トム・プロジェクトプロデュース『おばあとラッパのサンマ裁判』(紀伊國屋ホールで9日まで)を見た。病み上がりでちょっと辛いが、そこが事前に予約している演劇鑑賞の大変さ。しかし、見たらあまりにもグッドタイミングなテーマに驚いた。これは60年代沖縄の話だが、「アメリカの不当な関税から故郷を守った」沖縄民衆の戦いを描いた芝居である。何十年も前の小さな事件のはずが、まさに今世界史的意味を持っているではないか。自らの辞書にある最も美しい言葉は「関税」だと公言するトランプ米大統領、それに対して国会で問われた石破首相は自分なら「ふるさと」だと答えていた。二人にも見て欲しいな。
柴田理恵が事実上の主演格の魚屋の女将、太川陽介が副主人公的な弁護士役。大和田獏も助演していてフロアは花輪でむせるような香りに包まれていた。そういうのは観劇ムードを高めるが、体調不良中なので「香害」だったかも。マツコ・デラックスや立川志の輔から柴田理恵、テレビ東京旅番組スタッフ一同から太川陽介など、目を引く花輪だった。
1960年代初め、それまで本土からのサンマ「輸入」に税金は掛かっていなかったが、突如琉球政府当局は課税することに改めた。そのため大損を被る糸満の魚商人玉城ウシ(柴田理恵)はおかしいと思って下里恵良弁護士(太川陽介)に相談する。そうすると米国民政府の布令ではサンマは課税対象に挙げられていないことが判った。それはおかしいとウシは今まで取られた税金の返金を求める裁判を起こしたのである。それは認められたのだが、今度は米側はサンマを対象に加える布令を出してきた。
ウシはひるまずさらに他の業者の裁判を支援していき、その主張は裁判で認められたが、今度は裁判管轄権を取り上げられてしまった。それまでは沖縄人が裁いていたのだが、今度は米側が直接裁くというのである。今までウシに自重を訴えていた新垣裁判官(大和田獏)も大いに悩んでついに闘いに参加する。こうして、「もうけが第一」を信条とするウシが起こした裁判が、沖縄の米軍統治を問う民衆運動に発展していくのだった。
このサンマ裁判は2021年に沖縄テレビ制作『サンマデモクラシー』という映画になった。翌年には書籍化もされている。当時も「埋もれた現代史」と紹介されていた。僕は沖縄現代史にそれほど詳しくはないけれど、仕事柄何冊かの本は読んできた。その中でこの裁判のことを聞いた覚えがなかった。近年になって「肝っ玉おばあ」の物語として再発見されたのである。「ラッパ」というのは、ほら吹きと言うことらしいが、当時の大手映画会社大映社長だった永田雅一のあだ名から付けられたと冒頭で自称している。ただの庶民だったウシが弟(鳥山昌克)や姪(森川由樹)とともに「成長」していく様が感動的だ。
僕はこのドキュメンタリー映画を見逃してしまって、今度初めてこの裁判を詳しく知った。なにより「おばあ」役の柴田理恵が圧倒的な存在感。太川陽介は難しい説明をセリフで行う弁護士役という役がどうかなと思ったけど、昨日が初演なので次第になじんでいくだろう。アフタートークがあったが、驚くべきことに太川陽介はセリフを「映像記憶」出来るんだという。そのため直前にセリフが代わると大変なんだという。作者の古川健は現代史を題材に近年多くの注目作を書いているが、実は初めて見た。演出日澤雄介。舞台は簡素な美術で、休憩なし1時間40分程度。まさにトランプ関税で世界が揺れる現在、是非。
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