【tv】100分de名著「アルプスの少女ハイジ」(第2回)
試練が人にもたらすもの
1回25分×4回で1つの作品を読み解く番組。6月はヨハンナ・シュピリ(Wikipedia)著「アルプスの少女ハイジ」(Wikipedia)を読み解く。講師はドイツ文学者の松永美穂さん。今回はその第2回。第1回の記事はコチラ。
山の上に来て3年経ちハイジは8歳に。山羊飼いのペーター一家と山羊だけが遊び相手。村の牧師がハイジを学校に行かせるよう助言に来るがおじいさんは拒否。翌日、叔母デーテがお金持ちのお嬢様の遊び相手としてハイジをフランクフルトへ連れて行くため再訪。
おじいさんは反対するがデーテはこの子はもう8歳なのい何もできないし、何も知りません。おじいさんが勉強させないからですと反論。おじいさんは黙れ!と捨てゼリフを残し小屋から出て行ってしまう。デーテはその隙にハイジを連れて行ってしまう。
デーテはハイジをせかし、ハイジが行かないと言うと、フランクフルトは良いところだし、気に入らなければ帰ってくればいいと言う。
朗読意訳:ハイジが嫌ならすぐに帰るれるか聞くと、デーテは汽車なら空を飛ぶように早いから直ぐ帰れると答える。
学校をさぼっていたペーターとすれ違う。どこに行くのか尋ねるペーターに、ハイジは急いでフランクフルトまで行かなきゃならないと答える。ペーターからそのことを聞いたペーターのおばあさんは窓を開けて「デーテその子を連れて行かないで!」と叫ぶ。
朗読意訳:おばあさんが呼ぶので戻ろうとするハイジに、フランクフルトに行けば気に入るし、帰りたければ直ぐ帰れるし、おばあさんのよろこぶお土産も買えると言う。それを聞くとハイジは安心し、おばあさんに何を買おうかと相談。デーテがやわらかい白いパンなら喜んでもらえると答えると。そうだねとハイジ。
伊集院光氏:このシーンも重要。デーテもだますというより気に入るに決まっていると、自分が良いところだと思っている所に連れて行くわけなので。
デーテが再び現れてハイジを連れて行っちゃうのはもちろん覚えているけど、ペーターのおばあさんがハイジを連れて行かないでと叫んでいたのは覚えてなかった💦 アニメを見ていた時はデーテを悪者のように感じていたし、少し大きくなってから見てもデーテが自分の利益のためにハイジを犠牲にしたと思ってた😅 そういう部分もあるのかもしれないけれど、ハイジのためを思ってのことだったんだね😌
【フランクフルトのゼーゼマン家】
ハイジが遊び相手となる娘:クララ(足が不自由)
クララの父:ゼーゼマン(仕事が忙しく家にいないことが多い)
使用人たち:ロッテンマイヤー、ゼバスチャン、家庭教師など
ロッテンマイヤーさんは厳格で杓子定規で子供の立場に立って考える人ではない。初日にハイジの名を尋ねハイジだと答えると、キリスト教の洗礼名ではないと退けるなど、価値観の違いを受け入れられない人。
ハイジの洗礼名はアーデルハイド。ロッテンマイヤーさんはアーデルハイドと呼ぶ。使用人たちはお嬢様(Mamsell/マムゼル)と呼ぶ。クララはハイジとアーデルハイドどっちで呼ばれたいか聞く。ハイジとしか呼ばれたことがないと答えると、クララはハイジと呼んでくれる。名前が3つになったと混乱しているシーンがある。
伊集院光氏:例えばよしおという名前の子が、よっちゃんと呼ばれているので、自分の名前はよっちゃんだと答えると、それは間違っていると言われてしまう寂しさ。
環境だけでなく名前も変わってしまったことで、自分が自分でなくなったかのようなアイデンティティの喪失感がある。
出た! ロッテンマイヤーさん! アーデルハイドって呼んでたね~ アーデルハイドはハイジの洗礼名なのね? あれ? お母さんと同じ名前だけど、お母さんの名前を洗礼名にしたのかな? それともお母さんも洗礼名で呼ばれていたのか?🤔 クララはどう呼ばれたいか聞いてくれていい子😌
ハイジは使用人のゼバスチャンを「あんた(du)」と呼びロッテンマイヤーさんに注意される。ロッテンマイヤーさんは"Sie oder Er(あなた もしくは 彼)"と呼ぶように言う。Sieは丁寧な2人称。Erは3人称男性単数。今では彼という意味しか使わない。19世紀頃までは召使などに対する2人称として使用。お前とかそちという感じ。ハイジはよく理解できずゼバスチャンの呼び名が"Sie oder Er(あなた もしくは 彼)"だと思いそう呼んでしまう。
伊集院光氏:よくできている。自分の名前が3つになるならゼバスチャンの名前が2つあるのもおかしくない。彼女の中でこういう理由で間違っているということを入れるのは感心する。
出た! ゼバスチャン! アニメではセバスチャンとなっていた気がするけど、ドイツだからゼバスチャンが正解なのかな? これはちょっとユーモアを入れてみた感じなのかな?
クララの家庭教師がハイジにABCから授業してくれることになる。しかしハイジはアルムが恋しくて落ち着かない。部屋の窓から外を見ても他の家しか見えない。どうすればアルムが見えるのかと思いゼバスチャンに尋ねると、高い塔に登れば遠くが見えると教えられいきなり外へ飛び出す。
苦労して辿り着いた教会には年老いた番人がいた。彼に手を引かれ塔の上まで登りハイジは景色を眺める。しかし見えるのは屋根や塔、煙突ばかり。ガッカリするハイジに番人はネズミ除けに飼っている猫の赤ちゃんを分けてくれた。ハイジが喜ぶと場所があるなら全部持って行ってもいいと言う。ゼーゼマンの屋敷は広いしきっとクララも喜ぶと考える。
お屋敷に戻るとロッテンマイヤーさんはカンカンだった。厳しいお説教が始まった時、猫の鳴き声がするとロッテンマイヤーさんはハイジがふざけたと思いますますヒートアップ。クララも何故そんなにハイジがニャアニャア言うのかと尋ねると、ハイジは自分ではなく子猫だと言う。ハイジのポケットで子猫が鳴いていることに気づいたロッテンマイヤーさんはゼバスチャンに子猫を外に出すよう叫び、勉強部屋に駆け込みドアをしっかりカギをかけて閉めた。ロッテンマイヤーさんは猫が代の苦手だったのだった。ゼバスチャンは笑いがおさまらず。なかなか部屋に入れなかった。
伊集院光氏:子供の頃アニメを見た記憶では、憎っくきロッテンマイヤーさんがこういう目に遭って痛快だったが、今思うとロッテンマイヤーさんのかわいさや人間性を感じる。
大人になってからの見方。
伊集院光氏と同じくロッテンマイヤーさんは敵認識だったし、かなりおばさんだと思い込んでいたけど、実際ロッテンマイヤーさんは何歳くらいの設定なんだろう? ブルーノ・ガンツ出演の映画では30代くらいの女優さんが演じていたけど? そうだとするとロッテンマイヤーさんも一生懸命だったんだろうなと思ったりする😌 しかし猫好きとしては子猫がその後どうなったか気になる!
この次の日も少年が亀を連れてやって来たり、子猫がさらに届いて暴れまくる騒動が続く。ハイジにとって辛い日々が続くのでユーモラスなエピソードが楽しく読ませている。
しかしハイジはアルムへの思いがますます強くなる。文字を見て動物を思い出したり、今頃草が茂っているかなどアルムの生活ばかり思い出す。ある日ペーターのおばあさんのために取っておいた白パンを持って一人でアルムに帰ろうとするが、玄関でロッテンマイヤーさんとはちあわせし、叱られて白パンも捨てられてしまう。
朗読意訳:ハイジはクララの椅子のそばに身を投げ出し、絶望して泣き始めた。声は大きく痛々しくなり、嘆きながら何度もすすり上げてしまう。「おばあさんのパンがなくなっちゃった。全部なくなっておばあさんに何もあげられない!」
伊集院光氏:そもそもはデーテが連れて行くためにとっさについた嘘のようなものだが、実はこれはハイジにとってとても大切なことなんですね。
フランクフルトに来た動機はペーターのおばあさんに白パンを買うためだった。そのモチベーションがなくなったのだからいたたまれない気持ち。
ロッテンマイヤーさんとしては雇用主のゼーゼマンさんの許可なくハイジを山に帰すわけにはいかないわけで、まして家出などされてしまっては本当に困る。ハイジが白パンを集めた気持ちをくむことなく一方的に叱って、パンを捨ててしまうのは全く対応を間違ったとは思うけれど😅 ところでロッテンマイヤーさんってどいう立場の人なんだっけ? 召使たちを統率する係り? 家庭教師ではないわけだから、2人を指導する立場ということでもないんだよね? はて?🤔
どん底のハイジに救世主が現れる! クララのおばあさま。おばあさまは普段は北ドイツに住んでいるが訪ねて来た。とてもやさしく洞察力がある方で、ハイジは大好きになる。おばあさまが持って来た「緑の牧場の動物たちと羊飼いの絵」の載った絵本にハイジは夢中になる。ハイジはおばあさまに励まされて1週間後に字が読めるようになる。
伊集院光氏:飲み込みは早い子!
やる気になれば出来る。
おばあさまが持って来た本には新約聖書「ルカによる福音書」に登場する「放蕩息子のたとえ」と呼ばれる物語で、今後も重要な役割を果たす。おばあさまはハイジにお祈りの仕方を教えてくれる。神様になら何でも話していいと言ってくれたのでハイジは一生懸命お祈りをするようになる。でも少しするとまたハイジが元気がなくなる。おばあさまがたずねると、お祈りしたが直ぐに叶えられなかったので、祈るのをやめたと答える。するとおばあさまはハイジを諭す。
朗読意訳:神様はあなたに必要なものがちゃんと分かっているから、ハイジにとっていい時期、本当に喜べる時に祈っているものを与えてあげよう、今与えてしまうときっと後になって願いが叶わない方がよかったと気づくだろう。そうしたら神様がわたしの求めたものをお与えにならなければよかったのにと泣くだろう。これはわたしが思ったほどいいものじゃないわと言うだろう。そうやって神様を信頼して、お祈りして足りないものがある時は神様を見上げるか見ておられる。
出た! おばあさま。おばあさまがとっても穏やかで優しかったことは覚えているけど、こんなキリスト教的な発言をしていたのかな? その辺りは子供には難しいから割愛したのかしら? こういう役割ならば、おばあさまの位置づけというのは非常に大切なんだね。
【おばあさまの教え】
①神様には何でも話していい
②祈り続ければいつか神様が最善のことをしてくれる
①は神様と個人がお祈りによって直接つながるというプロテスタントの教え。②は子供でも分かるシンプルな教え。
ハイジはフランクフルトで教育を受け信仰も得るが、成長するためには都会へ来ることも必要だったというシュピリの考えがよく表れている。
伊集院光氏:これは深い。ロッテンマイヤーさんに代表するフランクフルトの人たちは嫌な人で、おじいさんに代表されてるアルムの人はいい人みたいな見方を子供だからしてしまったが必ずしもそうではない。
フランクフルトで大事なことを学んだのだということ。
フランクルトの人たちが全員嫌な人とは思ってなかったけどな? おばあさまはもちろん、ゼーゼンマンさんもやさしかったと印象だし、ゼバスチャンもやさしくしてくれたと思うけどな🤔 意地悪だったのはロッテンマイヤーさんだけだった気がする。
字が読めるようになったハイジはクララに申し出る。これからは自分が読んであげる。
朗読意訳:クララにとっても願ってもないことだったが、ハイジは読み始めるも長く続かない。
読んでいた本には死にそうなおばあさんが出て来た。するとハイジはペーターのおばあさんが死んでしまったように思えて泣き叫んだ。
朗読意訳:おばあさんがもう死んでしまった! もうおばあさんのところに行けない! おばあさんは白パンを一つももらえなかった! 自分が遠くにいる間におばあさんやおじいさんが死んでしまうかもしれない。長い時間が経ってアルムに戻るとみんなすでに死んでいて独りぼっちになるのかもしれない。好きだった人にはもう会えないのだ。
ロッテンマイヤーさんに大騒ぎするならこの本を永遠に取り上げると言われたハイジは、どんなお話を読んでも泣くようになる。そして食欲をなくし、やせ細っていった。その頃から夜になるとしっかり戸締りしたドアが、朝になると何故か大きく開いているということが続いた。そこでゼバスチャンとヨハンが夜中に見回りに出ると、ヨハンは大きくドアが開いており階段の上に白い影を目撃した。屋敷に幽霊が出てクララが怖がっていると知ったゼーゼマンは帰国。友人でクララの主治医クラッセン先生と共に寝ずの番をする。夜中の1時現れたのは白い寝間着姿のハイジだった。クラッセン先生はハイジを優しくいたわった後、ゼーゼマンさんに言う。
朗読意訳:君が預かっている小さなお嬢さんは夢遊病でホームシックに苦しんでいる。だからすぐに助けてやらなきゃいけない。夢遊病や神経衰弱にきく薬は1つ。つまりあの子を直ちに故郷の山へ戻してあげることだ。ホームシックにも同じ薬しかない。あの子を明日出発させる。それが処方箋だ。
夢遊病の描写がリアルだが、作者のシュピリも心を病んだ経験がある。妊娠中から鬱状態になり、何年にもわたり苦しんだ。シュピリ自身が自分が一番辛かった時期をハイジに重ねている? 父親は外科から精神科まで兼ねる医師。自宅が病院という環境で育ったため患者の姿をよく見ていた? 抑圧的な閉鎖空間で本当のことが言えず心を病んでいく過程がよく描けている。
クラッケン先生の存在。ハイジの状況を瞬時に見抜く。科学者ではあるが自然に帰すことが大切だと言ってくれる。自然と文明が対立するわけではなく、ハイジを自然に帰す流れを作ってくれる。
伊集院光氏:ここもすごく興味深いのは、もともとアルプスの少女ハイジは都会に比べて田舎がいいんだという話だと思い込んでいたが、そんなに単純な話ではなかった。
人が人格を形成するにはいろんなものが必要なんだということが読み取れる。
ハイジが心を病んでしまったのは単純に山が恋しいからだと思っていた。もちろんおじいさんやペーターたちのことも恋しいからだとも思っていたけど、そのきっかけとして死にそうなおばあさんというキーワードがあって、それによりペーターのおばあさんやおじいさんの死を連想し、自分が帰るころには死んでしまっているかもしれないとまで思いつめてたとは知らなかった。最初にアニメを見ていた時のことをよく覚えていないので、ハイジが帰れないかもしれないと思って見ていたのか不明。今はもうアルムに帰ることを知ってしまっているから、この時のハイジの不安を追体験することができない。なので、このくだりはとても興味深かった。
シュピリの状況は今でいうマタニティーブルーとか産後鬱ということになるのかな? 当時そいういう病名があったかは別として、父親の患者などを見て、自分の状態が病であるということは分かっていたのかな。第1回でホームシックはスイス病と呼ばれてたという説明があったし、そういう面で神経衰弱に陥る感じにも知識があったのかも。
ハイジは結局どのくらいの期間フランクフルトにいたんだろう? アニメでは数か月で戻って来た印象だったのだけど、数年単位では行ってたのかな? 思っていた以上に深い話で興味深い。第3回もすでに視聴してメモも取ってあるので、直ぐ記事書く予定。でも、第4回も早く見たい!!
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