尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「トランボ」-「赤狩り」と戦った脚本家

2016年08月17日 23時04分10秒 |  〃  (新作外国映画)
 映画「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」が公開中。これも見逃さなくて良かった映画だった。戦後のアメリカで吹き荒れた「赤狩り」旋風の中で、最後まで屈せず闘った脚本家、ドルトン・トランボ(1905~1975)と家族、仲間たちを描いた映画である。トランボは僕にとっては、1973年に公開された反戦映画「ジョニーは戦場へ行った」の監督として印象的な名前である。その時は「ドルトン」と表記されていた。最近は「ダルトン」と書くことが多いけど、映画で聞く限りでは、日本語表記としては「ドルトン」の方が近い感じがした。英語では、Dalton Trumbo である。

 さて、トランボと言えば、「赤狩り」(Red Scare)に抵抗して服役もした「ハリウッド・テン」と呼ばれた10人の一人として有名である。彼は戦前から共産党員だったが、共産党は合法政党で、戦時中はソ連は同盟国だった。しかし、戦後になって「冷戦」になると米ソ対立の中、共産党員=スパイとみなされはじめる。上院議員だったマッカーシーを中心に「下院非米活動員会」が、各界に潜む「スパイ」を摘発すると称して、政府や映画界で共産党員、シンパと思われる人物を喚問していった。共産党員だということだけでは罪にならないから、仲間の名前などを「自白」させて社会的な抹殺をもくろんだのである。それに抗して、憲法をもとに証言を拒否すると「議会侮辱罪」に問われたわけである。

 ハリウッドの中には、公然たる反共派も多くいて、有名なのはジョン・ウェイン。この映画にも出てくる。最後までタカ派を貫いて、晩年にはベトナム戦争の特殊部隊を描く「グリーンベレー」に主演している。また当時の映像の中に後の大統領ロナルド・レーガンが何度も出てくる。B級西部劇などの俳優だったレーガンは、俳優組合委員長として赤狩りに協力し政治の世界に接近していく。また女性コラムニストのヘッダ・ホッパー。実在の人物で、ルエラ・パーソンズという女性コラムニストとともに、映画が一番影響力のあった時代のハリウッドで、ゴシップを中心に権力をふるった。実に嫌な感じの人物に描かれているが、それを名優のヘレン・ミレンが悠然と演じていて見ごたえがある。

 日本でも新聞や週刊誌に嫌味な記事をよく書く人がいるもんだけど、そういう人物が力を持っているのだから、監獄から解放されても仕事を干されて生活に困る。日本の映画界でもあったけど「レッドパージ」である。今までもこの「赤狩り」時代の苦難は何度か映画になっているけど、今回の映画は釈放後の生活を描いていることにある。トランボは脚本家だから、名を借りたり偽名を使うことにより映画に関する仕事を続けていった。なんでもいいから面白いものなら買ってくれるB級映画会社に交渉して、女と暴力のシナリオを書きまくる。本人は部屋や(時には)風呂にこもって書き続け、家族を総動員してタイプで清書し、会社に届ける。仲間たちも引き入れる。この「赤狩り被害者シナリオ協同組合」みたいな活動が一番の見どころになっている。まさに「映画の職人」というべき大車輪の活躍である。

 そして友人の名前を借りた「ローマの休日」でアカデミー賞を受賞してしまう。これはあまり知られていなかったけど、現在ではアカデミー協会も認めている。また偽名で書いた「黒い牡牛」でもアカデミー賞を受けた。このときはジョン・リッチという偽名を使ったから、一体誰だということになり、実はトランボだという事実を知る人も出てくるのである。なお、当時のアカデミー賞では、脚本部門にオリジナル脚本賞、脚色賞とともに「原案賞」というのがあり、トランボが受賞したのは2回ともそれ。「ローマの休日」の基本設計のようなものが評価されたんだろう。「ローマの休日」はもちろん全然共産主義的な作品ではなく、彼は自由主義者だったということなんだろう。

 でも、あまりにも多忙な生活は家族を苦しめる。脚本は偽名でも書けるが、俳優は顔が勝負だから偽名では演技できない。そういう問題も描きつつ、やがてカーク・ダグラスと名乗る男がやってきて、「スパルタカス」という脚本の書き直しを依頼してくる。このカーク・ダグラスが「いかにも」という感じのイメージで笑える。「スパルタカス」はローマの奴隷だった剣闘士の反乱を描く映画で、キューブリックの最初の大作。後にもっとすごい映画をたくさん作ったから印象がちょっと薄いけど、ハリウッド映画には珍しい人間の悩みにも迫る歴史アクションである。授業でも使ったことがある。そして、その直しの最中に映画監督のオット-・プレミンジャーもやってくる。こうしてトランボは「復活」していった。

 トランボ役のブライアン・クランストンはアカデミー賞ノミネートの熱演。「アルゴ」などに出ているけど、よく判らない。トランボの妻をダイアン・レインがやっている。娘の二コラをやってるエル・ファニングという若い女優が良かった。監督はジェイ・ローチという「オースティン・パワーズ」などを作ってきた人だが、突然グッとシリアスな映画を破綻なく作った。ところで、トランボが原作も書いた「ジョニーは戦場に行った」は、日本でもベストテン2位になる高い評価を受けた。第一次世界大戦を舞台にして、戦傷者として帰還してくる兵士を描いている。あらゆる感覚を失い、足も失った主人公。人間の尊厳について深く考えさせる作品で、今こそ多くの人に見てほしい映画だと思う。リバイバルして欲しい映画。

 ところで、1929年の世界大恐慌のさなかに、ソ連では「5カ年計画」を「成功」させて、社会主義経済の優位性を示したと宣伝されていた。スターリンの大粛清は世界には知らされず、ソ連共産党を支持する人がアメリカの知識人の中にも多くいた。経済格差が大きく、人種差別も激しいアメリカでは、正義感の強い自由主義者が共産党に近づいたわけである。トランボもそういうタイプだったのだろうと思う。アメリカ共産党は合法政党として存在しているが、歴史的にはソ連共産党路線で独自性は少なく、政治的には極めて小さな勢力に留まった。ゾルゲ事件について読んだ時に知ったけど、アメリカ共産党は合法政党の裏に、非合法のソ連スパイ養成部門(のようなもの)を持っていた。世界中から移民が来るアメリカでは、移民を隠れ蓑にして各国から党員を受け入れやすかったのである。多分トランボらは、そのような非合法部門は知らなかっただろう。
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