田主丸11時43分発の日田行きに乗車する。キハ200系のロングシート車で、感覚としては普通の近郊電車に乗っているようだ。この形式もオールロングシート、オールクロスシートそれぞれあり、そこに千鳥式に配置のキハ220系が混じる。
3月にこの区間を通った時、車内にはウォーキング姿の人が目立っていたように思う。筑後吉井からうきはまでのコースで、途中には地元で知られる桜並木があったり、古い町並み保存地区があったりと楽しめるようだ。
筑後大石を過ぎて筑後川を渡り、大分県に入る。川と並走して夜明に到着。日田彦山線の分岐駅だが、2017年の九州北部豪雨で大きな被害を受けたことから、添田~夜明~日田間の鉄道での復旧を断念し、BRTに転換することが決まっている。現在は2023年度の開業に向けて工事が進められている。夜明駅には日田彦山線への乗り換え表示が残っており、ホームには線路が伸びているが、その線路もだいぶ草生してきたようだ。
12時14分、日田に到着。ホームの向かいに停まっていた12時33分発の大分行きに乗り継ぐ客も目立つ。ここで気づいたのだが、この列車に乗り継げば、途中の接続時間はそれぞれわずかだが、大分、中津とぐるりと回っても夕方に小倉に着くことができる。久大線の日田~大分が乗り残す感じだったのをカバーできるが、まさか日田に来る展開になるとは思わず、荷物は久留米に残しているので先に進むわけにはいかない。13時10分発の久留米行きで折り返すことにする。
日田は「進撃の巨人」の作者である諌山創氏の出身地ということで、地元のPRにもキャラクターがふんだんに使われている。駅のホームや待合室にも歓迎メッセージが並ぶ。
そんな駅前を見て、昼食は駅前の久留米ラーメンの店にする。今回は豆田町の町並みまで行く時間まではなく、駅前でラーメンだけ食べての折り返しである。
日田行きは先ほど乗った車両がそのまま折り返す。筑後川の眺めから耳納連山を見つつ、途中ウトウトもしながら久留米まで戻ってきた。
久留米では土産物コーナーや待合室で1時間近くつぶした後、15時10分発の快速門司港行きに乗る。鹿児島線はそれより前に何本か列車が発車するが、いずれも途中駅止まりの区間快速や普通で、結局小倉に着くのが早いのはこの快速である。
小倉までは2時間近くの乗車となる。筑後川を渡り、佐賀県の最東部を走り抜ける。鳥栖駅横にはその名も「駅前不動産スタジアム」というのがある。別に鳥栖駅前というわけではなく、福岡、久留米、佐賀を中心に展開する不動産業者「駅前不動産」がネーミングライツを持つことからその名がついている。次回は鳥栖から長崎線シリーズに入ることになる。県庁所在地の佐賀、交通の要衝の鳥栖、いずれも泊まったことはないのでベースキャンプとして検討したい。
駅ごとに乗車があり、博多で多くが入れ替わる。そこから先の鹿児島線の区間だが、これまで列車で通過するばかりで、下車してどこか見物するということがなかった。この先、そうした機会が出るかどうか。
16時55分、小倉に到着。今夜乗船する名門大洋フェリーの新門司港へは小倉駅から無料の送迎バスが出ている。19時50分発の第2便へのバスは18時40分発だが、さすがにちょっと早かったかな。なお、乗っている列車は17時08分まで停車して門司港に向かう。ならば、いったん門司港まで行って駅舎くらいちらりと見た後に小倉まで戻ってもいいかなと、そのまま乗っていくことにする。
17時21分、夕暮れの門司港に到着。門司港は昔ながらの終着駅(始発駅)の風情を残しており、ホームもシンプルな造りだ。ちょうどいい時間帯に来たのではないかと思う。
そして重要文化財の駅舎。ちょうど照明がついたばかりのところだ。
関門海峡を望む。夕陽の残骸が西の空に残っているが、ちょうど関門橋、下関の街並みもライトアップされたところ。今年の最後に眺めた絶好の景色となった。
いや、小倉で何となく時間を送るより、門司港まで少しの時間でも足を延ばして見物してよかった。私の旅、札所めぐりにもたまにはこうしたものがないと・・。