感想文:"ぼくと1ルピーの神様"
昨日読み終えた。活字中毒なので、小説などは何かしら読んでる。このblogでも自分が心動かされた本について紹介できたらいいなと思って、一応カテゴリーには"books"を作ってあるのだけど、読書感想って難しい。与えられた情報が文章しかないので、脳内でイメージを映像化していくわけで、それが読書の醍醐味でもあるのだけど、それだけに自分の主観が入り込みやすい。でも、映画の感想にしても勝手にいろいろ書いてるわけだし、あまり深刻に考えずに書いてみるとする。
これは『スラムドッグ$ミリオネア』の原作。だけど全く別モノ。コンセプトだけ借りた別モノだというのは知っていたので、別の人物の物語として楽しく読めた。こちらも大変な人生なので楽しんだというと語弊があるけど、小説として堪能したという意味。映画は主人公の人生を主軸として時間が流れ、そこにクイズの録画映像、取調べが絡んで交互に描かれていた。原作も基本的には3点が入り交じり描かれるけれど、大部分を占める主人公の人生ではなく、それを語る現在を起点としているため、彼の人生は時系列ではない。
クイズの問題が時系列どおりに出題されるというのもおかしいし、後の伏線を張りながらの構成となっているため、こんな入りくりになっているんだと思う。そもそも、現在と過去と過去の3点を絡ませているので、小説ではOKだけど、映画では余計に混乱してしまうかもしれない。だから映画の変更はよかったんじゃないかと思う。小説では各パートに「ラム(小説の主人公の名前)16歳」などと記載があるので、そんなに混乱しないけど、映画では18歳までの生い立ちを演じ分けるには俳優は3人が限度。となると、彼の年齢の変化を見せるのは難しいし、それぞれが交互に出てきても分かりにくいかも。
その他の変更点としては、主人公の名前が違っていることと、兄の存在が小説にはないこと。もちろん主人公は全く一人ぼっちというわけではなく、その時々友人や大人達に助けられたりしているけれど、基本は天涯孤独であるということ。小説ではページを戻れば登場人物達がすぐ分かるけど、映画ではあまりに人物が多いと混乱する。インドの人の顔って見分けにくいし(失礼) なので、この変更もありだと思うし、兄弟の絆と初恋の2つの愛情を主軸にしたのは映画としてはいいと思う。
と、ここまで映画との比較ばかり書いてきたけど、ここからは小説の感想を書こうと思う(笑) ラスト少々ご都合主義的になってしまう部分はあるけれど、原作でも疾走感と熱気がスゴイ。そして主人公ラムの人生がやっぱりスゴイ。貧困ゆえに死が常に身近にある。そして暴力と性。ラムは孤児なので、それらの真の意味や対処の仕方を教えてくれる人はいなかった。彼は全て自らの体験の中で学んでいく。それらを知ることは「生きる」ということ。たった1人で生きていくそのエネルギーはすごいけど、彼が一貫して思っていたのは「生きる」ってことより「死なない」ってことだったのかも。
ラムが人の死を初めて認識したのは8歳の時。名前すらなかった彼に名前をくれた人。キリスト教の神父だった彼は、主人公にラム・ムハンマド・トーマスという名前をつける。ラムとはヒンドゥー教徒の、ムハンマドとはイスラム教徒に多い名前。そしてトーマスは英語名つまりキリスト教徒の名前を持つことになる。多分、作者が最も言いたかった事はこの3つの名前に託されているんだと思う。この宗教の違いがインドだけではなく、世界中で悲劇を生んでいる。作者自身の宗教が何であるのかは不明だけど、3つの宗教の名前を持ちながら宗教を持たないラムは、アラーの神でも、キリストの神でもない、1ルピーの神様=運命と自分を信じることで生きていく。宗教なんて関係ないってことが言いたかったのかなと思う。彼にこの名をつけた神父は、そこまで意図したわけではなかったのだけど・・・。そして神父はラムに暴力と性、そして死を身をもって教えることになる。これも意図したわけではないのだけど。
ラムを支えていたのは結局人への愛情と正義感。彼はそれを意識してはいないし、博愛主義とも違うから、彼は彼が愛した者のためにのみ行動を起こすけれど、それは別に自分勝手なわけでも、彼が無知であるからでもない。人は多かれ少なかれそういうものだと思う。ただ、頼るものもお金も地位も無い少年が、自分の身を守り、愛する者達を守るためには、時には法に触れてしまうこともある。彼がずっと背負い続けたそれらの罪は、彼が意識せずに必死でしていることだけど、全て正義感からきている。厳密に言えば全て罪に問われることだと思うし、正しいことだとは思わないけれど、でもラムの行動が間違っているとも思わない。それがスゴイ! それは貧しくて無学で孤独な少年に同情しているからじゃない。むしろ彼の「生きる」能力の高さに感心してしまう。そして、人生は机上の論理で進んでいくものじゃないんだと改めて思う。
彼の人生の中で起きた事件=クイズの解答というのはやっぱりスゴイ設定だと思う。そしてその事件を彼は自らの力で乗り越えてきた。時には法を犯しても貫いてきた彼の強さは、前にも書いたけど愛した人を思う気持ち。相手のためを思ってのことではなくて、彼が相手を思う気持ちが彼を突き動かすのだということ。13歳の時、アルコール依存症の父親にレイプされそうになった隣人の少女を思ってした事も、自ら貯めた5万ルピーを盗まれどん底の彼を救ってくれた、シャンカールの悲しすぎる死に対して、彼が感じた悲しみと憤りからした事も。そして愛するニータを救うためにした事も。全て法に触れることかもしれない。でも、何も持たない彼が愛する人を思ってとった行動に感動すらしてしまう。そして、それが彼を救うことになる。"情けは人の為ならず"って諺がインドにもあるのかは不明だけれど、まさにその通りなんだと思う。そして、それは見返りを求めず彼の純粋な行動だからこそ肯定されるのだし、美しいのだと思う。そういうことが伝わってきた。
原題は「Q&A」ととってもシンプル。このシンプルさは潔いけれど「ぼくと1ルピーの神様」ってタイトルも嫌いじゃない。ちょっとお伽話っぽい話と勘違いされそうだけど、後にわかる"1ルピーの神様"の正体にニヤリとなるから。彼がクイズ番組に出場した真の目的は、本質的には映画と同じだけど、もっと重い。この辺りも、ライフライン(原作では「クイズ$ミリオネア」のパクリ番組なのでライフラインじゃないけど・・・)も、彼が救われるのも、ちょっとご都合主義な気がしないでもないけれど、"情けは人の為ならず"ってことを描きたいのであれば、これは正にその通りなのでOK。そして何よりスカッとするし(笑)
映画同様、ラムの人生は辛い。正直、映画よりも悲惨かも。でも、こちらも映画同様、その疾走感とラムの生きる強さに心を動かされて、重くなり過ぎず一気に読んでしまった。映画の兄と同名のサリムの存在がラムの心の支えとなっているけれど、彼の存在がこの作品の救いであることもおもしろい。
おもしろかった! インドの現実とかそういう問題も多く描かれている。でも、そういう問題を知ろうと構えて見るのではなく、ラムの人生から"生きていく強さ"を感じればいいんだと思う。自分の信念を貫く強さというか・・・。もちろん間違った信念を貫いちゃダメだけど(笑) そして「相手のためを思って・・・」なんて言い訳したりしないで、自分の本能にしたがって生きていけばいいんだと思った。そんなパワーをもらえた!
★ぼくと1ルピーの神様:ランダムハウス講談社 840円
昨日読み終えた。活字中毒なので、小説などは何かしら読んでる。このblogでも自分が心動かされた本について紹介できたらいいなと思って、一応カテゴリーには"books"を作ってあるのだけど、読書感想って難しい。与えられた情報が文章しかないので、脳内でイメージを映像化していくわけで、それが読書の醍醐味でもあるのだけど、それだけに自分の主観が入り込みやすい。でも、映画の感想にしても勝手にいろいろ書いてるわけだし、あまり深刻に考えずに書いてみるとする。
これは『スラムドッグ$ミリオネア』の原作。だけど全く別モノ。コンセプトだけ借りた別モノだというのは知っていたので、別の人物の物語として楽しく読めた。こちらも大変な人生なので楽しんだというと語弊があるけど、小説として堪能したという意味。映画は主人公の人生を主軸として時間が流れ、そこにクイズの録画映像、取調べが絡んで交互に描かれていた。原作も基本的には3点が入り交じり描かれるけれど、大部分を占める主人公の人生ではなく、それを語る現在を起点としているため、彼の人生は時系列ではない。
クイズの問題が時系列どおりに出題されるというのもおかしいし、後の伏線を張りながらの構成となっているため、こんな入りくりになっているんだと思う。そもそも、現在と過去と過去の3点を絡ませているので、小説ではOKだけど、映画では余計に混乱してしまうかもしれない。だから映画の変更はよかったんじゃないかと思う。小説では各パートに「ラム(小説の主人公の名前)16歳」などと記載があるので、そんなに混乱しないけど、映画では18歳までの生い立ちを演じ分けるには俳優は3人が限度。となると、彼の年齢の変化を見せるのは難しいし、それぞれが交互に出てきても分かりにくいかも。
その他の変更点としては、主人公の名前が違っていることと、兄の存在が小説にはないこと。もちろん主人公は全く一人ぼっちというわけではなく、その時々友人や大人達に助けられたりしているけれど、基本は天涯孤独であるということ。小説ではページを戻れば登場人物達がすぐ分かるけど、映画ではあまりに人物が多いと混乱する。インドの人の顔って見分けにくいし(失礼) なので、この変更もありだと思うし、兄弟の絆と初恋の2つの愛情を主軸にしたのは映画としてはいいと思う。
と、ここまで映画との比較ばかり書いてきたけど、ここからは小説の感想を書こうと思う(笑) ラスト少々ご都合主義的になってしまう部分はあるけれど、原作でも疾走感と熱気がスゴイ。そして主人公ラムの人生がやっぱりスゴイ。貧困ゆえに死が常に身近にある。そして暴力と性。ラムは孤児なので、それらの真の意味や対処の仕方を教えてくれる人はいなかった。彼は全て自らの体験の中で学んでいく。それらを知ることは「生きる」ということ。たった1人で生きていくそのエネルギーはすごいけど、彼が一貫して思っていたのは「生きる」ってことより「死なない」ってことだったのかも。
ラムが人の死を初めて認識したのは8歳の時。名前すらなかった彼に名前をくれた人。キリスト教の神父だった彼は、主人公にラム・ムハンマド・トーマスという名前をつける。ラムとはヒンドゥー教徒の、ムハンマドとはイスラム教徒に多い名前。そしてトーマスは英語名つまりキリスト教徒の名前を持つことになる。多分、作者が最も言いたかった事はこの3つの名前に託されているんだと思う。この宗教の違いがインドだけではなく、世界中で悲劇を生んでいる。作者自身の宗教が何であるのかは不明だけど、3つの宗教の名前を持ちながら宗教を持たないラムは、アラーの神でも、キリストの神でもない、1ルピーの神様=運命と自分を信じることで生きていく。宗教なんて関係ないってことが言いたかったのかなと思う。彼にこの名をつけた神父は、そこまで意図したわけではなかったのだけど・・・。そして神父はラムに暴力と性、そして死を身をもって教えることになる。これも意図したわけではないのだけど。
ラムを支えていたのは結局人への愛情と正義感。彼はそれを意識してはいないし、博愛主義とも違うから、彼は彼が愛した者のためにのみ行動を起こすけれど、それは別に自分勝手なわけでも、彼が無知であるからでもない。人は多かれ少なかれそういうものだと思う。ただ、頼るものもお金も地位も無い少年が、自分の身を守り、愛する者達を守るためには、時には法に触れてしまうこともある。彼がずっと背負い続けたそれらの罪は、彼が意識せずに必死でしていることだけど、全て正義感からきている。厳密に言えば全て罪に問われることだと思うし、正しいことだとは思わないけれど、でもラムの行動が間違っているとも思わない。それがスゴイ! それは貧しくて無学で孤独な少年に同情しているからじゃない。むしろ彼の「生きる」能力の高さに感心してしまう。そして、人生は机上の論理で進んでいくものじゃないんだと改めて思う。
彼の人生の中で起きた事件=クイズの解答というのはやっぱりスゴイ設定だと思う。そしてその事件を彼は自らの力で乗り越えてきた。時には法を犯しても貫いてきた彼の強さは、前にも書いたけど愛した人を思う気持ち。相手のためを思ってのことではなくて、彼が相手を思う気持ちが彼を突き動かすのだということ。13歳の時、アルコール依存症の父親にレイプされそうになった隣人の少女を思ってした事も、自ら貯めた5万ルピーを盗まれどん底の彼を救ってくれた、シャンカールの悲しすぎる死に対して、彼が感じた悲しみと憤りからした事も。そして愛するニータを救うためにした事も。全て法に触れることかもしれない。でも、何も持たない彼が愛する人を思ってとった行動に感動すらしてしまう。そして、それが彼を救うことになる。"情けは人の為ならず"って諺がインドにもあるのかは不明だけれど、まさにその通りなんだと思う。そして、それは見返りを求めず彼の純粋な行動だからこそ肯定されるのだし、美しいのだと思う。そういうことが伝わってきた。
原題は「Q&A」ととってもシンプル。このシンプルさは潔いけれど「ぼくと1ルピーの神様」ってタイトルも嫌いじゃない。ちょっとお伽話っぽい話と勘違いされそうだけど、後にわかる"1ルピーの神様"の正体にニヤリとなるから。彼がクイズ番組に出場した真の目的は、本質的には映画と同じだけど、もっと重い。この辺りも、ライフライン(原作では「クイズ$ミリオネア」のパクリ番組なのでライフラインじゃないけど・・・)も、彼が救われるのも、ちょっとご都合主義な気がしないでもないけれど、"情けは人の為ならず"ってことを描きたいのであれば、これは正にその通りなのでOK。そして何よりスカッとするし(笑)
映画同様、ラムの人生は辛い。正直、映画よりも悲惨かも。でも、こちらも映画同様、その疾走感とラムの生きる強さに心を動かされて、重くなり過ぎず一気に読んでしまった。映画の兄と同名のサリムの存在がラムの心の支えとなっているけれど、彼の存在がこの作品の救いであることもおもしろい。
おもしろかった! インドの現実とかそういう問題も多く描かれている。でも、そういう問題を知ろうと構えて見るのではなく、ラムの人生から"生きていく強さ"を感じればいいんだと思う。自分の信念を貫く強さというか・・・。もちろん間違った信念を貫いちゃダメだけど(笑) そして「相手のためを思って・・・」なんて言い訳したりしないで、自分の本能にしたがって生きていけばいいんだと思った。そんなパワーをもらえた!
★ぼくと1ルピーの神様:ランダムハウス講談社 840円