尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

韓国映画「暗殺」が面白い

2016年08月14日 22時55分00秒 |  〃  (新作外国映画)
 韓国映画「暗殺」を見て、とても面白かった。アクションも面白いけど、複雑な筋立てを一気に駆け抜ける語り口のうまさ。そして女優チョン・ジヒョンの魅力。最近は韓国映画もほとんど見てなかったけど、エンターテインメントとしての質はやはり高いものがある。チェ・ドンフン監督。

 この映画は1933年の京城(現・ソウル)を舞台に、何重かに仕組まれた暗殺事件を描いている。上海にあった「大韓民国臨時政府」が首謀者である。標的は非道な弾圧を行った日本軍人と彼とむすぶ朝鮮人政商。軍人の息子と商人の娘が結婚することになり、暗殺を決行するために3人の暗殺実行者が集められる。その一人が独立軍で最高のスナイパーである美女。ところで、この映画の冒頭で併合直後の別のテロ事件が描かれるが、その時に双子の幼女が出てくる。これが伏線で、運命を異にする悲劇の姉妹であることがこの映画の最大の焦点となる。

 臨時政府の中には日本側の密偵もいれば、雇われて暗殺団を襲撃する謎の人物もいて、ストーリイは複雑。京城の大々的なセットも興味深く、細部はなんだかわからないところもありつつ、アクションで一気に見せてしまう。構図が完全には理解できないんだけど、やっぱり面白いのである。僕はどっちかというと、当時の臨時政府の内情や日本との暗闘などが出てくるかと思ってたんだけど、そういう歴史的、政治的な興味は外れてしまう。もちろん朝鮮を支配する「大日本帝国」は自明の敵なんだけど、特にそこを強調する映画ではなくて、アクション映画の面白さに徹している。

 最後の結婚式の場は、三越京城店の2階という設定。昔本当にそこに式場があったのかは知らないけど、この店は独立後に「新世界百貨店」になって存続している。ソウルに行ったときに訪れた人も多いだろう。僕もだいぶ昔に行ったことがある。時間が経ったから今もあるのかと思って調べてみたが、今も本店として健在である。紹介サイトで写真を探したら以下のような建物で、まさに日本橋三越本店を思わせる。ソウル最大の繁華街、明洞(ミョンドン)で高級を誇るデパートである。

 何と言っても見ごたえはチョン・ジヒョンの二役の魅力。チョン・ジヒョンと言えば、思い出すのは「猟奇的な彼女」。あの映画で「暴力」「暴言」連発の彼女はなんとも可愛らしく、2002年の大鐘賞(韓国のアカデミー賞にあたる)で主演女優賞を受賞した。今回「暗殺」で2度目の大鐘賞主演女優賞を受けたが、それに値する忘れがたいヒロイン像を演じている。ちょっと尾野真千子を思わせる感じ。

 さて、現実の「大韓民国臨時政府」とはどういうものか。1919年の三一独立運動のあとで、李承晩、呂運亨、金九など有名な独立運動家が集まって上海で結成された。しかし、内部対立が激しく、承認した国もなかった。現在の大韓民国では、この臨時政府から続く歴史的正統性を主張している。1930年代初期には金九(クム・グ)を中心にして、抗日武装闘争を行っていたのは確かである。例えば、1932年1月の李奉昌による桜田門事件(天皇暗殺未遂事件、実際は車の遠くで爆発物が爆発)、同じく1932年4月に上海で起きた尹奉吉による「天長節爆弾事件」(上海派遣軍の白川義則陸軍大将ら二人が死亡、上海駐在公使重光葵や海軍中将野村吉三郎らが負傷した)などが有名である。だから、1933年に京城に暗殺団を送るというのも、満更まったくあり得なくもなさそうなわけである。(金日成らによる普天堡(ポチョンボ)襲撃事件は1937年で、抗日パルチザン活動はもう少し後の時代。)

 世界にはこのような「臨時政府」「亡命政府」はかなりある。今ある中では、有名なのはダライ・ラマらによる「チベット亡命政府」だろう。1959年以来、インドのダラムサラに置かれている。モロッコの事実上の支配下にある西サハラでも、「サハラ・アラブ民主共和国」という名前でアルジェリアに亡命政府がある。歴史的には、第二次大戦中にフランスのドゴールが「自由フランス」を組織したり、ポーランドやチェコスロバキアでもドイツと戦う亡命政府があった。スペイン内戦でもフランコの勝利を認めないスペイン亡命政府がメキシコに存続し、フランコ死後の民主化で本国に合流した。ソ連支配下のリトアニアやエストニアでも、ソ連の支配を認めない亡命政府がずっと存在した。今もイランのイスラム革命を認めず、パーレヴィ朝復活を掲げる亡命政府があるということだ。
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