尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

ネタニヤフは「ヒトラー」なのかーむしろ「プーチン」だろう

2024年01月02日 22時16分33秒 |  〃  (国際問題)
 「ガザ戦争」について、あるいは「ハマス」や「イスラエル」をどう評価するか。問いが大きすぎて、なかなかまとまって書く気が起きないまま年を越してしまった。そこでここでは、年末に起こったトルコ大統領エルドアンイスラエル首相ネタニヤフの「口論」をもとに、この問題を違った観点から考えてみたい。
(左=ネタニヤフ、右=エルドアン)
 12月27日、エルドアン大統領はトルコの首都アンカラで開かれた式典で演説した。そこでイスラエルによるガザ地区への軍事作戦に関して「イスラム教徒としてわれわれはこの弾圧を止められないことを恥じている」と述べた。そして、さらに「ネタニヤフのしていることはヒトラーがしたことと何か違うのか。いや、何ら変わらない」と主張したという。ユダヤ人を虐殺したナチス・ドイツのヒトラーと比べるというのは、イスラエルの指導者にとって最大の侮辱と言えるだろう。
(エルドアン大統領)
 これに対しイスラエルのネタニヤフ首相は「クルド人を虐殺し、政権に批判的な記者を投獄するエルドアンがわれわれに道徳を説けるはずがない」と強く反発した。そして「イスラエル軍はエルドアンが称賛する残忍なテロ組織、ハマスと戦っている」と主張したという。エルドアンの所属する「公正発展党」は、その前身の「福祉党」「美徳党」以来イスラム政党色は薄めているが(世俗主義を国是とするトルコ共和国ではあからさまな宗教政党は結成できない)、本質的にスンナ派の「ムスリム同胞団」との類似性が強い。「ハマス」はムスリム同胞団の組織だから、ガザ地区が大規模な攻撃を受けるたび、トルコは支援を続けてきた。
(ネタニヤフ首相)
 この「口論」に関しては、どっちもどっちというか、イスラエルにもトルコにも問題があるというしかないだろう。ただし、一番最初の「ネタニヤフがしていることはヒトラーと何が違うのか」というのを、マジメな歴史学上の疑問と考えるならば、大きな違いがあると言うしかない。ナチス・ドイツは戦場から多くの捕虜を強制的に連行してきたが、イスラエルはガザ住民を捕虜にしているわけではない。住民の生命を軽視するムチャな攻撃を続けているという意味でイスラエルは非難されるべきだが、それは戦争をしている指導者にはおおよそ当てはまる。

 イスラエルは一党独裁体制になっているわけじゃやないし、国内で人質解放を優先せよという反政府デモはひんぱんに起こっている。アラブ諸国でこれほど自由なデモが許されている国はないだろう。その意味で「ネタニヤフはヒトラーとは言えない」ということになる。だけど、エルドアン大統領も厳密にネタニヤフがヒトラーと同じだと言ってるのではなく、「歴史的に極悪認定を受けているリーダー」を引き合いに出しているだけだろう。それに対し、ネタニヤフ首相もトルコ内の言論弾圧というトルコが触れられたくない部分を指摘した。イスラエルの方が民主主義社会だと言いたいのだろう。

 ナチスによる虐殺を経験したイスラエルが、なぜガザ地区で住民を虐殺するのか。そういう問いを発する人が結構いるけど、それはむしろ「よくあること」だと思う。イスラエル国民には、歴史的経験から「自国の安全」を何よりも重視する心性が強い。それは中国共産党政権が何よりも「国家の統一」を重視して、国民の人権をないがしろにする姿勢にも通じる。日本社会だって、例えば先輩にいじめられた後輩たちが、自分が先輩になったら今度は率先して後輩をいじめるなんて、珍しいことじゃない。ナチスによる極限的な虐殺を受けたからこそ、イスラエル国民は周囲のアラブ人を信用できず「共生」より「弾圧」を選ぶのだろう。

 ところで、ネタニヤフ首相と最も似ているのは、何も歴史をさかのぼって探す必要などない。クリスマスも正月もなく(まあ、暦自体が違っているわけだが)、戦争を持続する無慈悲な指導者なら同時代にいるではないか。もちろんロシアのプーチン大統領である。トルコはNATOの一員ではあるが、ロシアとの関係も深い。ウクライナとロシアの和平を模索する立場でもあり、プーチンを引き合いに出す発想がないんだろう。でも客観的に見れば、イスラエルとロシアは似たことをしている
(ナゴルノ・カラバフから避難する人々)
 また、もう一つ重大な問題がある。それは「ナゴルノ・カラバフ」問題の無視である。マスコミの10大ニュースなどでも取り上げられていない。アゼルバイジャンのナゴルノ・カラバフ地区で、多くの人命が失われるなどの人道危機が起きなかったからである。それは「自発的」に10万人近くの人々がアルメニア本国に避難したからだ。ナゴルノ・カラバフに住んでいたアルメニア系住民は古くから住み着いていた人々で、近年になって移住してきたわけではない。これほどキレイさっぱりと「民族浄化」が実現したことは歴史上ないのではないか。その結果、世界はこの問題を忘れている。

 アゼルバイジャンが戦争に完勝したのは、紛れもなくトルコの支援のおかげである。イスラエルがトルコを批判したいならば、この問題を取り上げれば良かったのに。イスラエルでも忘れられているのだろうか。世界各国の指導者が他国を批判する場合、大体は批判している側の国にも問題があることが多い。そう考えれば間違いないだろう。

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