尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画『チネチッタで会いましょう』、イタリアの巨匠ナンニ・モレッティの新作

2024年11月26日 22時17分10秒 |  〃  (新作外国映画)

 イタリア映画が好きなので、1996年にベストワンになった『イル・ポスティーノ』4Kデジタル・リマスター版を見に行ってしまった。物語だけじゃなく、風景も音楽も心に沁みる名作だが、まあここでは書かないことにする。(名作の評価は定着しているので、見てない人はどこかで見て欲しい。)続いて公開されたばかりのナンニ・モレッティ監督『チネチッタで会いましょう』も早速見に行って、すごく面白かった。内容も語り口も映像も、この監督ならではの洒脱さで感じるところが多い。

 ナンニ・モレッティ(1953~)は若くして世界の映画祭で認められ、『息子の部屋』(2001)がカンヌ映画祭パルムドールを受賞した。一昨年に『ナンニ・モレッティ監督『3つの鍵』『親愛なる日記』を書いたが、1994年カンヌ映画祭監督賞の『親愛なる日記』はとても面白かった。イタリアには社会的テーマに果敢に挑むマルコ・ベロッキオのような監督もいるが、ナンニ・モレッティは自分で主演した「私映画」的な作品で知られている。今回の『チネチッタで会いましょう』も自分で映画監督ジョヴァンニを演じて、まさに映画の中で映画製作を行っている。チネチッタはローマ郊外にあるイタリア最大の撮影所。

 ジョヴァンニは妻がプロデューサーを務め、40年間夫婦で映画を作ってきた。今回の映画は1956年のハンガリー事件当時のイタリア共産党をテーマにしている。共産党機関誌「ウニタ」編集長がいる「アントニオ・グラムシ支部」では、ハンガリー事件さなかにハンガリーのサーカスを呼んで公演が始まるところ。イタリア共産党は西欧最大の党員数を誇ったが、事前ミーティングでは若い俳優から「イタリアにも共産党があったんですか」などと言われる。共産党はロシアだけじゃないのと言うから、イタリアには200万の党員がいたと答えると、イタリアにロシア人が200万人もいたんですかなどと言われる。

(ジョヴァンニと妻)

 ジョヴァンニはどうも自分を抑えられず、わがまま気味のようである。妻が他の人と話していると平気で割り込む。何事も決めつけている。若い人ともズレ始めている。(もっともイタリア共産党をめぐる先のセリフは笑えるエピソードなんだろうが。)そういう夫に妻は自分の考えを言えず、長い間ストレスを溜め込んできた。実はカウンセラーに通い始めていて、妻は離婚を望んでいる。映画音楽を担当している娘もどうやら彼氏が出来た様子。夫婦で会いに行ったら、そこはポーランド大使館だった。そこで大分年上の男を紹介されるが、本人どうしは仲良くやってるようだ。

 監督の映画の方は、党員を演じる主演女優が暴走気味で、突然年長の編集長にキスしたりする。脚本にない芝居をするなと言うと、カサヴェテスとジーナ・ローランズはもっと自由に映画を作ってきたと反論する始末。その上フランス人プロデューサーが詐欺師だったことが判明し、製作資金が底をつく。そこでNetflixに出資を仰ぐと、テーマが地味でもっと引きつける脚本じゃないと言われる。「私たちは190か国で見られているんです」と言われてオシマイ。撮影中止かと思われる時に、なんと韓国人が出資して製作再開になるのだった。ここが興味深く、韓国の映画産業の活況ぶりがうかがえる。

(Netflixと交渉するが)

 かつて日本でも左翼文化団体がソ連、中国などの「文化使節」を招待することがあったが、イタリアでもどうやら共産党が「社会主義国」ハンガリーとの文化交流でサーカスを呼んだらしい。しかし、本国の動乱発生で彼らは気もそぞろ、ついにハンガリーの自由のためにとストライキを始める。一方、主演女優演じる党員は起ち上がって、イタリア共産党は自由を求めるハンガリー市民に連帯すると宣言する。しかし、共産党の正式な対応は「(ハンガリーに侵攻した)ソ連支持」だった。

 妻は初めて夫以外の監督のプロデューサーをしているが、ジョヴァンニはクランクアップ直前に訪れて撮影をストップさせ暴力描写は良くないとぶつ。もういい加減ウンザリした妻はついに家を出て独り立ちする。若い世代とは話が通じないし、家庭もゴチャゴチャ。ジョヴァンニの生活は公私ともに多難だが、自分の映画のラストでも意に反してソ連支持の機関紙を作ってしまった編集長は自殺を選ぶ。というところで、自分でもこの結末に納得出来なくなる。

(ラストの大行進)

 そして何も映画は現実通りじゃなくていいじゃないかとタランティーノ的覚悟を決めて、編集長はハンガリー支持の紙面を作ってしまう。ラストは関係者全員が大行進するというまさにフェリーニ的結末に至る。(僕はあえて「1964年の東京五輪閉会式のように」と表現したい気がする。)そしてイタリア共産党は真に人民の党として活動し続けたと字幕が出るが、これはもちろんフェイク。イタリア共産党はその後マルクス主義を放棄し、「ユーロコミュニズム」と呼ばれた。冷戦崩壊後の1991年には「左翼民主党」に改名、その後ただの「民主党」となった。納得しない左派は「共産主義再建党」などを作るが小勢力。

 そういう戦後史の流れを知っていて、グラムシやトリアッティ(当時の書記長で、映画に登場する)などの名前を知ってる方が面白いだろう。またジャック・ドゥミ『ローラ』やフェリーニ『甘い生活』が引用される他、「スコセッシに電話する」なんてセリフもある。様々な映画の話題も出て来るし、当時のヒット曲を歌ってミュージカルみたいになるシーンも。ジョヴァンニも歌謡映画を作ってみたいなどと言っている。そんな小ネタも面白いんだけど、ここまでやるか的な自虐的イタさを監督自身が主演していることの面白さ。好き勝手に生きてきて、今初めて自分がかなり傍迷惑な存在と気付かされた人生。いや、面白かった。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 原武史『象徴天皇の実像 「... | トップ | 中国新聞「決別金権政治」取... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

 〃  (新作外国映画)」カテゴリの最新記事