尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「月の獣」-アルメニア人大虐殺を扱う劇

2015年10月10日 01時05分22秒 | 演劇
 「月の獣」という舞台劇が、上演されている。俳優座劇場プロデュース公演で、俳優座劇場(地下鉄六本木駅6番出口真前)で13日まで。これからの公演はすべて14時から。
 
 たった4人しか登場しないし、テーマも重くて大変な話だが、非常に心に残る舞台である。演出の栗山民也が素晴らしい力量の持ち主であるのはよく判っているけれど、あらためて感服するような出来映えとなっている。もっとも、それ以上にリチャード・カリノフスキーの戯曲が素晴らしい。この人はアメリカの劇作家だが、どういう人か検索しても判らない。前妻の祖父母がアルメニア移民で、その体験談を聞いたことから、この作品を書いたということだ。

 僕はテーマ的に関心があったのだが、ハーフチケットデーが旅行にかぶるので止めようかと思っていた。でも、久しぶりに招待券が当たったので、疲れていたけど見に行って、感動した。この問題については、2014年4月に「トルコ、アルメニア人虐殺に哀悼声明」を書いているので、虐殺事件に関してはこちらを参照。(ただし、トルコ情勢に関しては、その後劇的な変転があり、エルドアン大統領の出身母体の公正発展党が選挙で過半数を割り込んだ。しかし、連立内閣が組織できず、再選挙が予定されている。エルドアン大統領は7~8日に来日していた。)

 1921年のアメリカ、ミルウォーキー。大虐殺を逃れて、アメリカで写真屋を営む若いアラムは、アルメニア人の写真花嫁を呼び寄せる。だが、15歳の孤児、セタがやってくる。ついてから判るが、写真が違う人だった。アラムは厳格なキリスト教に従う家の出で、女は夫に服従するものと信じている。セタは都会に住む弁護士と教師の間の子で、歌や笑顔が絶えない家に育ち、最初の出会いはギクシャクする。アラムは夫婦は早く子どもを持つものとして、性交渉を迫るが、セタは逃げ回る。単に若いと言うだけでなく、夫の顔に「トルコ人が見えた」と言って恐怖に駆られる。姉が妹の自分をかばってレイプされ殺されたという過去があるのだ。

 こうして、人形を離さない幼い妻と、聖書の言葉を妻にぶつける若い夫の生活が始まる。夫は自分の一家の写真を、顔だけくり抜いて引き延ばして飾っている。父親のところに自分の顔を貼っていて、やがてその顔のくり抜きを自分の家族で埋めていくのが夢である。だが、なかなか子供に恵まれない。そんな中で、冒頭から登場していた老人が一体どういう役割の人間か、だんだんはっきりしてくる。子どものいないセタは、近所のストリート・チルドレンに食事を与えたりしていたのである。家族の虐殺という大惨事のサヴァイヴァーである二人は、果たして愛を育むことができるのだろうか。

 そんな劇の中で、あまりにも大きな悲劇を背負ってしまった人の人生異郷で生きることの意味があぶりだされてくる。移民(少数民族)の中には、家族の求心力を高めようと家父長的な伝統が強調されることが多くある。この劇のアラムも、アメリカで生きていく中で、自己の家族をモデルに「今はなきアルメニアの強い父親」を求め続ける。それがセタを傷つけ続けていくのである。単に「可哀そうな人々」による「反戦」や「人権」を求めるドラマではない。静かな生活を描きながら、傷ついた人々が相互にさらに傷つけあう様をリアルに描く。だけど、その中に「それでも救われた人生」に対する祝福が現れるのである。そのようなラストに僕はとても感動させられた。なお、題名はトルコ人が月食に際して、月に向って銃を撃つ風習のこと。1913年に起こった「月の獣」が、2年後にはアルメニア人に向けられた。

 このドラマを見ていて、どうしても連想してしまうのは、例えばナチスの収容所のユダヤ人やロマ人のこと、あるいはカンボジアやボスニアやルワンダで起こった出来事である。そして、今のシリア難民のことを。国連で安倍首相は「日本はシリア難民を受け入れないのか」と問われ、「移民を受け入れる前にやるべきことがある」と答えた。難民と移民の違いが判っていないという批判もあったが、僕が思うに、判っていてとぼけた答えをしているのだと思う。日本国民は何も問題にしないだろうと見越して。何という恥ずかしいことだろうと、いたたまれない思いがしたのだが、そんな日本でこそ、この劇が必要だと思う。今後、他の劇団でも取り上げるなどして欲しい戯曲である。
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