尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「リベラル」のジレンマ、カマラ・ハリスはなぜ負けたのか②ー2024米大統領選②

2024年11月10日 21時54分50秒 |  〃  (国際問題)

 カマラ・ハリスの選挙運動には、日本人なら「既視感」があったのではないか。それは都知事選の蓮舫候補である。仲間内では盛り上がっているように見えて、結局肝心なところで有権者をつかみ損なったのである。最終盤でレディ・ガガが登場したり、一見有名人が集結して盛り上がったように見えたが、それで取り込めない層があったということだ。

 しかし、カマラ・ハリスだけを責めるわけにもいかない。結局「予備選」を行わずに大統領候補になったことが致命的だった。バイデン大統領の撤退決断が遅すぎたのである。第1回目の候補者討論会まではバイデンだったが、その時の結果が悪すぎて、このままでは負けるという懸念が強くなった。本来なら前回出馬の時に「自分は1期」と明言するべきだった。

(ヒスパニック系の支持率)

 今回ではっきりしたのは、ここしばらく民主党支持で固定していた「マイノリティ」票が、必ずしも民主党に結集しなくなったという現実である。今のところ、黒人票はやはりハリス候補が圧倒的に多いけれど、特に男性の場合トランプ支持も珍しくなくなった。ハリス候補の母方であるインド系など、男性の場合にはトランプ支持の方が多いという調査がある。

(激戦7州の支持率)(2020年選挙の支持率)

 上記画像は最初が今回の激戦7州の人種別、性別の支持率である。後者が2020年の全米規模の人種別、性別の支持率で、調査対象が違うので、厳密な比較ではない。また前者の調査ではハリス優勢になっていて、今回もやはり「隠れトランプ」があったのかと思う。それを見ると、黒人男性は71:22、黒人女性は82:11で、ハリス支持が圧倒している。ところが前回の調査では、黒人男性は79:16、黒人女性は90:5だったので、調査対象が違うとは言えトランプ支持者が黒人にも増えている。

 ラティーノ(ヒスパニック)の場合はもっと顕著で、2020年に男性が59%、女性が69%が民主党支持だったのに、今回は男女合わせて、56:38までトランプが迫っている。アジア系も同様である。なぜ民主党は「マイノリティ」票の取り込みに失敗したのか。そもそもアメリカ政治で民主党が人種的なマイノリティ票に強いという現象は、そんなに昔からのことではない。

 奴隷解放宣言を発したリンカーンは共和党所属だった。その後紆余曲折へ経て、20世紀半ばにフランクリン・ルーズベルト大統領による「ニューディール連合」が成立した。1930年代から1970年代にかけ、労働組合、知識人、ブルーカラー労働者、南部農場経営者など様々な階層を民主党支持で幅広くまとめたのである。しかし、内部的な矛盾は大きくて、例えば人種差別主義者の元アラバマ州知事ジョージ・ウォレスは民主党だったのである。(1968年大統領選にはアメリカ独立党から出馬した。)

 60年代の「公民権運動」を経て、黒人層の場合、公民権法を成立させた民主党への支持が圧倒的になった。いわば「恩義」があって、それに応えて投票し続けて来たと言っても良い。一方、60年代の「混乱」に眉をひそめた白人富裕層は、ニクソン、レーガンなどの「法と秩序」に結集した。70年代以前はラテン系、アジア系は数も少なく、アメリカ政治の枠外に置かれていた。しかし、白人富裕層中心の政治から落ちこぼれる黒人以外のマイノリティ票も、民主党に結集せざるを得なかった。

 民主党の「リベラル」イメージは、このように20世紀末からのものと言える。人種ばかりでなく、性別や性的指向の差別も「良くない」ということで、「リベラル」な法制度への改革が民主党のもとで進んだ。その結果、リベラル改革(「妊娠中絶」や「同性婚」など)に教義解釈上強く反対する「キリスト教右派」は、共和党への支持を強めていった。

(「鍵握る」と呼ばれたアラブ票)

 人種や性別などで人生が左右されるのは、もちろん間違っている。だから、「リベラル」な社会は望ましいわけだが、「リベラル社会」が一定程度実現すると、今度は別の要因が浮上する。インド系男性がインド系でもあるハリスではなく、トランプ支持者の方が多かったのは、そもそもインド系移民は被差別の歴史性を負っていない(少ない)からだろう。IT技術者として高額所得者であるインド系男性なら、トランプの方が身近に思えても不自然ではない。

 アラブ系の場合はイスラム教なんだから、同性婚などには反対の人が多いだろう。もちろん母国で性的指向によって迫害され逃れてきた人もいるだろう。しかし、一般的に言えば、アラブ系移民は保守的で、家父長制意識が濃厚な人も多いはずだ。それは基本的にカトリックであるラテン系住民にも言える。「差別される」という一点では団結できても、ある程度アメリカ社会に受け入れられれば、今度はもともとの保守的価値観が表れてくるわけだ。

 マイノリティ社会が母国から持ち込まれた保守性を維持するというのは、南米の日系移民でもあったし、日本のコリアン社会でも見られる。「リベラル」は「異文化に寛容」ということになっていて、それらマイノリティ社会内部の保守性を批判しにくい。リベラルな社会が実現すればするほど、マイノリティが経済的に上昇し、白人富裕層に似た価値観を持つようになる。

 これは組織労働者やブルーカラー労働者にも言えることで、過去のなじみ、昔からの恩義ではもはや票をつなぎ止められない。「自由」を存在価値にする「リベラル」は強引な票の取り込みも難しい。21世紀リベラル政治のジレンマが、今回のハリス陣営には付きまとったのではないか。28年大統領選がどうなるかはまだ全く見通せないが、共和党がラテン系女性、民主党が白人男性というケースになっても全く不思議ではない。「初の女性大統領」は共和党から誕生するのかもしれない。


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