尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

鎌倉文学館の小津安二郎展から鎌倉大仏へ

2020年09月23日 22時01分11秒 | 東京関東散歩
 9月19日に鎌倉文学館小津安二郎展を見に行った。もう終わっているんだけど、一応写真を載せておきたいと思って。小津はきっかけで、もともと国登録有形文化財の鎌倉文学館に行ってみたかった。旧前田侯爵の別邸だそうで、三島由紀夫の「春の雪」に出てくるという。明治期に火事で焼失していたものを、1936年に洋館として再建したもの。前田邸と言えば駒場に本邸が残っているが、どっちも前田利為陸軍中将(戦死で大将)が建てた。さすが百万石の大名家の壮麗さだが、当主戦死のため相続税が免除されたという。
   
 鎌倉駅から江ノ電に乗り換えて2駅、由比ヶ浜で降りる。バスや歩きでも行けそうだが初めて行くところは案内通りに行く方がいい。鎌倉も鶴岡八幡宮や北鎌倉の建長寺、円覚寺なんかは行ってるけど、鎌倉駅より西の方は実は一度も行ったことがない。若い頃に千葉県の市川に住んでいた時は、総武線(横須賀線)で一本だった。今は乗り換えも面倒で鎌倉もあまり行かない。江ノ電も一時は外国人客が多くて乗るのも大変という話だったが、今はもちろんそんなに混んではいない。駅からは案内通りに進んで約7分程度。
 
 山の方にゆるゆると登っていくと緑豊かな地区に入っていく。鎌倉文学館の門を入ると、トンネルがあるので驚いた。文学館内部は一切写真を撮れないので、庭から建物を撮るしかない。春はバラが咲くことで有名だというが、建物がピクチャレスクで見応えがある。中にはいると「鎌倉文士」の紹介がある。作家たちがこんなに鎌倉にいたのか。高見順の戦時期の日記に鎌倉に住む作家たちの様子が記録されているが、最近の作家も結構多い。
(小津安二郎展)
 小津安二郎展では幼児期から戦後に至るまで、日記や手紙などの実物資料がいっぱいあった。まあきちんと読むまでの気は起こらなかったけど。それにしても没後60年近いというのに、ずいぶん残されている。映画界初の芸術院会員だっただけのことはある。初のカラー作品「彼岸花」では赤いヤカンが出てきて印象的だったが、小津が特注させたのかと思っていた。そうしたらスウェーデンのコクムス社製という。もうすでに廃業している会社らしいが。

 最近神保町シアターの原節子特集で、「晩春」「麦秋」「小早川家の秋」を見直した。「麦秋」は3度目だが、他の2本は若い時に見て以来何十年ぶり。「小早川家の秋」は宝塚映画で作った映画で伏見の酒造家の話だが、「晩春」「麦秋」は鎌倉が舞台になっている。北鎌倉駅も画面に出てくるし、電車内のシーンもある。両者とも原節子演じる「紀子」の結婚をめぐる話だが、今から見るとずいぶん「変」である。紀子はすでに「適齢期」を過ぎつつあるが、その背景には「戦争」がある。戦後4年目、6年目の映画なんだから、戦争の影があるのは当然だ。「晩春」では戦争中に病気をしていたが、ようやく回復したのである。

 鎌倉文学館から大仏までは徒歩15分程度。一度も行ったことがないので、寄ってみた。長谷寺も途中にあるが時間の関係で省く。大仏があるお寺は正式には高徳院という。大仏がいつ作られたか正確には判っていない。鎌倉初期には出来ていたらしく大仏殿もあった。何回か地震や津波の被害を受けているが、鎌倉期の貴重な仏像として国宝に指定されている。お土産屋も並んでいて、栄えている感じがする。観光客も多かったが、あまり見ないでバスで帰ってきた。本当は大仏の中にも入れるということだが。
  
コメント
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