尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「あのこは貴族」ー東京と地方、女性の「分断」

2021年03月22日 22時37分14秒 | 映画 (新作日本映画)
 映画「あのこは貴族」は事前予想を超えて面白い映画だった。現代日本の女性たちの「分断」を身に迫る痛さで描き出す。山内マリコ原作、岨手由貴子(そで・ゆきこ、1983~)監督・脚本、門脇麦水原希子という布陣で作り上げた女性映画の秀作だった。

 岨手由貴子監督の名前は知らなかった。ぴあフィルムフェスティバルで評価され、2015年に初の長編商業映画「グッド・ストライプス」が公開された。その作品で新藤兼人賞を受賞したというけれど、全然覚えてない。監督は金沢在住ということだが、原作者の山内マリコは隣の富山県出身である。水原希子演じる時岡美紀は富山県出身で、富山でロケされている。日本海側の冬は曇天が多く、東京の冬が毎日晴れているだけで世界が違うように感じてしまうものだ。

 2016年正月、高級ホテルで榛原(はいばら)家が会食している。華子門脇麦)だけが遅れている。到着した華子が一人なので、婚約者はと聞くとその日に別れたのだという。親は医者で、裕福な一家である。「箱⼊り娘」として育てられた華子は「結婚」を信じて疑わない。家族はお見合いを勧め段取りが進む。学生時代の友人もヴァイオリニストの逸子(石橋静河)以外は皆結婚している。華子はお見合いしたり、いろいろと結婚相手探しに奔⾛し、ついに義兄の会社の顧問弁護士、青木幸⼀郎高良健吾)と出会った。
(東京国際映画祭で、監督と主演者)
 一方、美紀は一生懸命勉強して慶応大学に合格した。一緒に合格した平田里英山下リオ)を含めて、「内部生」とお茶に行ったら、アフタヌーンティーが4200円で驚いてしまう。しかし、家の経済状態が悪化して学費が払えなくなり、自分で何とかすると夜の世界に踏み込む。結局退学するも、一度ノートを貸したことがある幸一郎に、夜の仕事で巡り会う。その後イベント業の仕事を紹介され、ヴァイオリンを弾いていた逸子と知り合う。その時美紀と幸一郎が親しいことに、逸子は気付いてしまった。

 以上、映画を見ていて後で判ったこともあるけれど、映画は二人を交互に描いていく。映画内で華子と美紀は二度会うことになる。一度目は逸子の仲介で。二度目は偶然華子がタクシーで見つけて美紀の家まで行く。美紀の家で東京タワーを見て、東京で始めた見た景色だと言う。華子の家は松濤(しょうとう、渋谷区)にあるのだ。美紀は故郷で開かれた同窓会で里英と再会し、故郷では居場所はなく起業するつもりだと言われる。一方、華子は順調に交際を続け青木家に紹介され、結婚したものの…。青木家は政治家の家系で幸一郎もやがて出馬するらしいと知らされる。
(華子と幸一郎の結婚式)
 こうして筋を書いても、この映画のヒリヒリするような感触は伝わらない。人は皆「枠組」にとらわれて生きていて、枠の外の世界を知らない。知らないから特に見下しているわけでもなく、単に世界が「分断」されている。地方は寂れていて、「東京」に憧れる。山内マリコ原作の「ここは退屈迎えに来て」という映画を見たことを思いだした。しかし、憧れの東京でも人はまた分断され、細分化された人生を送っている。その様子がシャープな映像で切り取られ、的確な編集と音楽で描かれていく。そんな中で、救いは華子には逸子が、美紀には里英がいたことだ。

 「富裕層」の生活をのぞき見ることも映画の楽しみではある。松濤に住む医者は富裕層だが、真のセレブではない。榛原家に比べれば、青木家はさらに上層である。だから青木家では、結婚前に榛原家を調査する。しかし、青木家も選挙に出る政治家を抱えているんだから、まだ本当のセレブではない。本当に豊かな階層は医者や弁護士で働く必要はなく、都心に住んでいるわけでもないだろうと思う。もっとも僕なんか、映画で出て来るレベルの階層とも会ったことがない。

 一方、美紀の方も中退したと言っても慶応に合格し、今は東京タワーが見えるマンションに住むんだから、ずいぶん「上」の方である。そんなにうまく行かなかった人の方が多いだろう。「花束みたいな恋をした」では調布市の駅から30分に住んでいる。23区を出ないと手が届かないのだ。東京の東側に行けばもっと安く住めるだろうが、大学が少ないから下宿も少ない。東京に住む若者のほとんどは「ジモッティー」である。たまに都心に行ったり、ディズニーランドに行くとしても、普段は世田谷とか練馬とか吉祥寺とかで完結した生活をしている若者が多い。

 そういうことは出て来ないので、「東京と地方」が対立関係に見えるけど、実は「東京」も「小さな地方」の集まりだ。そして「東京の中の地方」も「ムラ社会」である。セレブに見える榛原家や青木家もムラ社会を生きている。映画に出て来る人は皆悪人ではないけれど、幸せではないように見える。そこが日本の現実だ。
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