尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

エドワード・ドミトリク監督「十字砲火」を見る

2018年12月25日 22時46分06秒 |  〃  (旧作外国映画)
 主に古い内外の映画を上映しているシネマヴェーラ渋谷で、「蓮實重彦セレクション ハリウッド映画史講義」という特集を上映している。最近行ってなかったんだけど、今回は興味深い映画がいっぱいある。24日にエドワード・ドミトリク監督の1947年作品「十字砲火」を見た。興味深い点がいくつもあったので、書いておきたい。今後も年末年始に上映が予定されている。

 この映画は日本では長いこと見られなかった。1947年のアカデミー賞で作品賞、監督賞など5部門でノミネートされたにもかかわらず。実はこの年の作品賞を取ったエリア・カザン監督「紳士協定」も公開されなかった。また1949年のアカデミー作品賞「オール・ザ・キングスメン」も公開されなかった。どれも70年代以後に日本にも紹介されたが、「十字砲火」は1986年11月に公開されたと出ている。80年代後半は超多忙期だったから全く記憶はないけれど。

 何で公開当時に公開されなかったかというと、占領時代で「アメリカの暗部」を描く映画はGHQが公開しなかったんだとよく言われる。当時は戦争で輸入されなかった「カサブランカ」「断崖」など戦中のアメリカ映画が一斉に公開されていた。「失われた週末」「サンセット大通り」などは暗い内容の映画だけど公開されている。でも「十字砲火」「紳士協定」はともにアメリカ社会に残るユダヤ人差別を正面から描いた映画だ。個人の悲劇を描く映画はまだしも、アメリカ社会に残る恥部を日本人には見せたくない意識は働いたのかもしれない。

 映画自体は冒頭に出てくる殺人事件の捜査を描くミステリーである。「光と影」を生かしたモノクロの映像が印象的で、語り口もなめらか。でも案外簡単に犯人は割れるし、展開もむしろB級テイストで、アカデミー賞ノミネートが意外な感じ。やはり作品賞を取った「紳士協定」の方が優れていると思う。この両作が同じ年に作られたことで、「ユダヤ人差別」に焦点が当たり「勇気ある挑戦」ムードが生まれたのではないか。実際、この映画は初めて「ヘイトクライム」を真正面から取り上げた映画だと思う。警察署長は協力者に向かって、自分の祖父もヘイトの犠牲者だったと演説する。

 監督のエドワード・ドミトリク(1908~1999)は、ウクライナからカナダに移住した両親のもとで生まれた。編集技師として映画界に入り、RKO映画に移って監督になった。しかしマッカーシズム(赤狩り)の中、下院非米活動委員会に召喚され憲法をタテに証言を拒否した。ドルトン・トランボなどと並ぶ、いわゆる「ハリウッド・テン」の一人である。RKOを解雇されイギリスに渡るが、後に帰国して「禁固6カ月」の服役を経て「転向」を表明した。「ケイン号の反乱」「愛情の花咲く樹」「若き獅子たち」など多くの安定した娯楽映画を残している。
 (エドワード・ドミトリク)
 人生に波乱をもたらした「十字砲火」だが、それはドミトリクの生涯ただ一回のアカデミー監督賞ノミネートをもたらした。だけど、今回ウィキペディアを見ていて、「十字砲火」には原作があると知った。後に「熱いトタン屋根の猫」「冷血」などの映画監督になるリチャード・ブルックスの小説が原作なんだという。そして実は原作では、被害者はユダヤ人ではなく同性愛者だったのである。つまり「十字砲火」は間違いなく「差別」を告発する映画だけど、当時のハリウッドでは性的マイノリティを描くことができず、ユダヤ人に設定を変えたのである。ユダヤ人差別は描けたのである。

 警察署長はロバート・ヤング、「容疑者」の友人がロバート・ミッチャム、「犯人」がロバート・ライアン(アカデミー賞助演男優賞ノミネート)とロバート尽くしのキャスティング。ライアンは日本の悪役安部徹みたいに憎々しい面構え。本人は大のリベラル派だったというが。ミッチャムは僕には「さらば愛しき女よ」の印象が強い。ボギー以前に見たので、僕のフィリップ・マーロウはこの人だ。だけど後に「狩人の夜」が公開され、その面白さに強烈な印象を受けた。ところでラスト、署長は逃げる犯人を背中から撃つ。銃器を持たず逃げる「容疑者」を撃つのも驚きだった。
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