2016.11.04 『手紙は憶えている』鑑賞@TOHOシネマズシャンテ
すごく見たくて試写会応募したけどハズレ TOHOシャンテでの上映は17:30からの回があって、定時で上がれそうだったので急遽見に行くことに。なので久々に定額で見ちゃった まぁ、普通のことだけど、やっぱり1,800円は痛い
ネタバレありです! 結末にも触れています!
「老人介護施設に入居しているゼヴは、認知症の症状があり、妻のルースが亡くなったことも忘れてしまう状態。ある夜、同じ施設の友人から手紙を渡され、以前した約束を果たすように言われるが・・・」という話で、これはホントにおもしろかった。ナチス残党を追うサスペンスでありながら、家族愛、老人問題なども扱っている。ラストにどんでん返しが待っていて、衝撃を受けることになるけど、たぶんこれは皆なんとなく予測がつくと思う。それでもなお衝撃を受けてしまうのは、やっぱりその過去の重さ。手紙というアイテムを使っていることから、現代でありながらヒッチコック映画を見ているような印象。レトロ感というか・・・ テーマは重いけれど、とっても良かった。
アトム・エゴヤン監督作品。監督の作品は『デビルズ・ノット』しか見てないかな? 『クロエ』がHDDに入ってるけどまだ見てない。脚本は今作がデビュー作となるベンジャミン・オーガスト。デビュー作でこれはすごいね。第72回ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門正式出品、2015年トロント国際映画祭GALA部門正式出品、第16回カルガリー国際映画祭観客賞受賞、2016年ACTRAアワード最優秀男優賞受賞など。男優賞はクリストファー・プラマーかな? 受賞歴に派手さはないけれど、その感じも今作に合っている気はする。ただ、個人的にはクリストファー・プラマーにアカデミー賞主演男優賞をあげたい。
冒頭、ベッドで眠る老人。ちょっと苦しげな寝息。目覚ましが鳴り目覚めて妻を呼ぶが答えはない。居心地のよさそうな部屋にも彼女の姿はない。扉を開けると病院のような場所に出る。見ている側はここが老人介護施設であることに気づく。職員の女性に妻のことを尋ねる老人。残念だけど奥さんは亡くなったのよと告げられる。腑に落ちない様子の老人の姿に、彼は認知症の症状があることが分かる。この冒頭は素晴らしい。扉の向こうに老人の部屋。その温かみのある部屋と、パジャマ姿の彼が佇む無機質な空間の対比が素晴らしい。
老人はゼヴ・グッドマン(クリストファー・プラマー)。後にゼヴとはヘブライ語で狼の意味であること明かされるけど、不思議な名前。職員の女性に促されて朝食の席につく。すると鼻にチューブを通した老人が、車いすを押されてゼヴと同じ席につく。この老人マックス(マーティン・ランドー)はゼヴに話があるようだけれど、咳き込んでしまって話せない。この辺りのもどかしさというか、年を取ることの大変さのような描写もいい。これは老人問題もテーマの一つにあるというか、そこがカギとなってくるので。
ゼヴの誕生日だったっけ? 亡き妻ルースをしのぶ会だったっけ? ちょっと忘れてしまったけれど、ゼヴが主役のパーティーが開かれる。孫娘と話すゼヴ。そこに現れるマックス。ゼヴは妻のルースが亡くなった後、何かを実行すると約束したらしく、そのことを思い出すように言われる。その内容については手紙に書かれているようで、この部屋を出た後、疲れたからと家族に告げて自然な形で自室に戻り、誰にも見られないように手紙を読むように指示される。ゼヴはそのように行動する。そして、その夜ゼヴはタクシーでどこかに向かう。この流れはホントに引き込まれた。事前情報として、ゼヴに認知症の症状があること、手紙の指示によりナチスの残党を探すことは知っていたので、この時点では一切明かされない手紙の内容についても察しがついたし、ゼヴが出かけることも分かっていたけど、現代が舞台になっているのに、使われるアイテムが手紙であることや、レトロな雰囲気のセットや色のトーンが、何か昔のスパイものでも見ているかのような印象。
場面変わって列車の中。4人掛けの席に座るゼヴ。向かいにはゲームをする10歳くらいの少年。ゼヴの目的地と同じ街に住む母親のもとに向かう少年は、父や兄たちと離れて1人座っている。この頃の少年特有のちょっと大人びたセリフを言いたがる感じが相まって、ゼヴとの会話が微笑ましい。今作ではゼヴと子供の会話が何度か登場する。全てゼヴの子供に対して温かい視線を向け、決して彼らを子ども扱いしていない人柄が見てとれる。それだけに最後の1人に対する彼の行動が衝撃的でもある。しばらくすると寝てしまったようで、目覚めたゼヴはまた混乱する。妻のルースを探し、自分がどこにいるのかも分からない様子。そんなゼヴの姿に怯える少年。ゼヴは手紙を読むことで状況を把握する。これは少年の助言があったんだっけ? 腕に「手紙を読むこと」と書き込む。危うい旅であることが印象付けられる。列車を降りた後、少年の父親が話しかけてくる。息子によると様子がおかしかったので心配だというのだった。ゼヴは一人で大丈夫であることを失礼のない態度で告げる。今作では高齢者であるゼヴをいたわる人々の姿が描かれていて題材の重さに比例して少しホッとする。この辺りの感じも上手い。物語の緩急もそうだし、後にいろいろ考えさせられる部分でもあったりする。
駅ではタクシーが迎えに来ており、ゼヴをある場所に連れて行く。なんとそこは銃器販売店。ここでの店員とのやり取りが結構長く続く。ここで分かるのは、ゼヴは運転免許証を保持していること。そして特に逮捕歴などがなければ90歳の老人でも銃を手に入れることが出来るということ。アメリカというのはなかなかすごい。認知症があっても、その時の受け答えで店員が明らかにおかしいと感じない、もしくは多少おかしくても売れればよいと考える店員であったら、条件としては銃を保持することが出来てしまうわけで、これは正直怖い。しかも運転免許も持っているということは、車も運転できるわけで、最近日本でも増えている高齢者による自動車事故を考えると、こちらも怖い。銃はもちろん、自動車だって操作を誤れば人の命を奪ってしまうことがあるわけなので。この描写を長めに入れたのは、ゼヴが武器を手に入れることが出来るかというハラハラ感とともに、その辺りの怖さについても見せたいということかなと思った。前述したとおり自分はある程度事前情報があったので、ゼヴが銃を何に使おうとしているのかは分かったのだけど、全く情報を入れずに見た人にとっては、ゼヴの"約束"がどんな内容なのか謎が深まる形となっている。この辺りも上手い。
指定されたホテルに着くと予約が入っており、前金で支払いも済んでいた。眠ってしまうゼヴ。目覚めるとまた混乱し亡き妻ルースを探す。この後も何度も出て来るけれど、ゼヴは眠ると記憶がリセットされてしまうのか、目覚めるたびルースを探す。腕に書いた「手紙を読む」という文字を見つけたゼヴは手紙を読み始める。この時点で見ている側にも少し情報が明かされる。ここ自分の記憶もあいまいだけど、もしかしたら部屋に着いて直ぐに手紙を読ん時だったかもしれない。それによると、マックスは以前からサイモン・ウィーゼンタール・センター(Wikipedia)に協力しており、ナチス残党を探す手伝いをしていた。マックスは、彼とゼヴの家族をアウシュビッツで殺したオットー・ヴァリッシュという人物を長年探していた。オットー・ヴァリッシュはルディ・コランダーというユダヤ人になりすまし、アメリカに入国した。現在、4名の候補まで絞り込めている。そこで、ゼヴが彼らを1人ずつ訪ね、オットー・ヴァリッシュなのであれば復讐するというのが約束の内容。かなり衝撃的ではあるけれど、今年(2016年)になってからも、元ナチスだった人物が裁かれ90歳超という年齢ながら禁固刑の判決が下されていることからも、遺族にとってこの問題に終わりはないのでしょう。ただし、どうか自分の手で制裁を加えないで欲しいと思うけれど、結果はどうあれ自身も90歳近い老人が復讐のため旅をするというストーリーは映画としては面白い。
ゼヴはタクシーである民家を訪ねる。応対に出た女性にルディ・コランダーを訪ねて来た旨を告げる。彼は地下室にいると言う。おぼつかない足どりで地下へ降りるゼヴ。このゼヴがおぼつかないということが、見ている側をハラハラさせる要素でもある。地下室にはテレビを見ながら1人盛り上がっている老人がいた。ルディ・コランダー(ブルーノ・ガンツ)であることを確認してから銃を向けるゼヴ。ルディ・コランダーは気丈にも抵抗し、力のこもらない手では銃など撃てそうにもないけれど、銃口を向けられていれば従わないわけにはいかない。アウシュビッツにいただろうと問いただすも、自分はアフリカにいたとの返事。証拠の写真もあり、この老人が探していたルディ・コランダーでないことが分かる。落胆するゼヴ。この不遜な態度のブルーノ・ガンツの演技が素晴らしく、緊張感と同時にいら立ちを感じさせる。ルディ・コランダーの正体はユダヤ人を虐殺したオットー・ヴァリッシュなのだから、思いっきりみじめに命乞いする卑怯な人物か、敵ながらあっぱれの嫌な奴であって欲しい。ブルーノ・ガンツのルディ・コランダーは後者の方。結果オットー・ヴァリッシュではなかったけれど、こいつなのか?!と思わせる感じが素晴らしい。
1人目のルディ・コランダーが探していたオットー・ヴァリッシュではなかったため、ゼヴは2人目のルディ・コランダーに会いに行くことになる。この間も見ている側は、曖昧な記憶、おぼつかない足元、思うように動かない体で任務を遂行しようとするゼヴを見守ることになる。そして、高齢の紳士であるゼヴを周囲がいたわる姿も見ることになる。これはラストへの布石だったりするのかな?
2人目のルディ・コランダー(ユルゲン・ポロノフ)は病室にいた。おそらく死の床についているであろう彼に銃口を向けるゼヴ。アウシュビッツにいたことを認めたルディ・コランダーを今まさに撃とうとした時、思わずよけようとして顔の前に上げた腕に囚人番号が。そう、彼は囚人としてアウシュビッツに居たのだった。2番目のルディ・コランダーがアウシュビッツにいた理由はホモセクシャル。力なくホモセクシュアルと理由を話すルディ・コランダーが切ない。ナチスがユダヤ人や政治犯だけでなく、同性愛者も弾圧していたのは知らなかった。このあたりのことを知らしめたいという思いがあるのかな?
全体的に手紙とマックスの指示以外あまり説明がないので、ちょっと分かりにくかったのだけど、3番目のルディ・コランダーはカナダにいるということなのかな? バスで国境を超える。ゼヴはパスポート持っていたのね? このあたりもマックスが手配したのかもしれないけれど、ちょっとだけ驚く。拳銃を持ったままの国境越えはドキドキするシーンでもあるけれど、ゼヴは意外にも簡単な方法で切り抜ける。このあたりもゼヴが高齢者であるということで、警戒されにくいのかもしれない。
3人目のルディ・コランダーの家は郊外にあった。近くには採石場か何かがあって、定期的に大きな音を立てている。周囲は背の高い草に覆われていて、周りに家もポツリポツリとしかない小さな家。よく吠えるシェパードがいるため、中の様子を見ることはできないけれど留守の様子。ゼヴはポーチでかなり長い時間待っていたらしい。1台のパトカーが止まり、中から制服の警官が降りてくる。この家の主である彼は、ルディ・コランダーの息子ジョン(ディーン・ノリス)でゼヴを歓迎してくれるが、残念ながら本人はすでに亡くなっていた。そういうことなら長居は無用と思うけれど、このルディ・コランダーがオットー・ヴァリッシュであったのか調べなくてはならないし、なにより孤独な暮らしのジョンがゼヴを帰そうとしない。ルディ・コランダーの寝室にはナチス関連の制服やグッズが飾られているし、ジョンも嬉々としてクリスタル・ナハト(水晶の夜 Wikipedia)の話をするなど、ジョンはナチス信奉者らしい。どんどん会話に熱を帯びてくるジョン。彼はゼヴがナチス将校だったと思い込んでいるのだからそうなるのは分かるけれど、ゼヴとしては当然複雑。自分の家族を殺した男の息子と、憎んでも憎み切れないナチスについて会話しているのだから。
中年男性の1人住まいで散らかった粗末な家。そのソファに並んで酒を飲む。ゼヴの方は探り探りではあるものの、何とか会話を合わせて行く。ボロが出ないうちに引き上げた方がいいのではと思いつつも、まだジョンの父親が探していた相手が確信が持てない。見ている側も焦ってくる。話をするうち、このルディ・コランダーはクリスタル・ナハトの時点では少年であり、ナチスに関わっていたとはいえ料理人だったことが分かる。となれば探していた人物ではないわけで、だったらこの場をおさめて帰らなければ。しかし、暑くなってゼヴは上着を脱ぎ、腕をまくっていたのだけど、ふとした拍子に囚人番号が見えてしまう。態度が急変するジョン。おまえはユダヤ人か?!という主旨のことを、もう少し汚い言葉で言い放ち。ゼヴに対して敵意むき出しになる。まぁ、ゼヴが父親の友人でない以上、何しに来たのかといぶかるのは当然だけど、ジョンの怒りは尋常ではない。自身も警官らしいのに、犬をけしかけて襲わせようとする始末。失禁までして怯えるゼヴ。対老人であれば、そのおぼつかない手足でも、何とか優位に立つことができても、中年男性相手では勝ち目はない。襲ってきた犬を間一髪射殺し、ジョンも撃ち殺してしまう。オットー・ヴァリッシュを殺そうとしているわけだから、見ている側も殺人が行われる覚悟をしているわけだけど、まさかターゲットと関係ない相手を殺してしまうとは思わなくてビックリ。
返り血を浴びたゼヴはシャワーを浴び、ルディ・コランダーのベッドで眠ってしまう。そして目覚めるとまた妻を探す。そして遺体を発見し驚愕する。自分のしたことは思い出せた様子。ゼヴをここまで送ってくれたタクシーの運転手は、彼をいたわって連絡をくれれば迎えに来ると言ってくれていた。どうやら彼を呼んだらしく、ゼヴはこの家を後にする。ジョンはあの性格だし、孤独な暮らしらしいので、無断欠勤をいぶかしく思われなければ、しばらく発見されることはないかもしれない。そして、事件直前に老人が訪ねたことが分かっても、それがゼヴに結びつくことにも時間がかかりそうではある。この家の周りの陰鬱とした画がとても効果的。
街に着いたゼヴは雑踏の中に妻の姿を見たらしく、錯乱して道路に飛び出してしまい、危うく車にひかれそうになり、頭を打って病院に運ばれてしまう。ゼヴの行方を捜していた息子チャールズ(ヘンリー・ツェニー)のもとに連絡が入る。ゼヴの復讐は遂げられないままに、息子に引き取られてしまうのか?と焦ったりする。隣のベッドの患者を見舞いに来ていた少女。孫娘と同じくらいの年齢。10歳になっているかな? 優しく話しかけるゼヴ。上着のポケットにキャンディーが入っているから取っていいよと言うと、少女はよろこんでポケットを探る。中から出てきたのはあの手紙。ホテルで朝食を食べている時、ウェイトレスにコーヒーをこぼされてしまったりしたけれど、この手紙がゼヴのよりどころ。たぶんこの時点までゼヴは復讐のことは忘れていたと思うけれど、何かがよぎった様子。少女に手紙を読んでもらう。見ている側も初めて聞くルディ・コランダーことオットー・ヴァリッシュの悪行。ナチスのことをナズィーと発音してしまう無垢な少女から発せられることで、より重い内容となっている。
そして、ゼヴは最後の1人と対決するため、彼の家に向かう。木を基調としてログハウスのような感じだけど、かなり大きな家。どことなくドイツっぽい印象。そういえばチャールズの家もかなりモダンで広かった。父親を介護施設に預けているし、そこそこ裕福っぽい。これは後の伏線なのかなと思う。迎えに出たのは中年女性。ルディ・コランダーの娘か嫁? 10代の娘もいる。古い知り合いであることを告げると招き入れてくれるけれど、ルディ・コランダーは昔のことを話したがらないと言う。広いリビングにはグランドピアノが置いてある。そういえば、ホテルだったかの1室においてあったピアノを弾くシーンがあった。アウシュビッツに送られる前は、音楽を愛する心豊かな暮らしをしていたのかと切なくなった。再びゼヴがピアノを弾くシーン。でも、緊張感が漂うシーンとなっている。その音を聞きつけてルディ・コランダー(ハインツ・リーフェン)が降りてくる。いよいよ対面。するとルディはゼヴを抱きしめ挨拶をする。もちろんゼヴは拒否するけど、見ている側としては不思議な感覚にとらわれる。なぜルディはこんな行動をとったのか?
一方、ゼヴが再び行方不明になったことで、彼を探していたチャールズがコランダー家を訪ねて来る。これはゼヴを送ったタクシーの運転手などから情報を得たってことかな? 中年女性が迎え入れている間に、庭のテラスに出たゼヴ、ルディ、そしてルディの孫。ゼヴは孫に銃を向け、ルディに本当のことを言うように迫っていた。驚愕する中年女性とチャールズ。耐えきれなくなったルディは、泣き叫びながら自分はナチスであったこと、アウシュビッツでユダヤ人を殺したことを告白する。呆然とする中年女性と孫。もちろんチャールズもビックリ。でも自分の名前はクニベルト・シュトルムだと言う。そんなはずはない!お前はオットー・ヴァリッシュだと言うゼヴ。しかし、クニベルト・シュトルムはこのことに関してだけは嘘は言っていないと言う。そして、驚愕の事実を告げる。ゼヴこそがオットー・ヴァリッシュだと言うのだった。そんなはずはないと言うけれど、腕の囚人番号は逃げるために2人で彫ったもので、自分とゼヴは連番になっているとのこと。ゼヴは混乱しクニベルト・シュトルムを撃ってしまう。そしてゼヴは「憶えている」とつぶやき自分の頭を撃ち抜く。
場面変わってゼヴがいた介護施設。患者たちが集まってテレビのニュースを見ている。伝えているのはゼヴの事件。今のころ動機などは明らかになっていないようで、ゼヴに好意を寄せていたらしい老女が、ゼヴは(意識が混濁して)自分が何をしているのか分からなかったのよと言う。するとマックスが言う。いや、彼は全て分かっている。彼は私の家族を殺したんだ。
カメラが移動してマックスの部屋の中。机の上には以前チラリと映った古い写真。そこにはナチスの制服姿のゼヴが写っていた。映画はこの写真のアップで終了。マックスは全てを承知でゼヴを洗脳し、彼に敵として自分自身を探させ、最もショックを受ける形で自分が誰であるか思い出させる方法を取った。それはあまりにあざやかだけど、長い年月をかけた調査能力と、目の前に憎い仇がいるというのに目的遂行のため表面上は友人を装う忍耐力に驚く。まぁある意味洗脳自体も復讐なのでしょうけれど。ゼヴことオットー・ヴァリッシュはヒトラーやナチスに洗脳されて罪を犯し、今またマックスに洗脳されて自ら罪を償ったというのは感慨深いものがある。
見ているうちにオットー・ヴァリッシュはゼヴ自身なのではないかと思っていたので、真実を知ってもビックリすることはなかったのだけど、やっぱりその事実の重さに愕然とする。オットー・ヴァリッシュがどんな生い立ちで、どんな青春んを過ごし、どういう経緯でナチスに入隊し、アウシュビッツでユダヤ人虐殺に手を染めることになったのか、アメリカに渡ってからどうやって生きてきたのか一切語られない。オットー・ヴァリッシュがナチスに関わるまではいい人だったとか、アメリカに渡ってからは心を入れ替えたとかは関係ない。あの時やったことは事実で、そのことは一生涯許されることはなく、必ず償わなくてはならない。もちろんそれは正しいし、自分も殺人事件、特に幼児虐待のニュースを聞くたびに思う。オットー・ヴァリッシュがしたことを考えれば、彼の罪は許すことはできないと思う。でも、おぼつかない足取りで必死に任務を遂行しようとしていたゼヴを見続けた身としては複雑な気持ちになったりもする。子供たちに対するゼヴの優しい態度も忘れられない。悩ましい。
マックスとしてはゼヴと介護施設でゼヴと再会し、ゼヴが認知症でいずれ全てを忘れてしまうことが許せなかったのでしょう。自分は何一つ忘れられないのに、自分をそうさせた人物は幸せに暮らしているなんてたしかに許せないけど、マックスの執念にも少し怖さを感じたりもする。もちろん、ナチスだけではなく、犯罪被害者の苦痛はいつまでも続き、決して癒えることはなく、その罪は消えないということを伝えたいのだと思うけれど・・・
キャストは皆よかった。特に超ベテラン俳優たちの演技合戦に感動。ブルーノ・ガンツの演技については感想内に書いたので割愛するけど、とっても良かった。クニベルト・シュトルム役のハインツ・リーフェンの演技も良かったと思う。いつかこんな日が来るのではないかと怯えて暮らしてきたのだと思う。自分の罪を家族に知られてしまうことを恐れて生きるのは自業自得とはいえ辛い。その年月を感じることができた。ジョン役のディーン・ノリスも良かった。警官として登場した彼は正義の人だと思っていたのに、まさかのナチス信奉者で犬をけしかけて人を殺そうとするような最悪な人物だった。その感じを的確に演じていたと思う。
マックスのマーティン・ランドーがすごかった。車椅子に乗り、鼻に管を通してあり、少し話しただけで咳き込んでしまう。今にも死んでしまいそうなマックスのその内側に燃えていた復讐心。彼をここまで生かしていたのは、ゼヴが自分が誰であるか思い出し、自らを裁くのを見届けるため。その執念を少し怖く感じるさせることが正しいと思うので、ラストの表情が素晴らしい! 最初はゼヴの参謀として登場しているので、ミスリードさせる感じもお見事
ゼヴのクリストファー・プラマーが素晴らしい! 認知症の演技や、復讐に燃える姿も良いのだけど、とにかくただただゼヴが歩いているだけでハラハラしてしまう。そのおぼつかない足どり。その背中の演技が素晴らしい 見ている側は結構な割合でゼヴのおぼつかなさを見ることになる。それでも飽きてしまうことがない。ゼヴが無事に任務を遂行できるのか、いろんな意味で心配になる。そんな物語の引っ張り方もあるんだな。その辺りは脚本の上手さもあるけれど、やっぱりクリストファー・プラマーの演技と佇まいのおかげ。そしてやっぱり自分が誰であるか分かった瞬間の演技が素晴らしい
原題は『Remember』。ゼヴの最期の言葉はI remember。なるほどと納得せざるを得ない素晴らしいタイトル。いいろいろ考えさせられる。手紙が重要アイテムなので邦題もいいと思う。めずらしく(笑)
とにかく画がいい。主人公が高齢者であること、任務を秘密裏に進めていることから、セリフはあまり多くない。なのでホントにただただゼヴが歩いてるシーンが映し出されたりする。でも飽きてしまうことがない。不穏なシーンでは暗い色合いになったり、子供たちとのシーンでは温かい色合いだったりする。チャールズの家やクニベルト・シュトルムが裕福そうなのも、オットー・ヴァリッシュもクニベルト・シュトルムも悪役ながらそれなりの人物であるということを表しているのかなと思ったりもする。そしてそのことが同情しきれない感じにもなっている。人を欺いて生きてきたのに、幸せになれると思っているのか(*`д´) みたいな・・・
テーマはとっても重い。ナチスものではあるけれど、犯罪者に置き換えると身近な問題でもある。そして、それだけに簡単に答えは出せない。でも、サスペンスとしてもすぐれている。何度もしつこいけど高齢者が主人公だけに、ハデなアクションはないけれど、ちゃんとハラハラさせるシーンもある。そして謎解きの要素もある。全体的に品が良くてちょっとクラシカルな感じも良かった。
上質なサスペンス見たい方オススメ。おじいちゃん好きな方は是非! クリストファー・プラマー好きな方必見です!