『拳(けん)と祈り 袴田巌の生涯』というドキュメンタリー映画を見た。ホントはどうしようかなと悩んだんだけど、やっぱり見ようかと思った。見たら非常に「面白い」映画で、見逃さなくて良かった。袴田事件については今まで何度も書いてきたから、やはり見ておきたい。だけど、なんで悩んだかというと、すごく長いのである。159分もあって、2時間半を越える。最近長い映画を見ると、途中でトイレに行きたくなるし、腰も痛くなる。もちろん袴田事件が進行中なら支援の意味で見なければならない。でも周知のように、長い再審が終わって無罪が確定したのである。もう見なくても良くないか?
多分そう思う人も多いかなと思って最初に書いたけど、冤罪事件を扱う「社会派」映画であるだけでなく、「袴田巌」という人間の不思議に迫る人間追求映画だった。映画は再審段階で開示された「録音テープ」を流して、冤罪を作り出す取り調べを告発している。だがそれ以上に袴田さんに密着する映像が多い。それが非常に興味深くて、見ていて退屈しない。「袴田巌」という人物を、我々は名前としては知っている。でも実際に一緒に暮らしているわけではないし、身近に接してきたわけでもない。映画は再審請求が認められ、「著しく正義に反する」として、死刑囚から突然釈放された2014年時点から、ずっと密接取材をしている。
監督の笠井千晶氏は大学卒業後に静岡テレビに入社し、2002年から姉の袴田秀子さんの取材を続けてきた。その後、退社、留学、中京テレビ勤務、フリーになったという経歴だが、その間もずっと取材してきたようだ。特に釈放当日の車に秀子さんや小川秀世弁護士などと同乗している。東京のホテルに泊まった様子も記録されている。袴田巌さんは獄中で「拘禁反応」により心を病んで、一時は姉の面会も拒否する状態だった。釈放直後も能面のように現実と遮断されたような様子をしている。秀子さんの長年の苦労には本当に頭が下がる。90歳前後の日々なのである。(もう一人の姉も出て来る。)
袴田巌さんは結局今に至るも正常に戻っていないが、その間に次第に「冤罪」と語るようになり、「死刑は良くない」と語る。ボクシングのことも語るようになっていく。当初は一日中部屋を歩き回っていたが、その後姉と同居した浜松市で町を歩き回るようになった。健康にための散歩というよりも、もう「巡察」と呼んだ方が良いぐらいである。カトリックでありながら、目につく寺社には賽銭を投げて祈る。小銭を子どもにあげたり、花の根本に置く。パンが大好きで、何個も買い込んだりする。
実に不思議なんだけど、その合間に再審の進展、事件内容、そして本人の生涯が振り返られる。この過去の写真(国体のボクシングに出た時など)に初めて見るものが多く貴重。特にプロボクサー時代の話が興味深い。当時を覚えている人がまだいて、タフなファイターだったことが語られる。アメリカのボクサーでやはり冤罪に巻き込まれたハリケーン・カーターとの交流は心に残る。先に冤罪を晴らし、その後ガンの闘病を続けたハリケーンは、2014年に袴田さんの釈放の報を聞いてから亡くなった。
袴田事件そのものは、再審無罪判決、検察側の控訴断念、無罪確定によって、1966年の事件発生58年経ってようやく終わった。しかし、袴田巌さんの精神は破壊されたままである。何とか日常生活を送っているものの、やはり「フシギ感」は残っている。それは冤罪そのものにもよるけれど、何と言っても「死刑制度」がもたらしたものだと思う。近くの房にいた死刑囚が執行されるのを知れば、次は自分かと恐怖に駆られるのも当然だ。次に死刑制度も問わないといけない。
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