第13回を迎える「戦争の記憶と記録を語り継ぐ映画祭」が今年は渋谷のシネマヴェーラ渋谷(ユーロスペースのあるビル4階)で始まった。今までは見てる映画が多くて行ってない年が多いが、今年は「家族たちの戦争」をテーマにほとんど見てない映画が並ぶ。しかもトークショーが幾つも企画されている。今日は公開時に見ているんだけど、非常に上映機会が少ない『花物語』(堀川弘通監督、1989)を再見してきた。主演の高橋惠子のトーク付きである。
千葉県の房総半島南部は南房総国定公園に指定されている景勝地域である。普通の観光地の人気シーズンは夏や春秋なんだけど、ここは2月頃に一番観光客が訪れる。花の栽培が盛んな地域で、お花畑が一面に咲き乱れ向こうに海が映える。その時期に南房総をドライブしたことがあるが、素晴らしい景色だった。中でも外房南部の和田町(現・南房総市)あたりは花栽培が戦前から盛んな地域として知られていた。ところが戦時中はその花栽培が禁止されたのである。「食糧増産」が国の旗印で、すべての田畑は食糧生産に当てるべきだというタテマエである。この地域は海に近く、野菜や米の生産には向かず、花に向いた土地なのに。
(花束を受ける高橋惠子)
枝原ハマ(高橋惠子)は花栽培にずっと取り組んできた。それには理由があることが後に判るが、ハマはなかなか花栽培を止めなかった。主な畑は野菜に転換したが、小さな一つの畑だけは何とか見逃して欲しいと言う。しかし、「お上」の意向を受けた村の当局者は、それを許さない。長男は学校で「非国民の子」といじめられ、母には出来ないからと自らの手で残された花を摘み取ってしまう。それでも「畑じゃない場所」なら良いだろうと小規模で花を作り続けたが…。漁師の夫(蟹江敬三)は再度召集され、長男は予科練に応募して去る。疎開児童やノモンハン帰りの時計屋(石橋蓮司)など複数の目で村人たちを活写していく。
(堀川弘通監督)
僕はこの映画を公開当時に見ているんだけど、そういう人は少ないと思う。公開自体が小規模だったし、確かすぐに終わってしまった。それでも見たかったのは、実は田宮虎彦(1911~1988)の原作『花』が好きだったのである。田宮虎彦は今では忘れられた作家だろうが、かつて文学全集がいっぱい出ていた時代にはよく1巻、または半巻を当てられていた。『足摺岬』『銀心中』『異母兄弟』など映画化された作品も多い。『落城』『霧の中』などの気品ある歴史小説も好きだった。僕の若い時期にすでに読まれなくなっていたが、持っていた全集で読んでみたら気に入ったのである。その田宮虎彦の映画化だから見たかった。
(田宮虎彦)
堀川弘通監督(1916~2012)は黒澤明監督に師事したことで知られ、『評伝 黒澤明』(2001)という本もある。『あすなろ物語』(1955)で監督にデビューし、『裸の大将』『黒い画集 あるサラリーマンの証言』などの代表作がある。東宝からフリーになってから作った作品には戦争を扱った映画が多い。他には『ムッちゃんの詩』(1985、今回の映画祭で上映あり)や『エイジアン・ブルー 浮島丸サコン』(1995)がある。Wikipediaには「世田谷・九条の会」呼びかけ人を務めていたと出ていて、晩年に戦争を描いたことと関連するのかもしれない。素直に感動させる映画が持ち味で、『花物語』も同様。
およそ花栽培を禁止するなど、現在の感覚からは全く理解出来ない。常識的に考えて、戦死者に手向ける花は不要だったのか。この映画では、いつも非国民と罵っていた隣人が訪ねてくるシーンが印象深い。二人の男子が戦死し、もう一人も戦地にある。口では皆お国に捧げると言ってるが、秘かに三男の無事を祈願している。その子が目を失って帰還してきて、見舞いに行ったら「故郷の花が見たい」と言ったのである。もう花を作っているのは村中でハマだけになっていたので、頭を下げて花をくれないかという。そして「花は口では食べられないが、心の食べ物かもしれない」と言うのである。この「心の食べ物」という言葉に込めた思いが深い。
(長男役の八神徳幸=現在)
高橋惠子(1955~)は僕と同じ年の生まれ(学年は一つ上)で、デビュー時の「関根惠子」時代から気になっていた。増村保造監督の『遊び』(1971)はとても印象的で、関根惠子も輝いていた。なかなか波乱の俳優人生だったが、『TATTOO〈刺青〉あり』(1982)出演後に監督の高橋伴明と結婚し高橋姓を名乗るようになった。この映画は和田町で2ヶ月ロケして作られ、今も現地の人と交流があるという。会場には長男役の八神徳幸(やがみ・のりゆき)も来ていて、昔のことを詳しく覚えていた。今は何しているのかと問われ、今も役者だという。確かにWikipediaにも項目があり、あまり大きな役ではないがテレビや映画にも出ている。本人も言ってたが通販番組が多いようだ。
この映画が上映される機会はなかなかない。今回は16日まで映画祭があり、その中でまだ何回か上映がある。(時間はまちまちなので、ホームページで確認を。)今回の上映を機に再評価されると良い映画だと思う。今までDVD化されてないとのことで、今後のソフト化、配信なども期待したい。戦時下の日常がどんどんおかしくなっていく様子が判ると思う。南房総の早春を彩る美しい花々、そこにも悲劇の現代史があった。忘れてはいけない歴史の教訓だ。
千葉県の房総半島南部は南房総国定公園に指定されている景勝地域である。普通の観光地の人気シーズンは夏や春秋なんだけど、ここは2月頃に一番観光客が訪れる。花の栽培が盛んな地域で、お花畑が一面に咲き乱れ向こうに海が映える。その時期に南房総をドライブしたことがあるが、素晴らしい景色だった。中でも外房南部の和田町(現・南房総市)あたりは花栽培が戦前から盛んな地域として知られていた。ところが戦時中はその花栽培が禁止されたのである。「食糧増産」が国の旗印で、すべての田畑は食糧生産に当てるべきだというタテマエである。この地域は海に近く、野菜や米の生産には向かず、花に向いた土地なのに。
(花束を受ける高橋惠子)
枝原ハマ(高橋惠子)は花栽培にずっと取り組んできた。それには理由があることが後に判るが、ハマはなかなか花栽培を止めなかった。主な畑は野菜に転換したが、小さな一つの畑だけは何とか見逃して欲しいと言う。しかし、「お上」の意向を受けた村の当局者は、それを許さない。長男は学校で「非国民の子」といじめられ、母には出来ないからと自らの手で残された花を摘み取ってしまう。それでも「畑じゃない場所」なら良いだろうと小規模で花を作り続けたが…。漁師の夫(蟹江敬三)は再度召集され、長男は予科練に応募して去る。疎開児童やノモンハン帰りの時計屋(石橋蓮司)など複数の目で村人たちを活写していく。
(堀川弘通監督)
僕はこの映画を公開当時に見ているんだけど、そういう人は少ないと思う。公開自体が小規模だったし、確かすぐに終わってしまった。それでも見たかったのは、実は田宮虎彦(1911~1988)の原作『花』が好きだったのである。田宮虎彦は今では忘れられた作家だろうが、かつて文学全集がいっぱい出ていた時代にはよく1巻、または半巻を当てられていた。『足摺岬』『銀心中』『異母兄弟』など映画化された作品も多い。『落城』『霧の中』などの気品ある歴史小説も好きだった。僕の若い時期にすでに読まれなくなっていたが、持っていた全集で読んでみたら気に入ったのである。その田宮虎彦の映画化だから見たかった。
(田宮虎彦)
堀川弘通監督(1916~2012)は黒澤明監督に師事したことで知られ、『評伝 黒澤明』(2001)という本もある。『あすなろ物語』(1955)で監督にデビューし、『裸の大将』『黒い画集 あるサラリーマンの証言』などの代表作がある。東宝からフリーになってから作った作品には戦争を扱った映画が多い。他には『ムッちゃんの詩』(1985、今回の映画祭で上映あり)や『エイジアン・ブルー 浮島丸サコン』(1995)がある。Wikipediaには「世田谷・九条の会」呼びかけ人を務めていたと出ていて、晩年に戦争を描いたことと関連するのかもしれない。素直に感動させる映画が持ち味で、『花物語』も同様。
およそ花栽培を禁止するなど、現在の感覚からは全く理解出来ない。常識的に考えて、戦死者に手向ける花は不要だったのか。この映画では、いつも非国民と罵っていた隣人が訪ねてくるシーンが印象深い。二人の男子が戦死し、もう一人も戦地にある。口では皆お国に捧げると言ってるが、秘かに三男の無事を祈願している。その子が目を失って帰還してきて、見舞いに行ったら「故郷の花が見たい」と言ったのである。もう花を作っているのは村中でハマだけになっていたので、頭を下げて花をくれないかという。そして「花は口では食べられないが、心の食べ物かもしれない」と言うのである。この「心の食べ物」という言葉に込めた思いが深い。
(長男役の八神徳幸=現在)
高橋惠子(1955~)は僕と同じ年の生まれ(学年は一つ上)で、デビュー時の「関根惠子」時代から気になっていた。増村保造監督の『遊び』(1971)はとても印象的で、関根惠子も輝いていた。なかなか波乱の俳優人生だったが、『TATTOO〈刺青〉あり』(1982)出演後に監督の高橋伴明と結婚し高橋姓を名乗るようになった。この映画は和田町で2ヶ月ロケして作られ、今も現地の人と交流があるという。会場には長男役の八神徳幸(やがみ・のりゆき)も来ていて、昔のことを詳しく覚えていた。今は何しているのかと問われ、今も役者だという。確かにWikipediaにも項目があり、あまり大きな役ではないがテレビや映画にも出ている。本人も言ってたが通販番組が多いようだ。
この映画が上映される機会はなかなかない。今回は16日まで映画祭があり、その中でまだ何回か上映がある。(時間はまちまちなので、ホームページで確認を。)今回の上映を機に再評価されると良い映画だと思う。今までDVD化されてないとのことで、今後のソフト化、配信なども期待したい。戦時下の日常がどんどんおかしくなっていく様子が判ると思う。南房総の早春を彩る美しい花々、そこにも悲劇の現代史があった。忘れてはいけない歴史の教訓だ。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます