尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「チェーホフ・ユモレスカ」を読むーチェーホフを読む③

2020年05月24日 22時18分26秒 | 〃 (外国文学)
 毎月アントン・チェーホフを読もうと思ってるけど、なかなか全集に入れない。全集未収録の初期短編を集めた「チェーホフ・ユモレスカ」が文庫で4巻もあるので、まずそっちから読もうかと思った。「ユモレスカ」はロシア語で「ユーモア小品」を意味するという。本来は複数だから「ユモレスキ」だが、日本では原則として名詞は単数で呼ぶから「ユモレスカ」とすると書いてある。2008年に新潮文庫から「チェーホフ・ユモレスカ 傑作短編集」が「Ⅰ」「Ⅱ」が出て、2015年に中公文庫から「新チェーホフ・ユモレスカ」として「郊外の一日」「結婚披露宴」が出た。全部松下裕訳で、今もネットで入手できる。
(「チェーホフ・ユモレスカ 傑作短編集Ⅰ)
 これはまだプロじゃなかった時代のチェーホフが、あちこちの雑誌に書き散らすように書いた文章だという。苦学して医学校に通っていたチェーホフは、文学修行と学費稼ぎのためにいっぱい書いていた。とにかく「面白いもの」という注文さえ守っていれば、後は割合好き勝手に書けたんだという。ロシアには「アネクドート」という小咄があるが、これはそれに近い。一つの作品も短くて、10ページ前後。もっと短いのも多くて、1冊目は65篇、2冊目には49篇も入っている。結構分厚いけれど、そういう成り立ちだから読みやすい。でもまあ、特に全員が読むべき本でもないかなあと思う。
(「チェーホフ・ユモレスカ 傑作短編集Ⅱ)
 「ユーモア」とあるけれど、より感じられるのは「皮肉」であり「ペーソス」(哀愁)である。ロシアの民衆の、権威に弱く、飲んだら止まらず、愛を求めては失敗する姿を、時には暖かく寄り添い、時には厳しく突き放す。短すぎて、読んだ端から忘れてしまうような文章ばかり。ここから大作家が生まれたのかと驚くような「ショートショート」集だ。ここには実に多くの階層が登場する。地主と農民、高級役人と下っ端役人、医師、軍人、作家、俳優、銀行家、弁護士、猟師、聖職者、公爵夫人、若い女性と老女、数限りない人々が、上下を問わず出てくる。そこに「人間観察家」としての凄みがある。
(「郊外の一日」)
 ロシア人の暮らしに「パーティ」が多いこともよく判る。特に「名の日の祝い」で集まる話が多い。何だという感じだが、要するに「誕生日」である。日ごとに「聖人」が決まってるので、誕生日の聖人にあやかって子どもの名を付ける。だから子どもの誕生日は「聖人の名の日」になるわけである。招かれては酒を飲み、酔っ払って失敗する。上司と部下の話も多い。とにかく役人の位が重要で、何等官かで上下の違いが大きい。それを基にした笑い話も多い。将来劇作家として有名になるだけあり、劇場をめぐる人間関係もかなりある。今につながるロシア人の感性を探るには、簡単に読めて格好の題材だ。
(「結婚披露宴」)
 ところで中止になった「桜の園」の公演パンフレットを通信販売している。「SISカンパニー」で検索して、現金書留で送る。現金書留なんか久しぶりだけど、高いのにビックリした。でもまあ「コロナ記念」だと思って買ってしまった。多くの俳優がチェーホフは判らないと言ってる。その通りで、若いうちはチェーホフの戯曲は読んでもよく判らないのである。大昔のロシアの話で、大体設定がよく飲み込めない。そのうえドラマが舞台裏に隠されている。日本の家庭だって、普段の会話だけ聞いてれば、なんだかドラマが読めないだろう。ところが、やがて年取ってくると、セリフの裏にある人間観察が身に迫るのだ。そういう観察力は若い頃から、このようにして磨かれたのかというのが「ユモレスク」の世界。
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