'11.02.16 『英国王のスピーチ』(試写会)@よみうりホール
yaplog!で当選! いつもありがとうございます。これは見たかった!
*ネタバレありです! そして熱弁(笑)
「ヨーク公アルバート(通称バーティー)は、吃音に悩んでいた。高名な医者にかかっても効果はなし。エリザベス妃自ら訪ねて依頼したのは、ユニークな治療をするオーストラリア人ライオネル・ローグ。治療が少しずつ効果を見せはじめた頃、父王が崩御。跡を継いだ兄エドワード8世は、シンプソン夫人との結婚を選び、退位してしまう。王となったバーティーは絶対に失敗できないスピーチをすることになるが…」という話。これはおもしろかった。時代の大きな流れと、バーティー個人の流れを上手く絡めてあって、よくよく考えると結構重い内容なのに、時にコミカルにサラリと描いているため、重くなり過ぎず、じんわり感動できた。
一言で言えば英国王がスピーチする話(笑)でも、主人公は吃音でスピーチが容易ではない。では治しましょうということで、吃音になってしまう原因を探る。その過程でライオネルと信頼関係を築き、妻の愛情に支えられて克服していくという展開は、王道ストーリーではあるけれど安定感がある。一方で第二次世界大戦開戦など、歴史的な背景も描いている。実際のジョージ6世の奮闘は続くけど、この映画ではイギリスがドイツに宣戦布告し、バーティーが国民の士気を高めるべくスピーチに挑むところまでを描く。この構成は良かったと思う。サラリと多くを語らず描いているけど、戦争という異常な状況の中で、人々が心のよりどころを求めるのは当然。その象徴として王の存在は大きいと思うけど、実際そちら側になるのは大変なことなんだということが、欠点も悩みも弱さも持つ人間としてのバーティーの姿を通して、すんなり自然に理解できた。
冒頭、父ジョージ5世の名代として、スピーチをするところから始まる。見ている側は、彼が吃音であることは知っているけど、これはかなり重症。話そうとすればするほど、声が出てこない。マイクからは沈黙ではなく、彼の喉や口が声にならない音を発するのを無情にも流す。これは周りもいたたまれない… 後に、ライオネルがラジオでこのスピーチを一緒に聞いていた息子が「彼を助けてあげて」と言ったと語るシーンがあるけど、まさにそんな気持ち。ライオネルの診察室を初めて訪ねた日、迎えたのは彼の患者で、以前は全く話せなかった吃音の少年。ライオネルによると、生れつき吃音の人はいないとのこと。その証拠にと、バーティーにヘッドフォンをして、大音量で音楽を流し、シェイクスピアを朗読させ録音する。癇癪持ちのバーティーは聞きもせず怒って帰ってしまうけど、後日このレコードを聞くと、淀みなく朗読する自分の声が流れて来る。この辺りはベタだけど上手い。
再びライオネルの元に通い始めるバーティー。予告編でも流れているけど、顎を柔らかくするため、首を振ってみたり、床を転がってみたりとコミカルな治療法がモンタージュ形式で紹介されて楽しい。でも、この治療法はあくまで表面的なもの。根本的な解決は吃音になった原因を探ること。それは、父であるジョージ5世の厳しい躾と、華やかで社交的な兄を可愛がる乳母に、虐待されたことによるものであることが分かる。ライオネルが対等関係でないと治療はできないからと、何度"殿下"と呼ぶよう怒られてもバーティーと呼び続けたのは、なるほどコレを引き出すためだったのだと納得。
バーティーが吃音であることや、王になるきっかけ「王冠を賭けた恋」は知っていたけど、その他、特にトラウマ部分は本当なのか気になったので、毎度のWikipediaで調べてみた(笑) ジョージ6世ことアルバート・フレデリック・アーサー・ジョージ・ウィンザーは1895年12月14日生まれ。アルバートとはヴィクトリア女王の夫君アルバート公にちなんで名付けられた。言葉が遅く6~7歳までまともに話せなかった。父王ジョージ5世は吃音と、右利きへの矯正、X脚の矯正を厳しく行った。大変辛い矯正だった上に、兄エドワードから執拗にからかわれた。乳母の虐待も事実らしい。生来病弱であったこともあり、なるべく公の場に出たくないと考えていたらしい。3度のプロポーズでストラスモア伯爵家のエリザベス・バウェス=ライオンと結婚。おおらかで優雅な彼女は国民に人気があり、それはヨーク公(バーティー)の人気ともなった。子供は現女王エリザベス2世とマーガレット王女。父王崩御により、兄エドワードが即位するが、離婚歴のあるアメリカ人ウォリス・シンプソンとの不倫が問題となり、彼女との結婚を選び退位してしまったのが"王冠を賭けた恋"。これにより、次男ヨーク公アルバートがジョージ6世として即位することになる。王になりたくないと母皇太后の前で号泣したとか、ルイス・マウントバットテンに愚痴をこぼしたと言われている。左足が不自由で病弱な彼に重責を負わせたとして、エリザベス王妃は生涯ウィンザー公(エドワード8世)夫妻を許さなかった。第二次大戦中には疎開せず、国民の精神的な支えとなった。"善良王"と呼ばれる。1952年2月6日崩御。花輪を贈ったチャーチルは「勇者へ」と言葉を添えたとのこと。
長々書いてしまったけど、映画はほぼ真実なんだね。庶民なので、王になりたい人の気持ちは全く分からないけど、王になりたくない気持ちはよく分かる(笑) トラウマや吃音から自分に自信が持てないことは置いておいても、こんな重責は負いたくない。その辺りは、決して多弁ではないのに、欠点もある普通の人として描いた脚本と、俳優達の絶妙な演技のおかげで、雲の上の人ではなく身近な人の悩みとして感じることができる。
登場人物達の性格や人となりが分かりやすい。バーティーの物語だから、彼の吃音の原因に少なからず関係している兄エドワード8世については、ちょっと誇張している部分はあると思うけれど、シンプソン夫人に夢中になってハシャギまくり、バーティーに諭されてキレ、吃ってしまうバーティーをからかったり、危篤の父王そっちのけでウォリスに電話、そのわり父が亡くなり王になった途端、人目も憚らず母にすがって号泣する姿は、嫌な人というより大人になりきれていない人という印象。ただ、陽気で華やかな人で、その無邪気ささえ魅力である気はするので、内向的なバーティーがコンプレックス感じるのは分かる。実際のエドワード8世がどんな人だったかは知らないけれど、不倫であっても恋に落ちることは止められないし、そのために王位を捨てたとしても、人としての幸せを貫いたとも言える。その選択は、彼の側から描けば素敵な決断なのかもしれない。でも、公人中の公人である王が、職務を投げ出してしまうのは、無責任と言われてもしかたがない。どちらが正しいかという判断は、なかなか難しいところではあるけれど…
バーティーは内向的で癇癪持ちではあるけれど、兄よりも"常識的"に描かれている。後に"善良王"と呼ばれる彼は、誠実であるけれど、スーパーヒーローではない。でも、きっと明るく華やかだけれど、軽率な王に捨てられ、ドイツとの戦争しなくてはならない国民は、不器用だけど懸命に王になろうとするバーティーに、親しみを感じ、彼を助けたいと思ったのかも。映画を見ている分には、欠点である癇癪持ちも、時々見せる横柄な態度すら、人間的に見えて重責に立ち向かう姿を応援したくなる。人間は誰でも欠点があるし、いい面もある。ある側面だけ見れば欠点が目立つし、逆に親しみやすさになったりもする。欠点だけ見て嫌いになられても、仕方がないのかも。人は見たいものしか見ないし、自分の全てを上手く表現できているとは限らない。その辺りはバーティーとエドワードを対比することで、きちんと伝わってきた。
ライオネルは売れないシェイクスピア俳優。医師の資格はない。劇中で彼が語っているとおり、きちんと勉強したのだろうし、吃音がトラウマやストレスが原因なのであれば、それを取り除かなければならないわけで、その方法は人それぞれ合う合わないがあるんだと思う。バーティーには弱さをさらけ出し、自信を持たせてくれる友人が必要だったんだと思う。妻の支えだけでなく、第三者の力が必要だったんだろう。心配した父王も治そうと懸命だけど、原因が父なのだから直るはずもないし… ライオネルは治療のためとはいえ対等に接した。治したいというより、力になりたかったのかも。先日見たシネ通のジェフリー・ラッシュのインタビューによると、ライオネルはバーティーの治療の記録を詳細に残しており、劇中の2人の会話は、そのまま使われているそう。どこまでが本物なのか不明だけど、ライオネルの言葉には誠実さが感じられる。彼がバーティーに「立派な王になれる」と言うのは、単純な励ましではなく、確信が込められていて、王になって欲しいという思いが伝わってきた。それは、単純に友達だからでなく、自身(=国民)が立派な王を求めているんだと思わせる。多弁ではないけれど画から、人々の不安が伝わってきた。そして、やっぱりジェフリー・ラッシュの演技によるもの。彼が演じることによって、初めは胡散臭く感じるのもいい。何となくいつもジェフリー・ラッシュが出てくると、適か味方か?という目で見てしまう(笑) それも名優だからだと思う。褒めてます!
自信があろうとなかろうと、なりたかろうがなかろうが、バーティーが王になるしかないわけで、それは自分も分かっている。ならばと書類に目を通しても、不安な気持ちがこみあげてしまう。そんな時、優しく寄り添うエリザベス妃。実際は不明だけど、映画では友達らしき人物は出てこない。それが、家族とライオネルが心の支えとなっていることを際立たせている。エリザベス妃はバーティーを励ますけれど、追い立てない。吃音をなんとかしようと、あまり上品な地域と言えないライオネルの診療所に自ら出向く。このエピソードが本当なのか不明だけど、ライオネルに自ら交渉する。医師でもないオーストラリア人のライオネルに対して偏見はない。敬意も払っているけれど、自分の品位は落さない。このヘレナ・ボナム=カーターの演技は見事! 祖父か曾祖父が英国首相という上流階級の出身だそうだけど、夫を立てつつ、身分の高い人物としての振る舞いが素晴らしい。
映画のクライマックスを戴冠式ではなく、ドイツへの宣戦布告に際し、国民を励まし鼓舞するための9分間のスピーチ・シーンとなっている。なるほど、王になるということは、豪華絢爛な戴冠式で王冠を戴くことではなく、国民のために生きるということなのだと納得。だいぶよくなっているとはいえ、何度か登場するスピーチは1度も成功していないので、見ている側も、ラジオの前の英国民同様、心配になる。バーティーがライオネルと2人で、極度の緊張の中、危なっかしい部分もありながら、無事にスピーチをやり遂げるシーンは感動。彼が苦手なスピーチを克服したことは、そのままま国民への思いとなって、ラジオの前の人々だけではなく、見ている側にも伝わってくる。とにかく、バーティーを演じたコリン・ファースが素晴らしい! 癇癪を起こしている時ですら、彼を嫌だとは思わない。吃ってスピーチができなかった時もイライラしたり、失望したりしない。ガッカリするけれど、それは彼の絶望的な気持ちが分かるから。彼のためにガッカリしてしまう。そして、彼がこのハンディキャップを抱えつつ、王という責務をこなしているからこそ、国民も見ている側も頑張ろうと思える。世界一とも言える高い身分に就いた、複雑な内面を持ちつつ、誠実で人間らしい人物。泣きじゃくっても、品位は落としていない。素晴らしい!
キャストについては、さんざん語って来たので、これ以上語ることはない(笑) 実在の人物達なので、一応本人に似ている人をキャスティングしたのかな… シンプソン夫人とか似てた気がする。主役3人以外のキャストもマイケル・ガンボン、ガイ・ピアースなど見応えあり。少ししか出ないけどローグ夫人のジェニファー・イーリーは、旧『スパイダーマン』シリーズのメイおばさん役ローズマリー・ハリスの娘さんとのこと。
第二次大戦の頃なので、そんなに大昔ではないけど、一応コスチューム・プレイ。エリザベス妃のドレスが主張し過ぎず素敵。ほとんどがライオネルの診察室なので、宮殿内部とかはそんなに出てこない。戴冠式が行われたウェストミンスター寺院は圧巻。戴冠式のシーンはないけど(笑) 舞台のお芝居っぽい感じもあるけれど、あくまで人間ドラマに徹していて良かった。ライオネルに"your highness(殿下)" と呼べと怒っていたけど、王になって帰宅(宮殿だけど…)して、幼い王女2人の姿を見つけホッとしたのもつかの間、2人から「your majesty(陛下)」と呼ばれ複雑な表情になるとか、そういう細かい演出がツボ。このコリン・ファースの演技もいい。
幼児期のトラウマやハンディキャップ、そして戦争など、実は重いテーマを時にコミカルに、一見サラリと描いているけど、細部まで手を抜いていない。じんわり感動。コリン・ファースのKing's Englishも見どころ!
『英国王のスピーチ』Official site
yaplog!で当選! いつもありがとうございます。これは見たかった!
*ネタバレありです! そして熱弁(笑)
「ヨーク公アルバート(通称バーティー)は、吃音に悩んでいた。高名な医者にかかっても効果はなし。エリザベス妃自ら訪ねて依頼したのは、ユニークな治療をするオーストラリア人ライオネル・ローグ。治療が少しずつ効果を見せはじめた頃、父王が崩御。跡を継いだ兄エドワード8世は、シンプソン夫人との結婚を選び、退位してしまう。王となったバーティーは絶対に失敗できないスピーチをすることになるが…」という話。これはおもしろかった。時代の大きな流れと、バーティー個人の流れを上手く絡めてあって、よくよく考えると結構重い内容なのに、時にコミカルにサラリと描いているため、重くなり過ぎず、じんわり感動できた。
一言で言えば英国王がスピーチする話(笑)でも、主人公は吃音でスピーチが容易ではない。では治しましょうということで、吃音になってしまう原因を探る。その過程でライオネルと信頼関係を築き、妻の愛情に支えられて克服していくという展開は、王道ストーリーではあるけれど安定感がある。一方で第二次世界大戦開戦など、歴史的な背景も描いている。実際のジョージ6世の奮闘は続くけど、この映画ではイギリスがドイツに宣戦布告し、バーティーが国民の士気を高めるべくスピーチに挑むところまでを描く。この構成は良かったと思う。サラリと多くを語らず描いているけど、戦争という異常な状況の中で、人々が心のよりどころを求めるのは当然。その象徴として王の存在は大きいと思うけど、実際そちら側になるのは大変なことなんだということが、欠点も悩みも弱さも持つ人間としてのバーティーの姿を通して、すんなり自然に理解できた。
冒頭、父ジョージ5世の名代として、スピーチをするところから始まる。見ている側は、彼が吃音であることは知っているけど、これはかなり重症。話そうとすればするほど、声が出てこない。マイクからは沈黙ではなく、彼の喉や口が声にならない音を発するのを無情にも流す。これは周りもいたたまれない… 後に、ライオネルがラジオでこのスピーチを一緒に聞いていた息子が「彼を助けてあげて」と言ったと語るシーンがあるけど、まさにそんな気持ち。ライオネルの診察室を初めて訪ねた日、迎えたのは彼の患者で、以前は全く話せなかった吃音の少年。ライオネルによると、生れつき吃音の人はいないとのこと。その証拠にと、バーティーにヘッドフォンをして、大音量で音楽を流し、シェイクスピアを朗読させ録音する。癇癪持ちのバーティーは聞きもせず怒って帰ってしまうけど、後日このレコードを聞くと、淀みなく朗読する自分の声が流れて来る。この辺りはベタだけど上手い。
再びライオネルの元に通い始めるバーティー。予告編でも流れているけど、顎を柔らかくするため、首を振ってみたり、床を転がってみたりとコミカルな治療法がモンタージュ形式で紹介されて楽しい。でも、この治療法はあくまで表面的なもの。根本的な解決は吃音になった原因を探ること。それは、父であるジョージ5世の厳しい躾と、華やかで社交的な兄を可愛がる乳母に、虐待されたことによるものであることが分かる。ライオネルが対等関係でないと治療はできないからと、何度"殿下"と呼ぶよう怒られてもバーティーと呼び続けたのは、なるほどコレを引き出すためだったのだと納得。
バーティーが吃音であることや、王になるきっかけ「王冠を賭けた恋」は知っていたけど、その他、特にトラウマ部分は本当なのか気になったので、毎度のWikipediaで調べてみた(笑) ジョージ6世ことアルバート・フレデリック・アーサー・ジョージ・ウィンザーは1895年12月14日生まれ。アルバートとはヴィクトリア女王の夫君アルバート公にちなんで名付けられた。言葉が遅く6~7歳までまともに話せなかった。父王ジョージ5世は吃音と、右利きへの矯正、X脚の矯正を厳しく行った。大変辛い矯正だった上に、兄エドワードから執拗にからかわれた。乳母の虐待も事実らしい。生来病弱であったこともあり、なるべく公の場に出たくないと考えていたらしい。3度のプロポーズでストラスモア伯爵家のエリザベス・バウェス=ライオンと結婚。おおらかで優雅な彼女は国民に人気があり、それはヨーク公(バーティー)の人気ともなった。子供は現女王エリザベス2世とマーガレット王女。父王崩御により、兄エドワードが即位するが、離婚歴のあるアメリカ人ウォリス・シンプソンとの不倫が問題となり、彼女との結婚を選び退位してしまったのが"王冠を賭けた恋"。これにより、次男ヨーク公アルバートがジョージ6世として即位することになる。王になりたくないと母皇太后の前で号泣したとか、ルイス・マウントバットテンに愚痴をこぼしたと言われている。左足が不自由で病弱な彼に重責を負わせたとして、エリザベス王妃は生涯ウィンザー公(エドワード8世)夫妻を許さなかった。第二次大戦中には疎開せず、国民の精神的な支えとなった。"善良王"と呼ばれる。1952年2月6日崩御。花輪を贈ったチャーチルは「勇者へ」と言葉を添えたとのこと。
長々書いてしまったけど、映画はほぼ真実なんだね。庶民なので、王になりたい人の気持ちは全く分からないけど、王になりたくない気持ちはよく分かる(笑) トラウマや吃音から自分に自信が持てないことは置いておいても、こんな重責は負いたくない。その辺りは、決して多弁ではないのに、欠点もある普通の人として描いた脚本と、俳優達の絶妙な演技のおかげで、雲の上の人ではなく身近な人の悩みとして感じることができる。
登場人物達の性格や人となりが分かりやすい。バーティーの物語だから、彼の吃音の原因に少なからず関係している兄エドワード8世については、ちょっと誇張している部分はあると思うけれど、シンプソン夫人に夢中になってハシャギまくり、バーティーに諭されてキレ、吃ってしまうバーティーをからかったり、危篤の父王そっちのけでウォリスに電話、そのわり父が亡くなり王になった途端、人目も憚らず母にすがって号泣する姿は、嫌な人というより大人になりきれていない人という印象。ただ、陽気で華やかな人で、その無邪気ささえ魅力である気はするので、内向的なバーティーがコンプレックス感じるのは分かる。実際のエドワード8世がどんな人だったかは知らないけれど、不倫であっても恋に落ちることは止められないし、そのために王位を捨てたとしても、人としての幸せを貫いたとも言える。その選択は、彼の側から描けば素敵な決断なのかもしれない。でも、公人中の公人である王が、職務を投げ出してしまうのは、無責任と言われてもしかたがない。どちらが正しいかという判断は、なかなか難しいところではあるけれど…
バーティーは内向的で癇癪持ちではあるけれど、兄よりも"常識的"に描かれている。後に"善良王"と呼ばれる彼は、誠実であるけれど、スーパーヒーローではない。でも、きっと明るく華やかだけれど、軽率な王に捨てられ、ドイツとの戦争しなくてはならない国民は、不器用だけど懸命に王になろうとするバーティーに、親しみを感じ、彼を助けたいと思ったのかも。映画を見ている分には、欠点である癇癪持ちも、時々見せる横柄な態度すら、人間的に見えて重責に立ち向かう姿を応援したくなる。人間は誰でも欠点があるし、いい面もある。ある側面だけ見れば欠点が目立つし、逆に親しみやすさになったりもする。欠点だけ見て嫌いになられても、仕方がないのかも。人は見たいものしか見ないし、自分の全てを上手く表現できているとは限らない。その辺りはバーティーとエドワードを対比することで、きちんと伝わってきた。
ライオネルは売れないシェイクスピア俳優。医師の資格はない。劇中で彼が語っているとおり、きちんと勉強したのだろうし、吃音がトラウマやストレスが原因なのであれば、それを取り除かなければならないわけで、その方法は人それぞれ合う合わないがあるんだと思う。バーティーには弱さをさらけ出し、自信を持たせてくれる友人が必要だったんだと思う。妻の支えだけでなく、第三者の力が必要だったんだろう。心配した父王も治そうと懸命だけど、原因が父なのだから直るはずもないし… ライオネルは治療のためとはいえ対等に接した。治したいというより、力になりたかったのかも。先日見たシネ通のジェフリー・ラッシュのインタビューによると、ライオネルはバーティーの治療の記録を詳細に残しており、劇中の2人の会話は、そのまま使われているそう。どこまでが本物なのか不明だけど、ライオネルの言葉には誠実さが感じられる。彼がバーティーに「立派な王になれる」と言うのは、単純な励ましではなく、確信が込められていて、王になって欲しいという思いが伝わってきた。それは、単純に友達だからでなく、自身(=国民)が立派な王を求めているんだと思わせる。多弁ではないけれど画から、人々の不安が伝わってきた。そして、やっぱりジェフリー・ラッシュの演技によるもの。彼が演じることによって、初めは胡散臭く感じるのもいい。何となくいつもジェフリー・ラッシュが出てくると、適か味方か?という目で見てしまう(笑) それも名優だからだと思う。褒めてます!
自信があろうとなかろうと、なりたかろうがなかろうが、バーティーが王になるしかないわけで、それは自分も分かっている。ならばと書類に目を通しても、不安な気持ちがこみあげてしまう。そんな時、優しく寄り添うエリザベス妃。実際は不明だけど、映画では友達らしき人物は出てこない。それが、家族とライオネルが心の支えとなっていることを際立たせている。エリザベス妃はバーティーを励ますけれど、追い立てない。吃音をなんとかしようと、あまり上品な地域と言えないライオネルの診療所に自ら出向く。このエピソードが本当なのか不明だけど、ライオネルに自ら交渉する。医師でもないオーストラリア人のライオネルに対して偏見はない。敬意も払っているけれど、自分の品位は落さない。このヘレナ・ボナム=カーターの演技は見事! 祖父か曾祖父が英国首相という上流階級の出身だそうだけど、夫を立てつつ、身分の高い人物としての振る舞いが素晴らしい。
映画のクライマックスを戴冠式ではなく、ドイツへの宣戦布告に際し、国民を励まし鼓舞するための9分間のスピーチ・シーンとなっている。なるほど、王になるということは、豪華絢爛な戴冠式で王冠を戴くことではなく、国民のために生きるということなのだと納得。だいぶよくなっているとはいえ、何度か登場するスピーチは1度も成功していないので、見ている側も、ラジオの前の英国民同様、心配になる。バーティーがライオネルと2人で、極度の緊張の中、危なっかしい部分もありながら、無事にスピーチをやり遂げるシーンは感動。彼が苦手なスピーチを克服したことは、そのままま国民への思いとなって、ラジオの前の人々だけではなく、見ている側にも伝わってくる。とにかく、バーティーを演じたコリン・ファースが素晴らしい! 癇癪を起こしている時ですら、彼を嫌だとは思わない。吃ってスピーチができなかった時もイライラしたり、失望したりしない。ガッカリするけれど、それは彼の絶望的な気持ちが分かるから。彼のためにガッカリしてしまう。そして、彼がこのハンディキャップを抱えつつ、王という責務をこなしているからこそ、国民も見ている側も頑張ろうと思える。世界一とも言える高い身分に就いた、複雑な内面を持ちつつ、誠実で人間らしい人物。泣きじゃくっても、品位は落としていない。素晴らしい!
キャストについては、さんざん語って来たので、これ以上語ることはない(笑) 実在の人物達なので、一応本人に似ている人をキャスティングしたのかな… シンプソン夫人とか似てた気がする。主役3人以外のキャストもマイケル・ガンボン、ガイ・ピアースなど見応えあり。少ししか出ないけどローグ夫人のジェニファー・イーリーは、旧『スパイダーマン』シリーズのメイおばさん役ローズマリー・ハリスの娘さんとのこと。
第二次大戦の頃なので、そんなに大昔ではないけど、一応コスチューム・プレイ。エリザベス妃のドレスが主張し過ぎず素敵。ほとんどがライオネルの診察室なので、宮殿内部とかはそんなに出てこない。戴冠式が行われたウェストミンスター寺院は圧巻。戴冠式のシーンはないけど(笑) 舞台のお芝居っぽい感じもあるけれど、あくまで人間ドラマに徹していて良かった。ライオネルに"your highness(殿下)" と呼べと怒っていたけど、王になって帰宅(宮殿だけど…)して、幼い王女2人の姿を見つけホッとしたのもつかの間、2人から「your majesty(陛下)」と呼ばれ複雑な表情になるとか、そういう細かい演出がツボ。このコリン・ファースの演技もいい。
幼児期のトラウマやハンディキャップ、そして戦争など、実は重いテーマを時にコミカルに、一見サラリと描いているけど、細部まで手を抜いていない。じんわり感動。コリン・ファースのKing's Englishも見どころ!
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