いい話だった、本当にただただその想いしか浮かばない。
読んでいる最中も読み終わった後も、しみじみといい話だなあと。
最近読んだ本の中ではいちばんだわ。
かなり重いテーマを含み複雑な問題を孕んでいると思うのに、それが少しも表に出てこない。
淡々と描かれていて、姉妹はそこから逃げず戦わず気負わず乗り越えていく。
それはきっと、作者の津村さんがいうところの二人の姉妹の性格、
「理佐は生活の細々したことは考えつつも、考え込むことがなく、思い切ったことが
できるプリミティブな感じの人です。律のほうが慎重で考え込む感じですね」
が大きく作用していると思う。
小説は第1話の1981年から始まって、10年刻みで91年、2001年、11年と進み、エピローグは21年。
そこで終わる。
身勝手な母とその婚約者から逃れ、山間の町にやってきた理佐18歳、律8歳の姉妹。
理佐が見つけた就職先は小さな町のそば屋。この店はそば粉を水車小屋の石臼で挽いていて、
ヨウムのネネがその監視をしている。理佐の仕事はそば屋の接客とそば粉挽き、
そしてネネの相手をするというものだ。このネネの賢さが物語を彩り豊かなものにして。
裁縫が好きな理佐と、本好きの律。
二人が出会うのは老齢の画家・杉子さん、律の担任の藤沢先生や同級生の寛実ちゃん、
寛実ちゃんを男手ひとつで育てる榊原さん、浪子さんに誘われて理佐が参加した婦人会の女性たち……。
「必要に応じて登場人物を書いていったら、こんな感じになりました」と作者の津村さん。
ー「この程度のことなら自分にもできる」という範囲の親切にしたかったんですよね。
強烈に肩入れして助けてくれる人がいて人生が変わった、という話は拒否したいんです。ー
この津村さんのスタンスがとてもいい。
代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子さんは
ー人間同士の関係が、「対ネネ」と変わらないのである。べたべた甘えず、寄りかからず、
踏み込まずに、信頼し支え合う。このフラットな感じはとてもやすらかーという。
そう、物語はそのフラットな感じが貫かれていてすごく共感でき、気持ちよく読み進めていくことが
できる。暑苦しい熱意や好意は読み手も暑苦しくなるだけ。
大学に行くためのいろいろを教えてくれた藤沢先生の言葉。
「誰かに親切にしなきゃ、人生は長くて退屈なものですよ」
陽が落ちる直前の渓谷を眺めながら、律は地元の駅へと帰っていった。
恵まれた人生だと思った。
自分を家から連れ出す決断をした姉には感謝してもしきれないし、
周囲の人たちも自分たちをちゃんと見守ってくれた。義兄も浪子さんも守さんも杉子さんも
藤沢先生も榊原さんも、それぞれの局面で善意をもって接してくれた。
自分はおそらく姉やあの人たちや、これまでに出会ったあらゆる人々の良心で
できあがっている。
しばらくの間、自分という人間がおらず、何もしなくていいように感じることを
気分よく思いながら、律は去って行った守さんや杉子さんや、この場にいない
藤沢先生のことを思い出していた。彼らもその場にいるような気がした。
誰かが誰かの心に生きているというありふれた物言いを実感した。むしろ彼らや、
ここにいる人たちの良心の集合こそが自分なのだという気がした。
深い深い凄い言葉だなあと思う。多くの人に助けられてきた律がたどりついた自分自身の今。
いい物語だ。余韻が残る小説だ。
物語をさらに生き生きとさせているのが北澤平祐さん描くイラストの挿絵。
挿絵だけでもじっと見ていられる、想像力をかきたてられる。
単行本にはめずらしく挿絵が多く入っていて、大人のちょっとした絵本ふうだ。
(すべてネット拝借)
2024年本屋大賞2位。私的には読んでいない1位を上回っての1位。
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