい感じ。一番好きなのは「トップ・オブ・ザ・ワールド」かも知れないなと思う。こんなに弾むように明るい恋の歌は、なかったな。高校時代のヒット曲。「such a feeling」は僕の人生に何回あったんだろうか。歌詞を聞いてて、少し判るけど判らないところも多い、ってのが英語の勉強にいいですね。