団塊世代おじさんの日常生活

夏 日本で二番目に気温が高く、陶器と虎渓山と修道院で知られる多治見市の出身です。

ろくな夢を見たことがないです。

2023-06-13 00:25:37 | 日記
 中日新聞の日曜版「おじさん図鑑」に「夢で会いましょう」というタイトルで、飛島圭介さんがエッセイを書かれていました。


 本人には大変な出来事のようだが、たいていの場合、他人のみた夢の話は面白くない。

 「きのう、こんな夢をみちゃってさあ」とその奇妙さや突拍子もなさを語られても、聞かされる方は退屈だ。

 恋人同士の場合は「へえー、それからどうなったの?」などと相手への関心を示すために無理するが、夫婦や友人の話す夢の話はほとんどつまらない。

 また、いわゆる「夢落ち(〜という夢でした、で終わる物語)」も、あまり喜ばれない。

 と言いながらおじさんは夢の話を書くのだ。

 めったにはないが、朝、「ああ、懐かしい人に久しぶりに会ったなあ」ととても幸せな気分で目覚めることがある。

 もうとっくの昔に亡くなった人が夢の中に登場したときだ。

 母親が出てきたときは特にうれしい。

 なのに生前と同じように、おじさんは母親に文句を並べている。

 亡友たちが出てきたときも、おじさんは怒ってばかりいる。

 「せっかく夢に出てきてくれたのに、申し訳なかった」と反省するが、それ以上に、夢で会って話をした喜びは大きい。

 もっとみんな毎日のように出てきてくれるといいのになあ、と心から思う。

 以上です。

 ろくな夢を見たことがないです。
 
 現役をやめてから16年も経っているのに、会社の仕事が出来てなくて冷や汗が出た夢をよく見ます。

 こんな夢は、かみさんにも言います。

 「昨日は夢でうなされた」と。

 ほんのたまにですが、好きだった人の夢を見ます。

 夢に出てくる私も当時のままです。

 失恋ばかりの人生でしたので仲が良かったシーンは少ないですが、それでもうれしいです。

 こんな夢を見たことは、かみさんには言いません。笑い





夢であいましょう ~ To the Memory of My Mother
コメント (6)
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