ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

米国オバマ大統領からの電話事情

2009年11月02日 | 米国○○事情
暗がりの中、悪戦苦闘(実はキャンプ気分で楽しんでおりました)の料理中、家の電話が鳴りました。
まったく、この非常時に、どこのどいつが電話なんかかけてくんねん!セールスコールやったら許したらへんねんから!

勢い良く受話器を取って、ちょいと無愛想な渋めの声で「Hallow」と言うと、

「Hi、オバマです。アメリカ合衆国大統領のオバマです」

え゛……ちょ、ちょっと待っとくれやっしゃ!今ね、れんこんの皮剥いてたとこで……あの、えっと、どひゃ~

結局はですね、もちろんオバマ大統領がわたしに電話をかけてきはったんではなくて(当たり前じゃ!)、
明日に控えたニュージャージー州の知事選挙における、民主党推薦の現職知事への応援メッセージやったんですが、
それでもね、あの彼の聞き慣れた声がですね、受話器の向こうから聞こえてきてですね、そりゃもう心地良くてですね、
なんぼでも聞くから、もっともっと話してぇ~オバマさぁ~んと、わたくし、受話器を耳にゴリゴリ押し付けて、
一つの単語さえも聞き逃すまいと、そりゃもう、直立不動で話を聞いたのであります。
オバマ大統領がしゃべってはる。それもわたしだけに

あ~よかったぁ~。いつもみたいに、どうせジャンクやろからと無視せんと。
とどのつまりは、あの電話もセールスの一種なんですけどね

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米国停電事情

2009年11月02日 | 米国○○事情
夕方、わたしが仕事から家に戻るのと入れ違いに出勤の旦那、車の鍵を渡すわたしに「あ、停電してるから」と一言言って出て行きました。
まだその時は薄暗い状態で、いろんな物が見えたけど、もう知ってるもんね~だ、アメリカの停電って長いっつうこと。
まあ、たまぁ~に数分でパッと戻ったりする時もあるけれど、ほとんどは数時間、下手すると数日、修復にかかります。
なので、まずはろうそくの準備。懐中電灯を手にあちこちから集め、台所のカウンターとガスコンロ、テーブルにそれぞれ置いて火をつけました。

さてと、昨日『妖怪屁こき虫』に変身してから、どうもお腹の調子が良くない旦那。
なので、今夜は薄味の、根野菜とこんにゃく、それから手羽を使った煮物にしようと思っていたので、真っ暗になる前に、調味料の合わせ、野菜を切り刻んでおくことにしました。



お鍋を温め、ごま油を少々、手羽をカリッと焼いて、人参とれんこんを炒めます。本当はゴボウも入れたいのだけれど、これ以上旦那の腸を刺激するのはどうかと思い渋々却下。手で千切ったこんにゃくも加えてしばらく炒め、だし汁と調味料、里芋を入れて終了。

外に出てみると、まあまあ見事な真っ暗闇。



わたしは実は、停電の時の真っ暗闇が好きだったりします。
前に丸3日続いた時は、さすがにげんなりしましたけど……。

今夜は満月。お月さんの明かりがありがたい夜でした。



今回の停電は2時間。ここアメリカにしちゃあ短い方で助かりました。
電気が再び流れた瞬間の、いきなりスポットライトを浴びたような目映い光と興奮。
セントラルヒーティングのボイラーが作動する音、冷蔵庫の音、お湯のボイラーが作動する音の心強さ。
普段はちょっとうるさかったりするのだけれど、停電の後は嬉しくて、ありがたくて、立ち止まって耳をすませるわたし。
当たり前のことが、本当はどんなにありがたいことか。停電もたまにはいいもんです(長過ぎないことが条件ですが……)。


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役に立ちたいという気持ち

2009年11月02日 | ひとりごと
ACMAの役員会議に行くたびに、自分がここに居ることが、この団体に、もしくはこの人達に、どんな意味があるんやろ、と思います。
きっとそれは、英語という言葉の、押そうが揉もうがコチョコチョしようが、びくともせえへん分厚い壁に凹んでしまうからでしょう。
特にニューヨーカーのしゃべりは早い、使う単語がこじゃれてたり難しめやったりする、問答に0.1秒の隙もない、などなど、
わたしのような英語力のもんには、それはそれはタフな2時間になります。

プレジデントのアルベルトが、「役員の改選を来年末にするつもりやったけど、ボクとしてはせめて2012年まではこのメンバーでやっていきたい」と言うた時、思わずわたし、こんなアホなことを言うてしもたんです。
「わたしの英語力では、役に立てることはほとんど無いけど、ええんやろか……」

口に出してすぐに、アホなこと言うてしもた!と後悔しました。
わたしはたまに、表向き謙遜してるような言い方して、心の中では実は、「そんなことないよ、まうみは○○で充分やしetc、」みたいな励ましを期待したりすることがあります。
人の気持ちを釣っているようで、とてもいやらしい行為なんやけど、それを旦那に指摘されるまで全く自覚していませんでした。

あのレストランで口走ったことを旦那に言うと、やっぱり当たり前のように「なんでそんな意味の無いこと言うたん」と叱られました。
「それ聞いたみんなは、どういう反応したん?」と聞かれて、
「アルベルトはまっすぐにわたしを見据えて、『それじゃ聞くけど、まうみは何ができる?』と聞かれた。ほんで、そこに居たメンバー全員が、わたしの答を固唾を飲むように集中して待ってた。でも、ろくなことしか思い浮かばんかった」と言うと、
「そもそも、アルベルトがまうみに役員になってって頼んだ時、まうみの何を買うてくれたんか、それぐらい想像できるやろ?それが英語力とか、交渉能力とかではないことは100%分かるやろ?」

もちろんそんなことは分かっています。
アルベルトがわたしを認めてくれているのは、演奏力と、音楽を感じよう、学ぼうとする意欲、そして音楽全般の経験の量だと思っています。
でも、これがもし日本語やったら……今回もまた口数の極端に少ない、聞き上手な自分をついつい悔しがっているもうひとりの自分。
これが専門外のことや、興味の無いことなら、平気でお地蔵さんしてられるんやけどなあ……。

ACMAにわたしはどんなふうに役立てるか、しばらく考えてみたいと思っています。
自己陶酔でも自己満足でもない、そして無理をするのでもない、けれども自分だからできること。

たった4人で始まったACMA。今は300人を超える勢いです。
来年は、カーネギーとInternational YMCAでの大きなコンサートが2回、それとドキュメントフィルムの撮影が控えています。
言葉の壁につぶされるのも自分、壁に小さな窪みをつけて、そこから少しずつでもいいから穴を掘っていくのも自分。
自信という目に見えない心珠(こころだま)は、もしかしたら、役に立ちたい、役に立てるようになりたいという気持ちの向こうに見えてくるのかもしれません。

ピアノ、練習しよっと。
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