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絵本の話を中心に、好きなもの、想うことなど。

水面を渡る風

2019-11-22 17:53:37 | 好きな本

原田マハさんが書いた、絵や美術に関する小説はおおかた読んでしまったので、
新刊が出る(出た)と知ると、わくわくしながら待って‥この本も、わくわく
しながら読みました。
   
  


今年の春に、コルビジェ展を観に行ったところだったし、その時も
常設の「松方コレクション」を観て、常設展示だけでもこれだけのものが
観られるので、それがコレクション展となり、海外からも作品が来ると
なったらどれほど素晴らしいのだろうと、思っていました。
が、結果から言うと、コレクション展には行きそびれ、その目玉であった
「アルルの寝室」も、デジタルで蘇った睡蓮・柳の反映も、観ることは
できませんでした。(後日テレビ放映でその修復の経緯や様子を観ることは
できました)

ようやく、図書館の順番が回ってきて、読み終えて、ああそういうこと
だったのか、と思い‥もう一度、場面を繋ぐようにしながら、ページを繰っていき、
2度目のラストを読み終えたところで、ようやく胸が熱くなってきました。
(最初に読み終えたときは、とにかく先に先に進みたくって、特に後半は
はらはらもしたので、早く結末が知りたくて、感動するどころではなかったの
だと思います。)



小説は、壮大な物語でした。
松方幸次郎という、松方コレクションを築きあげた人物を軸に、日本の近代史から
二つの大戦を経て、戦後の日本に至るまで、まさに教科書で学んだことの中に、
歴史に名を残した画家や、芸術家や、画廊主や、コレクターや、華族や軍人や、
パリに住む普通の人々が描きこまれ、とても興味深く読みましたし、色々なことが
わかってすっきりもしました。(国立西洋美術館になぜロダンの彫刻があんなに
あるのか、等々)



ほんものの絵を見たことがない日本の若者たちのために、ほんものの絵が
見られる美術館を創る。それがわしの夢なんだ。

松方幸次郎は、絵を買い集める手伝いをしてほしいと頼んだ美術評論家の
田代雄一にこう語ります。松方の御伴として、パリの画廊を来る日も来る日も訪ね
歩いた田代。そしてある日、松方が親しい間柄であったモネのアトリエへ出かけます。

風が水面を渡り、さざ波がきらめいてその通り道を示していた。睡蓮の花々は
やわらかに揺らめいて、いっせいに笑みをこぼしているかのようだ。その光景は
いかなる言葉にも換えられぬ美しさであった。

後年、田代はモネの描いた「睡蓮」を前にして、ふと風が蘇ってくるのを
感じる場面がありました。風とともに、その時の匂いや一緒に居た人も思い出した
ことでしょう。そしてしみじみと幸せを感じたに違いないと思います。


自分の掲げた理想のために、あるいは尊敬する人物のために、はたまた日本の
将来のためにー大きな目標を掲げた男たちは大層立派でしたが、私は、田代が
ひとりで「睡蓮」の前に立つこの場面にいちばんココロが動きました。

人の幸せは、目に見える何かなのではなく、なんでもない、ふとした瞬間に
感じるものなのでしょう。
絵を観ることも、音楽を聴くことも、本を読むことも、そういう瞬間を
重ねたい(あるいは思い出したい)からなのかもしれないなと、思います。




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