尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「約束」と言う映画-名張毒ぶどう酒事件

2013年03月05日 23時21分25秒 |  〃 (冤罪・死刑)
 渋谷のユーロスペースで、「約束」という映画を見た。これは名張毒ぶどう酒事件で再審を訴え続けている死刑囚、奥西勝の半生を劇映画と言う形で描いた映画である。基本は劇映画なんだけど、事件当時や再審決定などのニュース映像を交えて、事件の解説なども行っている。実在の人物が実名で出てくる。そういう映像の中に、高齢の奥西死刑囚を仲代達矢、事件当時は山本太郎、母親を樹木希林が演じる劇の部分があるという構成。作ったのは、東海テレビの斉藤潤一監督である。「死刑弁護人」を作った人で、この名張事件もずっと追ってきた。地元(名古屋)に近い事件と言うことで追ってきて、無実を確信しながら本人への直接取材はかなわないということで、劇映画と言う手段で獄房の死刑囚の苦悩を再現した。
 
 名張毒ぶどう酒事件については、僕も今までに書いている。「名張毒ぶどう酒事件の集会」「名張事件の再審開始か?」「名張事件の再審棄却に異議あり」である。僕は名張事件の再審開始は当然のことと考えていて、健康を害し「獄中死」が心配される奥西勝さんを生きて獄外に取り戻せる日がくることを念願している。

 そういう僕なんだけど、だからと言って映画の出来が素晴らしいかどうかは別である。見て欲しいと思わなければ書かないので、この映画は実に重い感動を与える素晴らしい出来だった。是非、見て欲しいと思って紹介する次第。東京渋谷のユーロスペースでの上映は15日まで。僕は冤罪問題に関心を持っているが、映画に生の主張を持ち込んで社会的な問題を訴えるという映画は好きではない。見ていて面白くないというか、そもそも見る必要性が薄いからである。「無実の死刑囚」というのは大問題だから、広く社会に訴えるべき問題だけど、本やパンフを読んでれば十分なんだったら、家で寝ながらできるからその方がいい。しかも、ドキュメント映画監督が作った劇映画で、ドラマの中に記録映像も交じると聞けば、名張事件を広めるという意味ではいいだろうけど、映画作品としてはどうなんだろうと見る前は心配だったわけである。

 心配は杞憂で、それはいつに仲代達矢と言う俳優の偉大さがなせる功績だと思う。もともと事件の争点の骨格を知っていたということもあるが、獄中の「無実の死刑囚」の苦悩がまさにリアルに伝わってきて、これがドラマの役割かと改めて思い知った。いっぱい映画を見ていると、ついトリビアルな知識やうんちくにはまり込むが、ドラマの本質は伝えたいメッセージをまず直球で投げ込むことにあるんだと思い出せてくれるのである。社会的なメッセージ映画と言うと、なんだか古いように思うかもしれないが、決してそうではない。つまり、「人間としての共感」を伝えるドラマということなのである。

 それにしても仲代達矢と言う俳優は素晴らしい。今もイヨネスコの「授業」を公演中だが、高齢になっても新しいことに挑み続ける体力、知力のすごさ。夫人を亡くした後に、これほど活躍できるという精神力の高さに感銘する。僕は仲代達矢と奈良岡朋子が出演した「ドライビング・ミス・デイジー」を見て、コンサートなんかは別にして、新劇系の舞台で唯一スタンディング・オベーションが起きるのを見た。映画でも、小林正樹「切腹」を頂点にして、幾多の黒澤明映画などが脳裏に思い出されてくる。そういう偉大な芸歴を誇る仲代達矢ではあるが、現存の人物にして、死刑囚であり、無実を主張しているという役柄は難役中の難役ではないかと思う。無実ではない方がまだやりやすいだろう。熊井啓監督の昇進作「帝銀事件 死刑囚」も確定死刑事件で無実を訴え再審請求中の平沢貞通を描いている。俳優は信欣三が演じた。これは純然たる劇映画として作られているので、今回のような実際の映像が中に交じるのとは異なっている。しかも実際の映像と言っても、1審無罪判決が最後で、その後は撮影できないから、実際の映像や写真はない。面会を許される家族、弁護士、特別面会人などごく少数の人しか、(刑務官は別にして)接した人がいない。そういう昔のハワード・ヒューズみたいな「伝説の実在人物」を演じるのである。しかも、「無実の主張」を観客に納得させる必要がある。これがしかし、仲代達矢と言う人のすごさで、僕は感動を覚えた。

 こういう風に、ちょっと普通の映画とは違う種類の映画だが、見て損はないと思うし、重い感銘を覚える出来になっていると思う。冤罪事件に関心のある人は見るだろうが、そうではない人にも是非見て欲しい映画である。
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