宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」は、2001年7月20日に公開され爆発的に大ヒットした。日本映画史上最高の興収額308億円を記録している。(2位の「君の名は。」は250億円。)興収ベストテンで宮崎作品が半数の5作品を占めている。観客動員数でも、2352万人で歴代1位である。(2位は「アナと雪の女王」。)作品的な評価も高く、ベルリン映画祭グランプリやアカデミー賞長編アニメーション映画賞を受賞するなど、世界的に評価が高かった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/15/2d/2b29c41085541cf6deeca81b4fef7c6f_s.jpg)
それも納得の素晴らしい出来映えで、「千と千尋の神隠し」は宮崎駿監督の最高傑作だろう。アニメーション技術が非常に高く、経費も時間も掛けられるようになったスタジオジブリの最高の達成である。もともと子どもを意識した企画だったこともあり、適度なセンチメンタリズムが見る者の心に響く。「トンネルの向こう」あるいは「橋の向こう」に「異界」があるという、ファンタジー映画の定番設定だが、誰の夢にも出てくるような懐かしさに満ちている。
「異界」に迷い込んだ親子のうち、両親はなんと豚に変えられてしまい、少女がその呪いを解くために闘うのである。ファンタジー的にはよくある成り行きだけど、傑作なのは迷い込んだ先の「油屋」という湯屋だ。ここは「八百万の神様」が疲れを癒やしにくるところなのである。訳が判らない設定だけど、日本の夏の高温多湿を知っていれば、神様だってお風呂に入りたいよねえと納得してしまう。そして少女「荻野千尋」は魔女の「湯婆婆」(ゆばーば)に名前を奪われて「千」という名になって支配されてしまう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/14/23/d4e532ac8d7ad4a0c990808ade383e40_s.jpg)
千は何故か助けてくれる「ハク」の協力で、湯屋で働くようになる。そして不思議な成り行きで、ハクが奪ってきたハンコ(魔女の契約印)を湯婆婆の双子の姉である銭婆(ぜにーば)に返しに行く。水の中の鉄道を行く場面は最高にロマンティックで情感にあふれていると思う。そして戻ってきて、「ハク」の本当の名前を突然思い出す。謎の少年にして、蛇の化身である「ハク」は、千尋が幼いときに落ちたことがあるコハク川の神様、「 饒速水小白主」(にぎはやみこはくぬし)だったのである。何だか全然判らないけど、感覚的に通じるものがある。
それはアニミズム的な感覚だろう。すべてのものに神が宿るという自然崇拝的な世界観である。「八百万の神」という発想は、そもそも多神教の文化だ。「もののけ姫」にも、そのような自然崇拝的な感性が見られたが、「千と千尋の神隠し」は子ども向けという枠を超えてアニミズム讃歌を繰り広げている。一神教文化の国でも受け入れられたのを見ると、世界の人々の心の奥には自然崇拝的な心性が残されているんだろう。
あまり図式的に理解する必要もないと思うけれど、「千」は「荻野千尋」の漢字表記を分解されてしまうことで支配される。日本では中国から「文明」を受け入れて、名前も中国の文字を幾つか組み合わせて作るのが普通である。アニミズムの世界に「文明」がやってきて、名前を通して支配される。そのような歴史を象徴するような感じがする。主な舞台となる「油屋」は、地下にボイラー室があって各室に湯を供給している。その様子は一種のお城的だけど、今までの作品にある「都市国家」とまでは言えない。細部に至るまで「日本的な感覚」で作られた作品だと思う。
なお、最初に両親は「つぶれたテーマパーク」かと思って廃墟の街に入り込む。かつてバブル時代にあちこちに作られたテーマパークは、20世紀末からどんどん潰れていった。実際に日本のあちこちに、潰れた観光施設や温泉旅館、リゾートホテルの廃墟が存在する。自由に入り込めるところは基本的にはないけど、外から見ると時間の流れ、諸行無常を感じるものだ。そんな場所が「異界」に通じているという感覚は多くの人に通じると思う。
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それも納得の素晴らしい出来映えで、「千と千尋の神隠し」は宮崎駿監督の最高傑作だろう。アニメーション技術が非常に高く、経費も時間も掛けられるようになったスタジオジブリの最高の達成である。もともと子どもを意識した企画だったこともあり、適度なセンチメンタリズムが見る者の心に響く。「トンネルの向こう」あるいは「橋の向こう」に「異界」があるという、ファンタジー映画の定番設定だが、誰の夢にも出てくるような懐かしさに満ちている。
「異界」に迷い込んだ親子のうち、両親はなんと豚に変えられてしまい、少女がその呪いを解くために闘うのである。ファンタジー的にはよくある成り行きだけど、傑作なのは迷い込んだ先の「油屋」という湯屋だ。ここは「八百万の神様」が疲れを癒やしにくるところなのである。訳が判らない設定だけど、日本の夏の高温多湿を知っていれば、神様だってお風呂に入りたいよねえと納得してしまう。そして少女「荻野千尋」は魔女の「湯婆婆」(ゆばーば)に名前を奪われて「千」という名になって支配されてしまう。
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千は何故か助けてくれる「ハク」の協力で、湯屋で働くようになる。そして不思議な成り行きで、ハクが奪ってきたハンコ(魔女の契約印)を湯婆婆の双子の姉である銭婆(ぜにーば)に返しに行く。水の中の鉄道を行く場面は最高にロマンティックで情感にあふれていると思う。そして戻ってきて、「ハク」の本当の名前を突然思い出す。謎の少年にして、蛇の化身である「ハク」は、千尋が幼いときに落ちたことがあるコハク川の神様、「 饒速水小白主」(にぎはやみこはくぬし)だったのである。何だか全然判らないけど、感覚的に通じるものがある。
それはアニミズム的な感覚だろう。すべてのものに神が宿るという自然崇拝的な世界観である。「八百万の神」という発想は、そもそも多神教の文化だ。「もののけ姫」にも、そのような自然崇拝的な感性が見られたが、「千と千尋の神隠し」は子ども向けという枠を超えてアニミズム讃歌を繰り広げている。一神教文化の国でも受け入れられたのを見ると、世界の人々の心の奥には自然崇拝的な心性が残されているんだろう。
あまり図式的に理解する必要もないと思うけれど、「千」は「荻野千尋」の漢字表記を分解されてしまうことで支配される。日本では中国から「文明」を受け入れて、名前も中国の文字を幾つか組み合わせて作るのが普通である。アニミズムの世界に「文明」がやってきて、名前を通して支配される。そのような歴史を象徴するような感じがする。主な舞台となる「油屋」は、地下にボイラー室があって各室に湯を供給している。その様子は一種のお城的だけど、今までの作品にある「都市国家」とまでは言えない。細部に至るまで「日本的な感覚」で作られた作品だと思う。
なお、最初に両親は「つぶれたテーマパーク」かと思って廃墟の街に入り込む。かつてバブル時代にあちこちに作られたテーマパークは、20世紀末からどんどん潰れていった。実際に日本のあちこちに、潰れた観光施設や温泉旅館、リゾートホテルの廃墟が存在する。自由に入り込めるところは基本的にはないけど、外から見ると時間の流れ、諸行無常を感じるものだ。そんな場所が「異界」に通じているという感覚は多くの人に通じると思う。
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