ダニス・タノヴィッチ監督の2作品「汚れたミルク」と「サラエヴォの銃声」が新宿のシネマ・カリテで上映されている。どっちも社会派的作品だけど、それぞれ別種の重みがある。それに応じて、「映画の作り」にそれぞれ特別の工夫があるのも見どころ。非常に面白い、よく出来た映画だと思う。あまり長くないのもいい。「汚れたミルク」は4月7日まで。上映時間は2本続けて見られる設定になっている。
かつて行われた「粉ミルク・キャンペーン」を覚えているだろうか。粉ミルクの世界的メーカー、ネスレのボイコットで知られた。ずいぶん前のことで、確かアフリカの話だったような気がする。調べてみたら、1977年から始まったという。「汚れたミルク」という映画は、パキスタンを舞台にしている。時代は1994年である。設定を変えたのかと思ったら、アフリカで70年代に起こっていたことが、アジアでは80年代、90年代に問題になったのだという。それは知らなかった。
粉ミルクの問題というのは、多国籍企業が粉ミルクを売りまくって、それを飲んだ乳児が下痢などで多数が死んでしまう問題である。母親が汚れた水を使ったり、薄めて飲ませることで、下痢、栄養不足が起こる。水道が整備されていない状況を知りながら、メーカーは医師たちに接待して売りまくる。急激に近代化する貧困国では、母親の栄養状態も悪く母乳で育てられない場合もあるだろう。また、先進国への憧れから、巨額の宣伝費をかけるメーカーを子どもに与えたいと思う母親もいる。
会社側は汚れた水を使った使用者側の自己責任だというだろう。この映画も、ネスレの反対にあい、2014年製作なのに、日本が世界初公開なんだというからビックリである。だから、この映画も一瞬だけ「ネスレ」と言った後、問題があるから「ラスタ」に変えようという。どういうことかというと、粉ミルク問題を告発したパキスタンのセールスマンがいる。彼のドキュメント映画を作るという企画を記録しているという体裁の劇映画、という複雑な構造になっているのである。だから、本当の再現映像で「ネスレ」と出した後、法的なアドバイザーが名前を変えた方がいいという。そこで「ラスタ」にするという、そういうシーンを撮るわけである。このねじれた作り方も面白い。
セールスマンのアヤンは大学中退ながら有能で、医師に食い込んでいく。その営業シーンも興味深いけど、皆がネスレのお菓子などを配ると喜んで受け取っていくのが印象的である。妻や父親が告発者になったアヤンをずっと支えるのも感動的。ネットでつないで、今はカナダにいるアヤンに確認を取る、その再現映像という構造の映画だけど、判りにくいということはない。きびきびしたカット割りで、映画のリズムがいい。終わったかと思った問題が、世界的にはまだ続いているという告発も重大だ。
ダニス・タノヴィッチ(1969~、Danis Tanović)は、ボスニア・ヘルツェゴビナの人である。アカデミー賞外国語映画賞の「ノー・マンズ・ランド」(2001)というボスニア戦争を描いた映画で有名になった。ベルギーやフランスで映画を作ってきたが、最近はボスニアに戻っているという。「汚れたミルク」は問題を知って映画を作ったけれど、「サラエヴォの銃声」はボスニアの首都サラエヴォを舞台にしている。
1914年、サラエヴォで起こった事件が世界を変えた。第一次世界大戦の引き金となったオーストリア皇太子夫妻暗殺事件である。2014年、その100年目の年が来た。それを記念して、ベルリン・フィルの公演やフランスの思想家ベルナール=アンリ・レヴィの書いた一人芝居「ホテル・ヨーロッパ」が上演されたという。その日、6月28日、16時40分からの85分間を描いている。
その劇で実際に主演したフランスの俳優ジャック・ウェベールが、この映画にも出ている。そして「ホテル・ヨーロッパ」にチェックインする。このホテルは架空のもので、実際は旧ホリデー・インで撮影されたという。そこは1984年のサラエヴォ冬季五輪の時に作られたホテルなんだそうだ。そのホテルの屋上では、特別な日を記念する歴史番組を録画している。女性ジャーナリストが様々な人にインタビューする趣向で、歴史的な説明を映画内で判りやすくやっている。
同時にホテルは経営危機に陥っていて、従業員はこの日に合わせてストを計画中である。ストをさせないよう奔走する支配人と、従業員側の攻防。屋上では暗殺者ガヴリロ・プリンツェプと同名の、子孫と称する人をインタビューしている。彼は銃を持って現れ、今もなおセルビア人側の主張を繰り広げ、インタビュアーの女性と大論争になる。ここではボスニア戦争だけでなく、第一次、第二次大戦時をどう見るかも、血が出るテーマなのである。現代史のすべてはつながっている。
いわば「グランド・ホテル形式」でサラエヴォの歴史と現在を描くという、とても面白い映画である。しかも、セルビア人の主張を繰り広げるプリンツェプ役を演じるのは、ムハマド・ハジョヴィッチという人でボシュニャク人(オスマン帝国時代にムスリムのなった人の系譜)である。一方、その逆の配役もあって、現実は複雑に絡み合っている。そんなことまで知らなくても、いろんなことがテキパキと語られていく様子が面白い。なかなか他国では測りがたい複雑な現代史だが、とても面白い映画だった。ホテル内をカメラが動き回るが、その動きもあまり気にならない。見ごたえがある2本だった。
かつて行われた「粉ミルク・キャンペーン」を覚えているだろうか。粉ミルクの世界的メーカー、ネスレのボイコットで知られた。ずいぶん前のことで、確かアフリカの話だったような気がする。調べてみたら、1977年から始まったという。「汚れたミルク」という映画は、パキスタンを舞台にしている。時代は1994年である。設定を変えたのかと思ったら、アフリカで70年代に起こっていたことが、アジアでは80年代、90年代に問題になったのだという。それは知らなかった。
粉ミルクの問題というのは、多国籍企業が粉ミルクを売りまくって、それを飲んだ乳児が下痢などで多数が死んでしまう問題である。母親が汚れた水を使ったり、薄めて飲ませることで、下痢、栄養不足が起こる。水道が整備されていない状況を知りながら、メーカーは医師たちに接待して売りまくる。急激に近代化する貧困国では、母親の栄養状態も悪く母乳で育てられない場合もあるだろう。また、先進国への憧れから、巨額の宣伝費をかけるメーカーを子どもに与えたいと思う母親もいる。
会社側は汚れた水を使った使用者側の自己責任だというだろう。この映画も、ネスレの反対にあい、2014年製作なのに、日本が世界初公開なんだというからビックリである。だから、この映画も一瞬だけ「ネスレ」と言った後、問題があるから「ラスタ」に変えようという。どういうことかというと、粉ミルク問題を告発したパキスタンのセールスマンがいる。彼のドキュメント映画を作るという企画を記録しているという体裁の劇映画、という複雑な構造になっているのである。だから、本当の再現映像で「ネスレ」と出した後、法的なアドバイザーが名前を変えた方がいいという。そこで「ラスタ」にするという、そういうシーンを撮るわけである。このねじれた作り方も面白い。
セールスマンのアヤンは大学中退ながら有能で、医師に食い込んでいく。その営業シーンも興味深いけど、皆がネスレのお菓子などを配ると喜んで受け取っていくのが印象的である。妻や父親が告発者になったアヤンをずっと支えるのも感動的。ネットでつないで、今はカナダにいるアヤンに確認を取る、その再現映像という構造の映画だけど、判りにくいということはない。きびきびしたカット割りで、映画のリズムがいい。終わったかと思った問題が、世界的にはまだ続いているという告発も重大だ。
ダニス・タノヴィッチ(1969~、Danis Tanović)は、ボスニア・ヘルツェゴビナの人である。アカデミー賞外国語映画賞の「ノー・マンズ・ランド」(2001)というボスニア戦争を描いた映画で有名になった。ベルギーやフランスで映画を作ってきたが、最近はボスニアに戻っているという。「汚れたミルク」は問題を知って映画を作ったけれど、「サラエヴォの銃声」はボスニアの首都サラエヴォを舞台にしている。
1914年、サラエヴォで起こった事件が世界を変えた。第一次世界大戦の引き金となったオーストリア皇太子夫妻暗殺事件である。2014年、その100年目の年が来た。それを記念して、ベルリン・フィルの公演やフランスの思想家ベルナール=アンリ・レヴィの書いた一人芝居「ホテル・ヨーロッパ」が上演されたという。その日、6月28日、16時40分からの85分間を描いている。
その劇で実際に主演したフランスの俳優ジャック・ウェベールが、この映画にも出ている。そして「ホテル・ヨーロッパ」にチェックインする。このホテルは架空のもので、実際は旧ホリデー・インで撮影されたという。そこは1984年のサラエヴォ冬季五輪の時に作られたホテルなんだそうだ。そのホテルの屋上では、特別な日を記念する歴史番組を録画している。女性ジャーナリストが様々な人にインタビューする趣向で、歴史的な説明を映画内で判りやすくやっている。
同時にホテルは経営危機に陥っていて、従業員はこの日に合わせてストを計画中である。ストをさせないよう奔走する支配人と、従業員側の攻防。屋上では暗殺者ガヴリロ・プリンツェプと同名の、子孫と称する人をインタビューしている。彼は銃を持って現れ、今もなおセルビア人側の主張を繰り広げ、インタビュアーの女性と大論争になる。ここではボスニア戦争だけでなく、第一次、第二次大戦時をどう見るかも、血が出るテーマなのである。現代史のすべてはつながっている。
いわば「グランド・ホテル形式」でサラエヴォの歴史と現在を描くという、とても面白い映画である。しかも、セルビア人の主張を繰り広げるプリンツェプ役を演じるのは、ムハマド・ハジョヴィッチという人でボシュニャク人(オスマン帝国時代にムスリムのなった人の系譜)である。一方、その逆の配役もあって、現実は複雑に絡み合っている。そんなことまで知らなくても、いろんなことがテキパキと語られていく様子が面白い。なかなか他国では測りがたい複雑な現代史だが、とても面白い映画だった。ホテル内をカメラが動き回るが、その動きもあまり気にならない。見ごたえがある2本だった。
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